『小さな失敗、大きな気づき』
11月の空は、どこか澄んでいて冷たい。
秋の終わりが近づき、落ち葉が校庭に舞っている。
科学部の部室では、私たちの班が実験の真っ最中だった。
私は、手順書を見ながら、慎重に薬品を計量していた。
「ゆら、もう少しで完了だよ。落ち着いて」
千紘先輩の声が背中から聞こえる。
でも、その言葉に応えられなかった。
「あっ……!」
思わず叫んだのは、計量カップを傾けた瞬間。
薬品の一部が容器から溢れてしまった。
「え……!?」
濡れたテーブルの上に、色のついた液体が広がっていく。
「しまった……ごめんなさい……」
動揺が全身を駆け巡る。
班のみんなの視線が、一斉にこちらに注がれた。
「大丈夫、大丈夫。まだ間に合うから」
伊織先輩が落ち着いた声で言った。
でも私は、胸の中がざわざわして、言葉が詰まった。
(迷惑かけちゃった……)
実験は続けられたけれど、私はずっと頭を抱えていた。
* * *
放課後。
部室はすっかり静かになっていた。
私は深呼吸して、ゆっくり立ち上がった。
「みんな、ごめんなさい」
班のメンバーが顔を上げる。
「私がミスしたせいで、時間も材料も無駄にしてしまった」
緊張して声が震えたけれど、それでも言い切った。
「でも、これからはもっと気をつけます。責任を持ちます」
静かな空気のなかで、誰かがぽつりと言った。
「ゆらなら大丈夫。そう思ってる」
私は、目の前の仲間たちの顔を見て、少しだけ涙ぐんだ。
(失敗は怖いけど、隠したらもっと怖いんだ)
それが、私の大きな気づきだった。
翌日。
部室の窓から差し込む朝の光が、机の上のノートを柔らかく照らしていた。
私はいつもより早く部室に来て、実験の準備を始めた。
昨日の失敗を胸に刻んで、丁寧に器具を並べる。
「おはよう、中川」
千紘先輩の声が響く。
「おはようございます」
少しだけ自信を持って答えられた。
班のメンバーも続々と集まってきた。
みんな笑顔で迎えてくれて、安心した。
* * *
実験は再開された。
今度は私も積極的に手を動かし、声を出す。
「この薬品を混ぜると、色が変わるんですよね?」
「そうそう、混ぜるタイミングが大事だから、声かけてね」
私の質問に、先輩たちは丁寧に教えてくれた。
そのやり取りが、前よりずっと自然だった。
* * *
午後になり、実験は順調に進んだ。
私が注いだ薬品が、鮮やかに反応して泡を立てる。
「おお、いいね!」
伊織先輩が目を輝かせる。
「ゆら、さっきの失敗は気にしなくていいよ」
「え?」
「ミスは誰にでもある。大事なのは、そこから何を学ぶかだ」
「はい……ありがとうございます」
その言葉に、私は力が湧くのを感じた。
* * *
夕暮れの部室。
私はノートに今日の記録を書き込んでいた。
失敗したあの日から、私の気持ちは少しずつ変わってきた。
(失敗しても、責任を取れば、また前に進めるんだ)
そう思うと、実験も部活も、もっと楽しみになってきた。
これからも、きっと――
ゆらの科学部の日々は続いていく。