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第3話「銀河標本屋と、冷凍保存された夢」

 金属音とともに、荷物搬入ポッドが《グリモア号》の後部エアロックに接続された。

 予定より十二分に重たそうなカーゴボックスが一つ、冷却蒸気を漂わせながらずるずると内部に引き込まれる。


「……また黙って勝手に送りつけてきたか。いい加減にしてほしいわね」


 シーナは渋面をつくりながら、足元に転がる工具を蹴飛ばして立ち上がった。

 気圧調整の完了を待ってから、グローブ越しに冷えたハンドルを握る。


 カチッ。


 蓋を開けると、うっすらと霜が張った保護フィルムの下に、見慣れないシルエットが収まっていた。


「……は? これ、冷凍ポッドじゃない」


 船内の温度センサーが一瞬アラートを鳴らす。ポッド内部の温度はマイナス170度。生体保存レベル。

 装置全体は旧型ながら特殊改造が施され、内部構造は規格外の密閉設計。


「精密機械……しかも生体用。もうね、説明書の一枚でも添えてきなさいよ……って──」


 シーナは視線を細めた。

 ポッドの側面に小さく記されていた文字列が、目に留まる。


 


 《標本No.037/コールド分類未登録種》

 《依頼主:ケルナ》


 


「あー……思い出した。前に一回、回路修復依頼で連絡してきた“銀河標本屋”。あの妙に無口なやつ」


 内容は不明、依頼書もなし、ただ「壊れているから直してくれ」とだけ言ってきた変わり者の研究者――ケルナ。

 あの時も、なんだか妙に“人間味”の薄い対応だった。


「で、今度はこれ? ……こんなガチで凍ってるの、下手に通電したら爆発するわよ?」


 文句を言っているうちに、作業台の端末に通信通知が点滅した。

 差出人は当然、ケルナだった。


 映像接続はない。ただ、文字のみのメッセージが数行。


 【依頼内容:冷凍ポッド内部のデータ系修復、および安定維持系統の再構成】

 【保存対象への損傷は厳禁】

 【保存状態は記録そのものであり、再生は望みません】

 【なお、装置の内容に関する詮索は不要です】


「……ふぅん。“再生は望みません”、ね」


 鼻で笑いながらも、シーナの手はすでに工具へと伸びていた。

 冷凍ポッドの構造をスキャンし、動作ログを呼び出す。


 その中には、微細な震えの痕跡、センサーの断続的エラー、そして最も重大な一文が記録されていた。


 


 【内部記録ログ:同期失敗・凍結処理継続中】


 


「……やっぱり、“壊れてる”のは機械だけじゃなさそうね」


 シーナは静かに作業椅子に腰を下ろし、冷却ポッドの側面に手を添えた。

 その内部――真空に近い密閉空間の奥に、小さな影がぼんやりと横たわっていた。




* * *




 冷凍ポッドの中で眠っていたのは――掌に載るほどの、小動物のようなものだった。


 丸く縮こまった体毛の塊。耳とも触角ともつかぬ突起が左右にあり、薄い被膜が羽のように折りたたまれている。

 色彩は不明。凍結処理の影響で全体が白く曇っていたが、どこか愛玩動物に似た、柔らかく儚い印象があった。


「……生きてるわけじゃ、ないよね」


 シーナは端末を操作し、保存ユニットのライフログを確認する。

 生体反応はゼロ。ただし、初期凍結時の記録では「神経組織の活動記録:断続的」――つまり、生物としての“終わり”と“記録”の狭間にある状態だった。


「これ……データ保存が目的じゃなくて、“夢を閉じ込める”ための冷凍だったのか」


 ケルナの言葉が思い出された。

 「再生は望みません」――つまり、これは“保存すること”そのものが目的。


 “見る”ためじゃない。“守る”ための凍結。


 ――そんな保存、意味があるのか?


 ふと浮かんだ疑問に、シーナは自分で首を横に振った。


「意味があるかどうかなんて、修理屋の仕事じゃない」


 目の前にあるのは、制御基板が焼け焦げ、データ回線が腐蝕し、断熱構造が破綻しかけたポッド。

 機械としては限界ギリギリ。だが、まだ――直せる。


 そう判断するのに、感傷はいらない。


 シーナはツールボックスを開き、専用の極細プローブを取り出した。

 冷凍装置の中枢へアクセスするには、下手に手を突っ込むわけにはいかない。微細な変化が、内部の“夢”を壊すかもしれないからだ。


「よし、まずはバックアップ系統の信号を拾って……こっちは生きてる。なら、ここから再構成……」


 指先の操作に合わせて、端末の中に組み上がっていく構造図。

 途切れかけた回路を迂回し、システムエラーをキャンセルしながら、代替信号処理回路を仮設する。


 それはまるで、断たれた神経を再接続するかのような作業だった。


 作業の合間、ブリッジから小さな通知音が鳴った。


 ――通信着信。発信者:ケルナ


 


「来たか……」


 シーナは手を止め、画面に接続を許可する。

 ホログラムが立ち上がり、映し出されたのは、前回と変わらず表情の読めない無機質な顔。


「作業の進捗は」


「順調。でも、あんたが言う“損傷は厳禁”っての、範囲が曖昧すぎ。

 神経記録領域、すでに半壊してたけど、それも触れないほうがいいの?」


「……修復できるなら、してほしい。だが、中身を見る必要はない。あなたにも、私にも」


「……あんた、“それ”に何を閉じ込めたの」


「夢です」


 ケルナは、言葉を選ぶふうもなくそう言った。


「夢は、凍らせて保存するものです。凍らせれば、壊れずに済む」


「……ふざけた理屈ね」


 シーナは小さく舌打ちしながら、ホログラムを手の甲で閉じた。


「壊れかけた夢の保存か……やってらんない。けど、直すのは好きよ」


 冷却ユニットの中で眠る小さな命なき標本に、彼女はもう一度そっと触れた。




* * *




 凍結ポッドの修理は、思っていた以上に時間がかかった。


 構造こそシンプルだが、内蔵されている制御系は異常なまでに微細で複雑だった。

 体温変化を0.001度単位で検知するセンサー。自動修正型の神経記録記憶域。常時同期処理中の生体波形モニタリングシステム。


 ……それらが、すでに“対象が生きていない”と知りながら、今なお動き続けていた。


「これ……まるで、“死んだ夢を生かそうとしてる”ような構造ね」


 シーナは仰向けに寝転び、端末を腹の上に乗せながら天井を見上げた。

 作業台には、冷却ポッドの一部ユニットが解体されたまま静かに横たわっている。


 完全に動作を停止していた記録基板のうち、一枚に異常な数の再書き込み履歴が見つかった。


 そこには、何百回と繰り返された信号再生ログと、同じ構文のエラーコードが並んでいた。


 


 【再生試行:失敗】

 【対象未応答】

 【記憶再構築:保留】


 


 それは、誰かが――おそらくケルナが――この装置に向かって、何度も何度も“夢を起動しようとした”証だった。


「……未練じゃない。これ、執念よ」


 どこかで理解できる気もした。

 だが、だからこそ思わず口をついて出たのは、修理屋らしい一言だった。


「でも、直らないものは、直らないんだよ」


 機械ならば、壊れた場所を直せば動く。

 でも、“動いてほしい”という想いだけでは、壊れた夢は蘇らない。


 その冷たい事実を知っていながら、それでも誰かが“凍らせること”を選ぶのだとしたら――それはもう、技術ではなく、祈りに近い。


 


 ──ピコン。


 


 通信ログに、新たな記録が届いていた。


 ケルナからの追加メッセージ。


 【参考情報:対象の記憶は音にも反応していた】

 【冷却維持中の音声再生に意味があるかもしれない】

 【ただし、対象が反応するとは限らない】


 シーナはその文面を読んで、しばらく無言だった。


「……“記憶は音に反応していた”って、何それ。夢に話しかけるってこと?」


 ふざけた理屈だ、と言いたかった。


 けれど、あのポッドの再生エラー群、ログに並ぶ失敗の痕跡――

 それらすべてが、“誰かが、諦めきれずに何かを伝えようとしていた”痕跡に見えてしまった。


「……ほんとに、厄介なもん持ち込むわね、あんた」


 だが、もう作業の手は止めなかった。

 直せる場所があるなら、修理屋としてやるだけだ。


 それが“意味のあること”かどうかなんて――知らないし、知るつもりもない。




* * *




 再生装置と冷凍ポッドのリンクは、意外にもあっさりと接続できた。

 音声出力は内部には届かず、冷却層に反響して音波として共鳴する構造。まるで“中に眠る何か”に優しく語りかけるように設計されていた。


「……これ、そもそも“反応させる”ためじゃなくて、“聴かせる”ための設計なのね」


 シーナはその妙な仕様に苦笑しつつ、修復された記録領域の中から、唯一残っていた音声データを再生した。


 


 *コ、ン……ピィ……*


 最初に走ったのはノイズ。だが、すぐにか細い声が混じってきた。


『……ねぇ、ユリ。おまえ、また寝てるの……?』


 それは、高い声だった。年若い少女か、少年か。音質は悪いが、言葉に宿る感情は鮮明だった。


『あたしね、明日、地球に戻るの。ほんとに、ほんとに、すぐなんだけど……でもさ』


『ユリといた時間は……その、楽しかった、っていうか、やっぱり変だったけどさ……』


『だから……またどっかで会えたら……なぁんて、無理かぁ』


 


 音声はそこまでだった。

 わずか30秒ほどの、拙く、照れくさい別れの言葉。


「……手紙ってのは、読む方より、書いた方がよっぽど勇気がいるのよね」


 シーナはつぶやきながら、保存デバイスをそっと切った。

 ポッド内部の気温は安定していた。冷却層、制御層、神経記録領域すべてが再同期し、警告ログも表示されていない。


 修理は――完了していた。


 でも、それでこの“夢”が報われたのかどうかは、誰にもわからない。


 そのとき、船のインターホンが鳴った。


 


 「こちらケルナ。到着した。引き渡しを」


 


 扉の外で待つその声も、相変わらず無機質だった。

 シーナは深く息を吐き、ポッドに最後の安全カバーをかけた。


「夢は、冷凍保存するもんじゃない。って、思うけど……」


 でも、それを“壊れてる”とは、シーナには言えなかった。


 少なくとも彼女は、それを直すことだけは、確かに成し遂げたのだ。





* * *




 エアロックのドアが開くと、冷気を含んだ空気がひやりと肌を撫でた。


 立っていたのは、グレーのコートに身を包んだ長身の人物――ケルナ。

 やはりその表情は乏しく、感情の起伏が読めない。けれど、何かを探すように、静かに船内を見回していた。


「こっちよ。例のポッドはもう修理済み」


 シーナは無言で、作業台の隅を指差した。

 そこには、安定化処理を終え、再構築された制御系を持つ冷凍ポッドが横たわっていた。

 凍気はおさまり、表示はすべて「正常作動」を示している。


 ケルナは近づき、一歩ずつ、無言でポッドを見つめた。

 数秒後、手袋を外して、装置の表面にそっと手を置く。


「……生きてはいない。けれど、夢はここにある」


「そう思いたいだけじゃないの?」


 シーナの声には、とげはなかった。ただ、静かな疑問があった。


「記録はデータに過ぎない。それを“夢”って言い換えるの、修理屋としては違和感しかないわ」


 ケルナは、ようやくシーナの方を見た。


「でも、“見たいもの”を残すために作られた記録装置は、みな“夢”じゃないか?」


「……違う。あたしは、“直せるもの”しか扱わない。“夢”って曖昧なもんには、トルクも数値もつけられない」


 口元に軽く笑みを浮かべて、シーナは腕を組んだ。


「けどまぁ、あんたの言う“夢”が、壊れたまま転がってるくらいなら、直してやる価値くらいはあったかもね」


 ケルナは目を伏せ、わずかに頷いた。


 そして、鞄から小さなケースを取り出す。

 中には、金色に縁取られたデータチップと、紙のように薄いナノスリーブが一枚。


「報酬と、これを。……記録の断片。あなたがそれを見たいと思うなら、使えばいい」


「ふぅん。珍しいじゃない、あんたがそんな“個人的”なこと言うなんて」


「見たいものが、あなたにもあるなら――」


 それだけ言って、ケルナはポッドを持ち上げ、再び外気への通路へと歩いていった。


 静かな音で、ドアが閉じる。

 エアロックのロックがかかり、通信が自然と切れる。


 残されたのは、受け取った薄いスリーブと、シーナのため息。


「……見たいもの、ね」


 その言葉が、ふと胸に残った。




* * *





 ケルナが去ったあと、船内には静寂が戻っていた。


 シーナは作業台に腰を下ろし、ぽん、と軽く手のひらに載せた“薄い贈り物”を見つめていた。


 金縁のデータチップと、極薄のナノスリーブ――

 それは、ケルナが言っていた「記録の断片」に違いない。


「……見ろって言われると、逆に見たくなくなるってのは、私の悪い癖よね」


 口ではそう言いながらも、手はすでに端末の受信スロットへチップを滑り込ませていた。


 モニターがふわりと明るくなり、再生が始まる。


 


 視界の中央には、野営地のような仮設の研究テント。

 モニター越しに映るその風景は、たしかに辺境の惑星の荒れた地表だ。


 カメラは低く、固定されているらしい。

 映像の端に、小さなシルエットが跳ねるように動いていた。


『……よーし、記録開始。今日はユリ、すごく元気だったよ』


 明るい声。先ほどの音声と同じ、“あの子”の声だ。


『……でもなんかね、昼ごろから、また寝たまま動かなくなっちゃって……』


 声が揺れる。


『……ユリの保存処理って、ほんとに意味あるのかな……とか思っちゃった。でも、でもさ』


 映像の中で、小さな手が、冷凍ポッドらしき装置を撫でる。

 その指先は細くて、震えていた。


『これ、全部私のせいだったらどうしようって……何もできなかったから、せめて“残そう”って、ケルナが言ってたから……』


 少女は唇をかんでいるように見えた。


『ユリ、ごめん。ほんとに、ごめん……』


 


 映像は、そこで止まった。


 シーナは無言で、再生を終えると、そっとデバイスを取り外した。


 しばらく何も言わず、椅子の背もたれに身を預け、天井を見つめる。

 その目は、いつになく静かだった。


「“夢”ってのは、ほんと、勝手なもんね」


 誰かを救うための言葉か。

 自分を納得させるための逃げ道か。

 それとも、本当に“凍らせたかった”ものだったのか。


 その答えは、もうシーナにはわからない。

 わかる必要も、ないのかもしれない。


 ただ――


 あの少女の手が、ポッドに触れたときの揺れ。

 あれだけは、修理屋として忘れられない感触だった。


 しばらくして、シーナはデータチップとナノスリーブを封筒に収め、棚の一番奥へとしまった。


 あれは、もう直す必要のない“修理品”だ。




* * *




 修理作業が終わり、依頼人が去り、記録の再生も済んだ今。

 《グリモア号》の船内には、いつもの静けさが戻っていた。


 けれど、何かが違った。


 シーナはキッチンユニットに立ち、習慣のようにコーヒーを淹れながら、その違和感を持て余していた。


「……いつもなら、終わったらすっきりするのに」


 湯気が立ち上り、鼻腔に苦味と香ばしさが入り込んでくる。

 それは落ち着きの合図のはずなのに、今日はどこか落ち着かない。


 冷凍ポッドの中にあった“夢”。

 少女が残した拙い謝罪と、誰かに伝えようとした思い。

 そして、それを見せずに運び去ったケルナ。


 あの人は――いったい何を守ろうとしていたのか。

 あれは、誰の夢だったのか。


 冷蔵庫から取り出したミルクパックを見つめながら、シーナは小さく吐息を漏らす。


「ま、答えがないなら、それでいいけど」


 夢は、壊れる。

 でも壊れたからといって、全部が無駄だったとは限らない。


 それに、“誰かがそれを直したいと思った”こと――

 それだけは、たしかに“価値のあること”だ。


「だから修理屋は、今日もまた手を動かす。ってわけか」


 そう言って、ミルクをひとたらし加えたコーヒーをすすった。

 温かい液体が喉を通り、心のなかのざらつきを少しだけ洗い流してくれた。


 ブリッジの端末が、軽やかな音を立てる。


 また、新しい通知だ。

 今度はどこの誰が、何を壊したのだろう。


 シーナは椅子に座り、端末に接続された修理依頼ログを開いた。


 【件名:観測データ補正依頼】

 【発信者:ノンヒューマン構造体・個人名なし】

 【備考:記録と記憶の差異について解析中。論理補正を求ム】


「……今度はAI? しかも無名って、なにそれ」


 呆れたように笑いながらも、シーナの目は細められ、静かに輝いていた。


 壊れたものがある限り、自分の仕事は終わらない。

 たとえそれが、夢であっても、記憶であっても、感情の残骸であっても――


「はいはい、壊したのはどこの誰?」


 シーナは立ち上がり、工具箱を手に取った。




* * *




 工具箱の中には、見慣れたドライバー、精密ピンセット、マイクロソルダ、そして――

 シーナが自作したプローブアームの最新版が収められていた。


 彼女は無言でそれを取り出し、愛おしげに指先でなぞる。

 冷たい金属の感触が、徐々に熱を帯びて掌に馴染んでくる。


「……ほんと、直すって行為には魔力があるわ」


 心がざわつく日も、思考がまとまらない夜も、

 壊れた何かと向き合っているときだけは、世界が少しだけ静かになる。


 それが、夢でも。記憶でも。無名の構造体からの不可解な依頼でも。


 シーナはブリッジへ戻り、新たな依頼の内容を読み込んだ。

 今回は「観測データの論理補正」――つまり、AIや非人間的存在が“認識しているはずの現実”と、実際の記録とのズレを直してほしい、という意味だ。


「観測者のバグ取りね。面倒だけど、面白そうじゃん」


 目を走らせる限り、感情の匂いはほとんどない。

 だが、“記録と記憶の差異”という言葉には、どこか不穏で、そして静かな詩情が漂っていた。


 前の依頼では、少女の声に触れた。

 その前は、AIの涙を見た。


 では、今度は“記録の狂いに怯える目のない存在”とでも出会うのだろうか。


「……ほんと、誰が言ったのよ。ジャンク屋は退屈だって」


 口元に皮肉混じりの笑みを浮かべ、船を動かすための準備に入る。


 エンジンの点火、進路の確保、最短軌道の計算――すべてがルーチンで、すべてがいつも通り。


 でも、彼女の中には、確かに何かが積み重なっていた。


 誰かの“声”。

 誰かの“祈り”。

 そして、誰にも届かなかった“夢”。


 それを全部、自分の作業記録に書き記すことでしか、シーナは救えない。


 けれどそれで十分だと、今は思える。


 《グリモア号》は音もなく離脱し、次なる“壊れもの”の元へ向かって航行を始めた。


 宇宙は広く、冷たく、静かだ。


 だが、そのどこかに、また誰かの声が沈んでいる。




(第3話・完)

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