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『中川ゆらと科学部の36か月』 ――わたしを変えたのは、たぶん、科学と、あなたたち。  作者: 南蛇井


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『チョコレート反応式と、わたしの気持ち』

二月の教室には、甘い香りが漂っていた。

 科学部の新しいテーマは、「食品科学」。

 その第一弾は、チョコレート作りだ。


 


 調理実験室にて、私たちは湯煎でチョコレートを溶かし、型に流し込んでいた。

 机の上は、カカオの香りと砂糖の甘さが混ざり合っている。


 


「ゆら、温度管理が大事だよ。チョコは温度が変わると、質感も変わっちゃうから」

 千紘先輩が注意深く声をかけてくれる。


 


 私は手元に集中しながらも、どこかそわそわしていた。

 伊織先輩が隣で作業しているのが、やけに意識されてしまうのだ。


 


* * * 


 


 湯煎の温度計を見つめながら、私はふと心の中でつぶやいた。


 


(気持ちの温度も、ちゃんとコントロールできたらいいのに)


 


 チョコレートがとろりと溶けて、ツヤのある液体になる。

 見ているだけで、なぜか胸がぎゅっと締め付けられる。


 


 伊織先輩の横顔は、やっぱり遠くて、でも確かにそこにあって――


 


(……先輩に、好き、なんて言えないけど)


 


 そんな想いを押し込めて、私は型にチョコを流し込んだ。


 


* * * 


 


 部室に戻ると、みんなが出来上がったチョコレートを手に談笑していた。

 私は一人、静かに作業の記録をつける。


 


「ゆら、見てよこれ!」

 千紘先輩がにこにこと笑う。


 


「すごく綺麗にできてる。お前の観察眼のおかげだな」


 


 褒められると、胸の奥がじんわりと暖かくなる。

 でも、誰にも言えない秘密の気持ちは、まだそっと胸にしまいこんでいた。


 

 バレンタインの日が近づくと、部室の空気はどこかそわそわしていた。

 チョコレートの甘い香りが漂い、みんなの笑顔が少しだけ輝いて見える。


 


 私は完成したチョコレートの箱を握りしめながら、心の中で何度も言い聞かせていた。


 


(あげられない。先輩には、あげられない)


 


 好きだという気持ちは、誰にも伝えられず、胸の奥にしまい込んだままだった。


 


* * * 


 


 部活が終わり、静かな廊下を歩いていると、伊織先輩がふと隣に現れた。


 


「中川、今日はお疲れ」

 先輩は照れくさそうに笑いながら、ぽんと私の肩を叩く。


 


「ありがとう、ございます」

 私は少し顔を赤らめて、うつむいた。


 


 その瞬間、先輩の目が優しく光った気がした。


 


* * * 


 


 忘れられないバレンタインの夜。

 私はチョコレートをそっと机に置き、静かに帰路についた。


 


(いつか、気持ちを伝えられる日が来るかな)


 


 冬の空には星がきらめき、私の胸にも小さな希望の光がともっていた。


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