『結晶と、心の形』
一月の朝は真っ白で静かだった。
雪がしんしんと降り積もり、世界をふんわりと包み込んでいる。
科学部の部室では、私たちが冬の観察実験に取り組んでいた。
テーマは「雪の結晶の形の観察」。
先輩の指示で、特別に用意されたスライドガラスの上に、降り積もった雪をそっと乗せる。
私は息を殺しながら、顕微鏡を覗き込んだ。
「すごい……」
思わず小さく漏らす。
顕微鏡の視野には、六角形の美しい結晶がきらりと輝いていた。
形は一つひとつ違い、どれも繊細で精巧だった。
(こんなに細かい形が、自然にできるなんて……)
私はじっとその結晶たちを見つめながら、記録を取っていく。
* * *
観察を続けるうちに、私は少しずつ結晶のパターンに気づき始めた。
それは、まるで心の形を映し出しているようだった。
「中川、観察の仕方がすごく丁寧だな」
伊織先輩の声が背後から聞こえた。
私は驚いて振り返り、すぐに顕微鏡から目を離す。
「そんな、偶然ですよ……」
顔が熱くなりながら答えた。
「偶然じゃないよ。お前の観察眼は、ちゃんと成長している」
先輩はそう言いながら、小さく微笑んだ。
* * *
放課後。
私は部室でノートをまとめていた。
そこへ、新入部員の後輩たちがやって来た。
数人が私のノートをのぞき込み、興味深そうに質問してくる。
「この結晶の写真、どうやって撮ったんですか?」
「その観察方法、詳しく教えてください!」
私は少し戸惑いながらも、ゆっくりと説明を始めた。
(もしかして、私が教える立場になる日が来るのかも……)
そんな予感が、静かに胸の中に芽生えていた。
翌日、部室には数人の新入部員が集まっていた。
彼らは私のノートを興味深そうに眺めて、質問の嵐を浴びせてくる。
「どうやって顕微鏡の焦点を合わせるんですか?」
「雪の結晶って、なんであんなに形が違うんでしょう?」
「写真はスマホで撮ったんですか?」
最初は戸惑ったけれど、ゆっくりと一つずつ答えていく。
手元の動きも説明も、自然と丁寧になっていることに気づいた。
「雪の結晶は、気温や湿度の変化で形が変わるんですよ」
「だから、観察するときは、できるだけ早く、環境を壊さずに扱うのが大事なんです」
後輩たちがうなずき、感心した表情を見せる。
その姿に、私はじんわりと嬉しさがこみ上げてきた。
* * *
その日の終わり、伊織先輩が部室に顔を出した。
彼はにこりと笑って、
「中川、お前、いい先輩になるな」
そう言った。
私の胸が熱くなった。
責任と期待に押しつぶされそうな気持ちもあったけれど、それ以上に――
(頑張ろう、もっと成長しよう)
と強く思った。
* * *
冬の窓から差し込む淡い光。
結晶のように、私の心も少しずつ形を変えながら、確かな輝きを放ち始めていた。
これからも、ゆらの科学部の物語は続く。




