第二話
「このままではまずい。わしらは一方的に狩られている」
――一方的に狩られている、その言葉は私たちの現状を的確に表していた。
突然マクローリンが声を出した。
「これを見ろ!」
「なんですか?」
「食料だ」
目の前にはコボルトの死体があった。
「ポケットにしまっておこう」
「長期戦を想定しているんですね。流石です、マクローリン様♡」
「アホ、すぐ脱出しますわよ」
ロザリンドはついにハートマークをつけて話し始めたし、キャサリンもキャサリンで口が悪くなり始めている。
「で、どうしましょう」
「一か八か逃げるしかないんちゃう」
「そうするのがよかろう」
しかし、おかしな出来事が私たちを襲った。どれほど進んでもまた同じ場所に辿り着いてしまう。草をかき分けてやっと開けた場所に出たと思ったら同じところに戻っていた。そのようなことを3回ほど繰り返した。
「おかしいですわね」
「もしかして、魔物に幻覚を見させられているのではないですか」
「”ファントム”という魔物がこのあたりにいるそうですわ。それかもしれませんわね」
「”ファントム”は洞窟に生息するから、ちゃうんとちゃう?」
「わしらが方向音痴なだけじゃろう」
ファントムというのは洞窟に生息する魔物で、戦う能力はないが、油断はできない魔物だ。冒険者の視覚をまどわせて閉じ込める。閉じ込められた冒険者は養分を吸い取られるとか。
ロザリンドはアッと悲鳴を上げて、うずくまった。ロザリンドは震えていた。青ざめて、自分の華奢な体を抱きしめていた。
「大丈夫?」
「うん、ちょっと。恐ろしい事実に気づいちゃって」
「恐ろしい事実?」
「知ったらみんな怖くなると思うから心して聞いてね」
私はうなずいた。
「人間ってみんないつか死ぬんだよ」
「うん」
「それって怖くない?」
え?それだけ?
五歳児か!
「さあ、どうにかする案を考えますわよ」
「ところでじゃが、ワシらがここに迷い込んだ理由はなんじゃったのだろうか」
「わかりませんわ」
「そういえば、さっきからワイルドウルフは現れませんね」
「あ!」
さっきから考え込んでいたロザリンドがポンと手を叩いた。
「マクローリン様の野生の勘でなんとかなりませんか?」
「そうじゃ。マクローリンは匂いで色々なものを見分けることができる」
「人を判別することもできますものね」
「さっきのウルフの群れを見つけたのもそれなんですか?」
「ああ、私は人の匂い、血の匂い、動物や植物の匂いなどが分かる」
「獣みたいですね」
ロザリンドに睨まれてしまった。
「あっははは、確かにそうだ」
マクローリンは笑った。豪胆な人だ。
「誰か紐のようなものを持っていませんか?」
私はみんなに問いかけた。
「討伐任務ですわよ。そんなもの持っているわけありませんわ」
「持ってんで」
「持ってるのかーい、ですわ」
キャサリンさん、フリもツッコミもこなす、いい女。やっぱり弟子入りしよう。
「なるほど、では私が紐の端を持つので、ワレッツさんはもう片方の端を真っ直ぐ歩いてください」
「紐の端を持って歩いたらええねんな」
「それで何がわかるんじゃ?」
ワレッツは真っすぐ歩き始めた。やがて、こちらの視界から彼の姿は消えた。
「な、何するんですの」
突然キャサリンが悲鳴を上げた。キャサリンは紐にぐるぐる巻きにされて芋虫のようになっていた。ワレッツは知らぬ間にキャサリンの周りを何度も回っていたのだ。
「ワレッツさん、いつの間にこんなことになったんですか?」
「し、知らんで。真っすぐ歩いとったら、気づいたらこうなっとったんや」
「確かに、ワレッツさんはまっすぐ歩いてたようにみえましたものね」
「なら、キャサリンさん。あなたはこんなに巻かれる前になぜ声を上げなかったのです?」
「気づかなかったのですわ。そんなことよりも早く解放してくださいまし」
「しかし、これでわかりましたね」
「何が?」
つまり、
「私たちの視界が正常でないと言うことが」
「まっすぐ歩いてもぐるぐる巻いていたよね」
「うん。つまり、私たちは幻を見ている」
「ワイルドウルフが来たぞ!」
私の推論が正しければ……。
「皆さん、剣や魔法を……使わないでください」
「え?」
「みなさん、わかりましたね。避けましょう!」
「わたくしはー!?」
キャサリンは芋虫状態で地面を転がったまま叫んだ。
「よけてくださーい」
「無理ーですわ!」
ワイルドウルフは正面から私たちに飛び込んできた。
「レーナちゃん、助けないと」
「無理よ。助けられない。残念だけど仕方ないわ。冒険者だもの」
ワイルドウルフは私たちの真ん中にいたキャサリンを轢いて駆け抜けていった。砂埃が立ち込めていて、よく見えないが、普通ならキャサリンは死んだと思うところだ。
「キャサリン……わしより先に逝くとは……」
「墓を建てよう」
「キャサリンさん、惜しい人を亡くしました」
「勝手に死んだことにしないでください、ですわ!」
「あ、生きとったんや」
「ワレッツ!私を巻いたんだから、助けろですわ!」
「そんなん、無茶言うなや!」
「まあ、キャサリンさんは無事だって信じていましたよ」
「え、それってどういう」
「とにかく一つ分かったことがあります」
「それは何なの?」
「それはね、ロザリンド。ワイルドウルフの存在が幻ってことだよ」
「幻?」
「そう。ワイルドウルフは少なくともここにはいない。だから今、キャサリンさんはワイルドウルフによってダメージを受けなかった」
「でも、さっきわたくしは足が切れてしまいましたわ」
「ええ、確かにキャサリンさんが怪我をしたのは事実です。それは……たぶん私かマクローリンさんの剣のせいです」
「どういうことですの?」
「私たちは幻を見せられて、見えている景色が現実とは全く異なっています。その状態で刃物を構えて、防護しようとした。それは、いわば暗闇で刃物を振り回すようなもの。ですから、味方に当たってもおかしくはないのです」
マクローリンさんがキャサリンを切ったとすると血の臭いでわかりそうなので私が切ったと思うのだが、黙っておこう。
「しかし、さすがに足を切り落とすほどの斬撃なら切った本人がわかるはずでは?」
「そのことですが、キャサリンさん。キャサリンさんは足にケガを負いましたね。でも、切断まではされていなかったのでは?」
キャサリンが同意した。
「ええ、そうですわ。わたくしの足は切断はされていません。というか、何を言っているのですの?」
「そうですよね。キャサリンさんから見るとそういう反応ですね。つまり、キャサリンさんからの見え方と私たちから見える見え方が違っているんですよ。キャサリンさんからはちょっとした切傷に見えても、私たちからは足が切断されたように見えました。これもファントムの能力です」
「ファントムの狙いは何なんや?」
「私たちに魔力を消耗させることでしょう。魔力がなくなるだけで取れる選択肢の幅は狭まりますから」
「それにしても、ワイルドウルフが幻だとは思いませんでしたわ。皆さんに見捨てられたのかと思いましたもの」
私はキャサリンさんから目をそらした。
「え?どうして誰も目を合わせてくださらないのですのん?」
ディクソンは咳払いをした。
「しかし、ワイルドウルフが幻ということは魔法攻撃が効かなかったことにも説明がつくわい」
「ワイルドウルフは実態がないので、如何なる攻撃も全く効きませんね」
私は自分の推論が受け入れられたことに少しほっとしていた。なんだかんだ少し緊張したのだ。
「それで?」
「それでとは?」
「帰る方法じゃよ」
「うーん、考えてませんでしたね。視覚は信用できませんから」
「味覚、触覚、聴覚、嗅覚、あっ!」
「嗅覚ということは私の出番だな」
「そういうことです。マクローリンさんにお任せします」
「みんなで手をつなぎましょう」
そう言うロザリンドの笑顔に癒されながら、流れるように彼女の右手を握った。彼女の手をにぎにぎしながらこう言った。
「ロザリンドの手って意外とシワシワなのね」
「それわしの手じゃ」
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