『夏休みの課題は“好き”を見つけること』
部室のホワイトボードに、太字のマーカーが乾いている。
「夏休み自由研究テーマ:できれば自分の“好き”に関係すること!」
その書き方が、少し恥ずかしくて、少しまぶしい。
科学部の7月は、「夏休みの自由研究」に向けてのテーマ探しが恒例らしい。
けれど――。
「“好き”って……なんだろう」
放課後の帰り道。蝉の声を聞きながら、私は自分に問いかける。
私にとって“好き”って、何?
昔から、好きっていう感情を人に見せるのが、少し苦手だった。
誰かと笑い合ったり、共感したりする前に、なぜか一歩引いてしまう。
だから、“好きなもの”を胸を張って言える人が、ずっとまぶしかった。
──それでも。
「わたし、何かやってみたいな」
ふと思い立って、家の戸棚をごそごそと探る。
小学生の頃に買ってもらった、古びた実験キット。
ほこりを払って、そっと取り出す。
「……とりあえず、やってみよう」
テーブルの上に、空き瓶。スポイト。食紅。塩水。
小さな実験室が、夜の自室にできあがる。
照明を落として、ライトの角度を変えてみる。
水の中に、ゆっくり赤い染料を垂らす。
ふわり、と広がる渦。
その動きが、ただ、それだけのことが――きれいだ、と思った。
私の中で、何かが少し動いた。
試験管の水の色が変わるたびに、写真を撮って、ノートに貼っていく。
思いついた仮説や、うまくいかなかった実験の記録も、ぜんぶ書く。
夜が更けても、眠くならなかった。
翌朝。
起き抜けの髪のまま、ぼんやりした頭でノートを読み返す。
線が歪んでいたり、文字が走り書きだったり、見栄えはあまりよくない。
でもそのページのひとつひとつが、自分の手で作った実験だった。
「……“好き”かどうかは、わからないけど」
ぽつりとつぶやく。
「でも、面白かったな」
窓の外。雲の切れ間から日が差して、実験ノートの上を照らす。
ページに貼った写真の泡が、きらりと光った。
今年の夏休み。
私は、自分の“好き”を探している。
まだ答えは出ないけれど。
こうして何かに向かって手を動かしている自分が、少しだけ――“好き”かもしれない。