表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第4話「共鳴水晶と、声のない会話」

 新着通知は、いつもどこか雑だった。


 《グリモア号》の航行中、ブリッジの端末にピコンと音が鳴る。

 画面に表示された文字列は、相変わらず手抜きで――いや、妙に曖昧だった。


 


 【件名:応答式装置の修理】

 【依頼元:惑星ナトリム・調査隊】

 【概要:旧文明遺跡の中枢部にある音声反応装置が機能せず】

 【詳細:不明。振動か共鳴か? ともかく反応しない。】


 


「……雑にも程があるわね」


 シーナは端末に向かって呆れ声を漏らした。

 件名だけ見ると、よくある“古代遺物いじり隊”が、適当に持ち込んだ修理依頼にしか見えない。


 でも、“共鳴”や“振動”といった言葉が妙に引っかかる。


 なにより、“詳細:不明”というところが、ある意味で最も興味を引いた。


「まあ、壊れてるって言ってるだけマシか。たまに“気のせいかもしれないけど見てほしい”とか言ってくるアホもいるし」


 苦笑しながら、彼女は座席を倒し、航路計算用のインターフェースを開く。

 《ナトリム》は辺境宙域にある低重力型の惑星で、かつて非人間型文明の痕跡が見つかったことで、細々と調査が続けられている場所だった。


 「共鳴で会話していた種族がいた」なんて話も、半分はロマン、半分は捏造めいた噂話だ。


 けれど、その噂に“修理屋”の出番が絡むなら、悪くない。


「はいはい、壊したのはどこの誰? 調査隊の連中か、それとも文明そのものか……」


 微笑を浮かべながら、シーナはエンジン点火のシーケンスを開始した。


 《グリモア号》は惑星ナトリムの軌道へ向かって、音もなく滑り出す。

 冷えた宇宙の静寂の中で、またひとつ、“壊れもの”との出会いが始まろうとしていた。




* * *




 惑星ナトリムの地表は、思った以上に静かだった。


 大気はかろうじて呼吸可能だが、湿度が高く、ぬるりとした空気が肌を包む。

 遠くで雷のような音が鳴っていたが、雲は見えず、原因も不明だった。


 《グリモア号》を自動係留装置に預けたシーナは、起伏の多い岩場を案内役の男と歩いていた。


「ここの遺跡、音が全然響かないのよ。不思議でしょ」


 そう言ったのは調査隊のひとり――名前はたしか、グレアムとか言ったか。

 白衣に野外用ジャケットを重ね、記録端末を手に持った小柄な男だった。


「元は大きな都市構造体だったんじゃないかって説もあるんだけど、地下に潜ってる部分のほうが圧倒的に広いんです。で、その中枢にあるんですよ、問題の“水晶”。」


「水晶って、あんたらが勝手に呼んでるだけでしょ?」


「まぁ、そうですね。でも他に呼びようがなくて」


 苦笑するグレアムに、シーナは「ふん」と鼻を鳴らした。

 足元の階段が自然岩を削ったものから、やがて金属製のスロープへと変わっていく。


 遺跡の内部に入ったのだ。


 数分後、シーナは問題の“装置”と対面した。


 それは地下の広間にぽつりと設置されていた。

 照明も電源もなし。外部からの配線は全て切れている。にもかかわらず――


「……共鳴してる?」


 装置の中央にあったのは、直径50センチほどの半透明の水晶体。

 楕円形で、表面には微細な彫刻のようなパターンが走っていた。


 その水晶が、かすかに震えていた。耳には聞こえないが、足元にわずかな振動が伝わってくる。


「ほんのり震えたり止まったりを繰り返してるんです。周期もバラバラで、パターンもなくて……まるで、“何かを探してる”みたいに」


 シーナはしゃがみ込み、工具を取り出して装置の基部をのぞき込んだ。


 その瞬間、肩に鳥肌が立つ。


「基盤、焼けてるじゃない。制御層は死んでるはずなのに、なぜ震えてるのよ……」


 通電していないはずの共鳴。

 論理回路が死んでいるはずの制御装置。


 それでも、“なにか”が、水晶の中心に残っていた。


 静かな部屋の中で、言葉なき問いかけが確かにそこにあった。




* * *




「ねえ、この共鳴体。中に何か入ってる可能性は?」


 しゃがみ込んだまま、シーナは背後のグレアムに声をかけた。

 反応が遅い。おそらく、彼女が“そんな可能性”を考えたとは思っていなかったのだろう。


「……内部の観察は、透明性が低くて難しくて。でも、たしかに何か“心臓”のような構造があるかもしれない、という意見はありました」


「ふーん」


 シーナはうなずき、振動測定器をそっと水晶に当てる。

 装置は即座に値を表示し、データログが記録されていく。


「パターンは――不規則。でも完全なランダムじゃない」


 表示された数値の波形に、微かな“くせ”が見える。

 それは、まるで誰かの話し言葉の抑揚のようにも感じられた。


「何かを……伝えようとしてる?」


 シーナの独白に、グレアムが身を乗り出す。


「それ、音じゃなくて“意味”を持つ揺れ、だとしたら?」


「かもね。問題は、それが“今”起こってるのか、“昔の記録”が再生されてるだけなのか」


 シーナは装置の基部にプローブを挿し、通電テストを行った。

 焼損した回路の一部が、奇跡的に閉じた回路を形成し、わずかな起動信号を水晶体に送り続けている。


「……やっぱり。誰かが“最後の一瞬”で信号を固定したんだわ。完全に壊れる前に、何かを残そうとした」


 その“最後の信号”が、いまだに水晶を震わせていた。


「グレアム、この装置に言語記録は?」


「解析不能です。周波数が広域すぎて……それこそ、振動だけで意思疎通をしていた可能性があるとしか」


「だろうね。これ、声じゃない。“声のない会話”よ」


 シーナは目を細め、水晶の震えに意識を集中させる。

 わずかに上下する振動。そのパターンが変化し、繰り返しが現れる。


「……これ、ただの共鳴じゃない。呼びかけだ」


 誰かを探している。誰かを呼んでいる。


 それが誰なのか。何のために。どれほどの時間を経て。


 それは、まだわからなかった。




* * *




 シーナは、静かに工具箱から小型の共振測定ユニットを取り出した。

 装置本体と接触させると、ユニットがわずかに唸り、共鳴波の解析を開始する。


 表示された周波数帯は予想以上に広く、人間の聴覚領域をはるかに超えていた。


「やっぱり……これ、可聴音じゃ意味がないのよ。“揺れ”そのものを読み取らなきゃ」


 シーナはユニットに簡易翻訳アルゴリズムを走らせるが、結果は“言語情報なし”。

 記号でもなく、コードでもない。


 けれど、その振動には――明らかに“感情の癖”があった。


 焦り、諦め、そしてほんの一瞬、震えるような“願い”の波形。


 言葉ではないけれど、確かにそこに“人の形”を感じさせる何かが宿っている。


「……本当に、誰かが、これを通して会話してたのね」


 シーナは低くつぶやいた。


 この装置は、ただの録音装置でも、反応端末でもない。

 それは“声を持たぬ存在たち”が、互いに伝え合うための“口”だったのだ。


 だとすれば――


「壊れてるのは、水晶じゃない。話し相手がいなくなった、それが問題」


 静かに、基板の修理を開始する。


 焼けたチップを慎重に取り外し、代替回路を仮設する。

 共鳴信号のログを採取しながら、再生ユニットを調整していく。


 作業の合間にも、水晶はかすかに震え続けていた。


 それはまるで、「まだ、誰かがここにいる」と言っているかのようだった。




* * *




 焼け焦げた回路を外し、新たな導体パターンを組み直す。

 作業は繊細だった。もともと人類の技術ではない、かつ“誰も正確な構造を理解していない”ものに手を入れるのだ。ミスは即、再起不能に繋がる。


 それでも、シーナの指は迷いなく動いていた。


 修理屋として、経験の蓄積と“第六感”が共存する領域。

 彼女はそこに足を突っ込んで久しい。


「……よし、通電確認」


 再接続された回路に、低電圧を流す。

 水晶体が一度、ピクリと震えた。


 それは今までと違い、どこか“明確な応答”のようだった。


「気づいた?」


 シーナは軽く笑い、再生ユニットを動かす。


 微弱な共鳴波が空気を揺らし、床に伝わってくる。

 周囲に設置された振動検知器が同時に反応し、一斉に記録を始めた。


 その瞬間だった。


 


 ――ビィィィィ……ィン……


 


 低い唸りが、空間全体に満ちた。


 水晶体が突如、力強く振動し始めたのだ。


 部屋の空気が震え、壁面に薄く積もった塵が宙に舞う。

 床がじわじわと共鳴し、重心を奪われるような感覚に襲われる。


「な……に、これ……!」


 グレアムが後方で叫ぶ。が、シーナは一歩も動かなかった。


 彼女には分かった。


 この強い“揺れ”は、怒りでも、混乱でもない。


 ――歓喜。


 ずっと、呼びかけ続けてきた存在が、ようやく“応答”を得たときの――

 純粋な“よろこび”の共鳴だった。


 


 《ここにいる。まだ、ここにいる。あなたの声が、届いた》


 


 耳ではなく、骨を通じて、心の奥にまで響くような感覚。

 それは、言葉がなくとも十分に伝わる“感情”だった。


 やがて共鳴はゆるやかに鎮まり、水晶体は静けさを取り戻す。


「……ふぅ」


 シーナは工具を置き、震える指先をぎゅっと握りしめた。


「修理、完了よ。……声のない誰かに、届いたみたいだから」




* * *




「で……これは、何だったんですか?」


 数分後。

 共鳴が鎮まり、測定器の針がようやく落ち着いたころ。

 グレアムが、水晶体から目を離さないまま問いかけてきた。


 彼の声には、明らかに動揺と――ほんのわずかな敬意が混じっていた。


 だが、シーナは工具を拭いながら、そっけなく答えた。


「さあね。ただの応答よ。ずっと鳴ってた信号に、ようやく“誰かが聞いた”ってだけ」


「……誰か?」


「この装置の向こうにいた“何か”。もしかしたら、もう存在してないかもしれないし。

 でも、呼びかけた事実だけは確か。反応が返ってきたことも」


 グレアムはしばらく黙り、なにかを噛みしめるように息を吐いた。


「記録じゃ、伝わらないだろうなあ……」


「そりゃそうよ。これは、言葉じゃないんだから」


 シーナは端末を操作し、共鳴中の振動ログを転送する。

 そして、その末尾に一行だけメモを添えた。


 


 《応答完了。おそらく最終の感情共鳴》


 


 形式的な文面だった。だが、そこに含まれた“余韻”だけは、誰にも消せない。


「報酬は依頼通りで。振動データと基板記録は、私の方で預かるわ。複製なら後で送る」


「ええ、問題ありません……あの、水晶体は――」


「いじらない方がいいわよ。また黙るかもしれないし、もう話し終えたのかもしれない」


 シーナは立ち上がり、軽く伸びをした。

 肩に乗っていた重さが、ほんの少しだけ軽くなったように思えた。


 出口に向かう途中、ふと振り返る。


 広間の中心。

 今はもう静かになった水晶体が、そこにただ“在る”。


 揺れも、光も、発していない。


 けれど――


 “何か”を残したものの佇まいには、確かな意味があった。


「声がないってだけで、伝わらないとは限らない。ほんと、馬鹿よね、あたしたち」


 誰にでもなくつぶやいたシーナは、再び歩き出した。




* * *




 《グリモア号》のブリッジに戻ったシーナは、工具ベルトを脱ぎ捨てると、深く椅子に沈み込んだ。


 疲れていた。

 だが、それは嫌な重さではなかった。


 指先に残る金属の冷たさ、機材の熱、共鳴の余韻――

 どれもが静かに、彼女の中に降り積もっていく。


 メインディスプレイには、先ほど取り出したログが転送されていた。

 波形データは一見するとただの乱雑な振動の記録だ。

 しかし、それをずっと眺めていると、不思議と“語りかけ”に思えてくる。


「……だから、記録なんてあてにならないのよね。意味を見つけるのは、いつだって受け取る側の勝手」


 彼女はログの一部をカットして保存し、暗号化をかける。

 そうしておけば、誰かが勝手に“科学的解釈”を試みて壊すこともない。


「これは“会話”だった。記録じゃなく、やり取りだったんだから」


 シーナは、自分の記録ファイルに今日の出来事を短くまとめた。


 


 【案件名:共鳴水晶の修理】

 【内容:古代遺物。非人類言語による共振通信の可能性あり】

 【備考:通電時に応答と思しき高共鳴を確認。以降、沈黙】

 【修理完了。感情の応答らしきものあり】


 


 報酬処理とデータの整理を終えると、ディスプレイが静かに切り替わる。


 新たな通信予告だった。


 差出人は……匿名。内容はまだ不明。

 だが、ファイル名だけが、異様に長い。


 


 【件名:重要/貨物便U-92より回収の通信機が“叫び続けている”件について】


 


 シーナはため息をついた。


「はいはい……今度は“壊れてるの、通信機”ってわけね」


 けれど、その口元には、ほんの少し笑みが浮かんでいた。




* * *





 エンジンの起動音が、低くブリッジに響いた。


 シーナは片手でホログラムを操作しながら、薄く口を開く。


「航路設定。次の寄港は、貨物便U-92の所在宙域――スタティア中継帯。時間、三標準時間後」


 自動操縦モードに切り替えれば、航路計算も補助航法もすべて済む。

 けれど、彼女はそうしなかった。

 微調整を、あえて“手作業”でこなす。


 誰もが自動化に任せるようになった今、それは時代遅れの職人気質とも言えるが――

 シーナにとっては、“もの”と向き合う礼儀のようなものだった。


「壊れた通信機が、叫び続けてる……ね」


 振り返ると、ディスプレイの端にまだ残っている共鳴水晶のログ。

 再生は止まっているが、記録された“震え”は、シーナの中でまだ続いていた。


「声がないものにだって、伝えたいことはある。……なら、通信機にも叫ぶ理由があるかもね」


 軽く伸びをし、立ち上がる。


 メンテナンスツールを並べ直し、燃料系統の圧を再確認し、非常電源を手動で一度だけ点検。


 出発前の一連の動作――それは儀式のようでもあり、気持ちを切り替えるスイッチでもあった。


 《グリモア号》が滑るように発進する。

 星々の間を縫うように、次の“壊れもの”を目指して。


 


 誰もが見過ごすような、音のしない悲鳴。

 伝わらなかった想い。

 壊れた理由も、文句も、動かない理由も――


 


「全部、まとめて聞いてあげるわよ」


 シーナはそう言って、ブリッジの椅子にふんぞり返った。


 ――はいはい、壊したのはどこの誰?


 今日もまた、誰かの“声なき声”が、銀河のどこかで待っている。








(第4話・完)

お気に入り登録や感想をいただけると、すごく励みになります

どうぞ、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ