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『中川ゆらと科学部の36か月』 ――わたしを変えたのは、たぶん、科学と、あなたたち。  作者: 南蛇井


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ロボットは語らないけれど

――6月、ロボットは語らないけれど


「えっ……物理班と合同?」


 掲示板の前で、中川ゆらは思わず声を上げていた。


 今月の科学部の活動は、物理班との共同制作。テーマは、「光と音の連動装置」。要するに、センサーで音を拾ってLEDを光らせる、簡易的なロボットのようなものだ。


 だが、理系分野、特に物理となると――。


(私、あまり得意じゃない……)


 思えば、いつも「文系寄り」として逃げてきた。化学は反応が目に見えて好きだったし、生物は物語性があって覚えやすい。だけど、物理だけは「計算」と「理屈」に偏りすぎていて、ゆらにはどうにも馴染まなかった。


 そんな不安を抱えたまま、初回の合同ミーティングが始まった。


「中川先輩、はんだ付けってできます?」


 物理班のエース、高瀬真たかせ まことは、無表情でそう尋ねてきた。


 彼は、目立つタイプではないが、部内でも“機械の申し子”と呼ばれている。必要最低限の言葉しかしゃべらず、誰に対しても距離を取るような態度だった。


「え、えっと……はんだ付けは、やったことあるけど、あまり得意では……」


「なら、回路図とプログラムは任せていいですか? 作業、分担したいんで」


 あまりにあっさりした態度に、ゆらは思わずムッとしてしまった。


「私、苦手だけど、できないとは言ってないよ……?」


「でも、苦手なんですよね」


 高瀬は、淡々と返す。


 それは責めているわけではなく、事実を述べているだけのようだった。けれど、ゆらの胸には、なにか冷たいものが刺さる。


(この人……ロボットみたい……)


 そう思ったとき、思わず口をついて出てしまった。


「あなたって、人と協力する気……あるの?」


 その言葉に、空気がピシリと凍った。


 高瀬は、しばらく沈黙したあと、小さく言った。


「協力、って……なんですか?」


 その言い方が、妙に本気だったから、ゆらはかえって返事に詰まってしまった。


 協力って、なに?

 苦手なことを補い合うこと?

 得意なことを分担すること?

 それとも――言葉にしなくても、歩幅を合わせていくこと?


 その日、帰り道の空は、夏の前触れのように蒸し暑く、夕焼けがどこか遠く感じられた。



ロボットは語らない。

けれど、たしかに伝わるものがあった。


完成した装置は、小さなロボットアームだった。

決まった動作しかできないけれど、センサーに反応してチューブを動かし、液体をビーカーに注ぐことができる。私には、それが魔法みたいに見えた。


「……できた、ね」


思わず呟くと、横にいた高瀬くんがうんと頷いた。


「ギリギリ間に合ったな。中間発表に出せそうだ」


手の甲で額の汗を拭う高瀬くん。器用で、でも不器用なところもある人。今までは、正直ちょっと苦手だった。


でも今日、ぎこちなくも的確に作業を進める彼を見て、思ったのだ。


この人は、ちゃんと“伝えよう”としてくれていたんだなって。


「……高瀬くん」


「ん?」


「ありがとう。私、今まで機械とか物理とか、自分には関係ないって思ってた。でも……なんか、楽しかった」


言ってから、ちょっと照れくさい。


高瀬くんは驚いたように目を見開いた後、ふっと笑った。


「お前、食わず嫌いだっただけだろ。科学部なんだからさ、いろんな分野、触れてみればいいんだよ」


その言葉が、すとんと胸に落ちた。


——そうか。科学って、全部つながってるんだ。


「……そっか」


私は、ロボットアームの先を見つめた。


黙っていても、ちゃんと働いてくれる小さな機械。

言葉はないけれど、私たちが心を込めて作ったその痕跡は、そこに確かに残っていた。


「ロボットって、なんか、ちょっと可愛いかも」


そう言うと、高瀬くんはぽかんとした顔で、


「は?」


と返してきたけれど、私は思わず笑ってしまった。


——ロボットは語らない。

でも、作った人の気持ちは、ちゃんと伝わる。


たとえば、それが苦手だった誰かの心を、ほんの少し動かすほどには。


それは、言葉よりもずっと強い伝え方だったのかもしれない。


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