ロボットは語らないけれど
――6月、ロボットは語らないけれど
「えっ……物理班と合同?」
掲示板の前で、中川ゆらは思わず声を上げていた。
今月の科学部の活動は、物理班との共同制作。テーマは、「光と音の連動装置」。要するに、センサーで音を拾ってLEDを光らせる、簡易的なロボットのようなものだ。
だが、理系分野、特に物理となると――。
(私、あまり得意じゃない……)
思えば、いつも「文系寄り」として逃げてきた。化学は反応が目に見えて好きだったし、生物は物語性があって覚えやすい。だけど、物理だけは「計算」と「理屈」に偏りすぎていて、ゆらにはどうにも馴染まなかった。
そんな不安を抱えたまま、初回の合同ミーティングが始まった。
「中川先輩、はんだ付けってできます?」
物理班のエース、高瀬真は、無表情でそう尋ねてきた。
彼は、目立つタイプではないが、部内でも“機械の申し子”と呼ばれている。必要最低限の言葉しかしゃべらず、誰に対しても距離を取るような態度だった。
「え、えっと……はんだ付けは、やったことあるけど、あまり得意では……」
「なら、回路図とプログラムは任せていいですか? 作業、分担したいんで」
あまりにあっさりした態度に、ゆらは思わずムッとしてしまった。
「私、苦手だけど、できないとは言ってないよ……?」
「でも、苦手なんですよね」
高瀬は、淡々と返す。
それは責めているわけではなく、事実を述べているだけのようだった。けれど、ゆらの胸には、なにか冷たいものが刺さる。
(この人……ロボットみたい……)
そう思ったとき、思わず口をついて出てしまった。
「あなたって、人と協力する気……あるの?」
その言葉に、空気がピシリと凍った。
高瀬は、しばらく沈黙したあと、小さく言った。
「協力、って……なんですか?」
その言い方が、妙に本気だったから、ゆらはかえって返事に詰まってしまった。
協力って、なに?
苦手なことを補い合うこと?
得意なことを分担すること?
それとも――言葉にしなくても、歩幅を合わせていくこと?
その日、帰り道の空は、夏の前触れのように蒸し暑く、夕焼けがどこか遠く感じられた。
ロボットは語らない。
けれど、たしかに伝わるものがあった。
完成した装置は、小さなロボットアームだった。
決まった動作しかできないけれど、センサーに反応してチューブを動かし、液体をビーカーに注ぐことができる。私には、それが魔法みたいに見えた。
「……できた、ね」
思わず呟くと、横にいた高瀬くんがうんと頷いた。
「ギリギリ間に合ったな。中間発表に出せそうだ」
手の甲で額の汗を拭う高瀬くん。器用で、でも不器用なところもある人。今までは、正直ちょっと苦手だった。
でも今日、ぎこちなくも的確に作業を進める彼を見て、思ったのだ。
この人は、ちゃんと“伝えよう”としてくれていたんだなって。
「……高瀬くん」
「ん?」
「ありがとう。私、今まで機械とか物理とか、自分には関係ないって思ってた。でも……なんか、楽しかった」
言ってから、ちょっと照れくさい。
高瀬くんは驚いたように目を見開いた後、ふっと笑った。
「お前、食わず嫌いだっただけだろ。科学部なんだからさ、いろんな分野、触れてみればいいんだよ」
その言葉が、すとんと胸に落ちた。
——そうか。科学って、全部つながってるんだ。
「……そっか」
私は、ロボットアームの先を見つめた。
黙っていても、ちゃんと働いてくれる小さな機械。
言葉はないけれど、私たちが心を込めて作ったその痕跡は、そこに確かに残っていた。
「ロボットって、なんか、ちょっと可愛いかも」
そう言うと、高瀬くんはぽかんとした顔で、
「は?」
と返してきたけれど、私は思わず笑ってしまった。
——ロボットは語らない。
でも、作った人の気持ちは、ちゃんと伝わる。
たとえば、それが苦手だった誰かの心を、ほんの少し動かすほどには。
それは、言葉よりもずっと強い伝え方だったのかもしれない。




