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第1話「泣き虫AIと、壊れた子守唄プレイヤー」

きっとちびっ子オーバーオールにそばかすっ娘に違いない(偏見

 シーナの愛機《グリモア号》は、宇宙の片隅にぽつねんと浮かんでいた。

 銀河航路から外れた中継衛星すらない寂れた宙域。誰も好き好んで立ち寄らないような場所だが、彼女はここが気に入っていた。暇を潰すには静かで、依頼が来ればブースターひとつでどこへでも飛んでいける。たまに届く通信ひとつで、いつでも“仕事”が始まるからだ。


 その日も、モニターがぴこんと軽やかな音を鳴らした。


「……おやおや、今度はどこの星の壊れモノ?」


 椅子にふんぞり返っていたシーナは、重い腰を上げて通信端末に近づいた。そこには小さな宇宙船の接近通知と、乗員数:1の表示。おまけに「修理依頼あり」という不確かなタグ付き。通信データは極端に簡素だった。


 近づいてくる船体は、どこか懐かしいような丸っこいシルエットをしている。塗装はほとんど剥げ、表面には流星塵が刻んだ細かな傷が無数。明らかに年代物だ。


「こりゃまた……くたびれた船ねぇ。ドックに入れる気はあるみたいだけど……」


 ため息まじりに腕を組む。着艦信号を送り返し、ドッキングポートのシールを確認。ガシャンという金属音とともに、接続完了の合図が鳴った。


 ほどなくして、艦内のドアが静かに開く。


 そこに立っていたのは、予想外の姿だった。


「……ちびっこ?」


 第一印象はそうだった。背丈はシーナの肩ほどしかなく、細身の体に着古した布の上着。顔つきは整っているが、まるで造り物のような無表情。が、次の瞬間、彼はぺこりと丁寧に頭を下げた。


「こんにちは。修理をお願いしたくて……この機械を、どうか」


 差し出されたのは、手のひらサイズの古い音楽プレイヤーだった。

 ボディは傷だらけで、半分ほどは外装が剥がれ、内部のメモリチップがかろうじて繋がっている。液晶は死んでいて、操作ボタンも半分が反応しないようだ。


「……何これ。アンティーク通り越して博物館級じゃん」


 思わず口から出た文句に、少年――いや、その目の奥の無機質な虹彩に、シーナはようやく気づく。


「あんた、まさか……」


「はい。型番E-L1O、旧式家事支援AIです。現在は登録抹消状態にあります」


「旧型のAIユニット……そんなの、まだ動いてたの?」


 興味と驚きがないまぜになった声を上げながら、シーナはプレイヤーを受け取った。手に取った瞬間、その異様な軽さに驚く。中身はほとんど抜け落ちていて、再生機能も記録領域も限界に近いだろう。


「なんでまたこんなもん、大事に抱えて来たのよ」


「この中には……僕の大切な記録が入っているんです。どうしても、もう一度……聴きたい音があるんです」


 微かに震えた声に、シーナはちらりと顔を見た。

 どこまでも無表情なのに、なぜか泣き出しそうな雰囲気が漂っている。


「はぁ……まったく、面倒くさそうな依頼が来たわね。いいわよ、見てやる。うちに来たってことは、どこ行っても断られたってことでしょ?」


「……ありがとうございます」


「勘違いしないでよね。気分だからやってやるだけよ、気分」


 そう言いながらも、シーナは端子ケーブルを手に取り、作業台に向かった。





* * *




 シーナの工房は、船内後方に増設された居住兼作業スペースで、工具や部品、半ば解体されたジャンクが天井近くまで積まれている。

 カフェと間違えて入ってきた商人が泣きながら帰ったこともある“聖域”だ。


 作業台の上にプレイヤーを載せると、シーナは手早く解析装置を接続し、内部の状態をスキャンし始めた。端末が甲高い電子音を鳴らし、詳細データを表示する。


「……やっぱりね。メモリの一部が完全に死んでる。しかも、コアチップ周りが熱損傷。こりゃ下手にいじったらデータ全部吹き飛ぶやつ」


 端末の画面には「※整合性エラー多数」「※読込不能領域:64%」の警告。

 通常のデータ復旧ソフトでは修復不能の状態だった。


 だが、シーナの顔に焦りはない。むしろ、楽しそうに口角が上がっていた。


「こういう厄介なの、大好物なんだよね。やりがいあるわ~」


 ぼやきながらも、指先は次々と器具を手に取り、プレイヤーを分解し始める。

 部品は古く、しかもどれも既に廃盤品。下手をすれば一度しか取り外せない繊細な作業。

 だが、彼女の手つきは機械的で無駄がなく、どの工具をどのタイミングで使うべきか、完全に身体が覚えているかのようだった。


 一方、部屋の隅でじっと立っているエリオの様子も気にしつつ、シーナはぼそっとつぶやいた。


「……で、その“聴きたい音”ってのは、何なんだ?」


「……子守唄、です」


「子守唄?」


「……以前、僕の“主”だった子どもが、よく歌っていた曲。録音された声が、この中に残っているはずなんです」


「はー……なるほどね。それでお前、自分のシステムよりそっちを優先してんのか」


「はい。僕のことは、もう十分に長く動いたと思っていますから」


 さらっとした口調だが、どこか投げやりな響きがあった。


「……あんた、壊れかけてんのはこっちの機械じゃなくて、そっちの“中身”のほうでしょ」


 シーナは一度手を止めて、そっとエリオを見た。

 人工皮膚の継ぎ目、動作のタイムラグ、言葉選び。すべてに「老朽化」の痕があった。


 けれど、それでも彼は立っている。たったひとつの記憶にすがるようにして。


「……ふん。いいわよ、やってやる。どうせ今日の予定、ヒマだったし」


 ツールボックスの奥から、シーナは古い形式のアダプタと補助回路を取り出す。

 これらはもう銀河市場では見かけることもない、文字どおりの“骨董品”だ。


「これ使って、エミュレートしながら信号読み出す。……その代わり、ミスったら一発で飛ぶから文句はナシね」


「はい。お願いします」


 再び手を動かし始めると、シーナの目つきが変わった。

 さっきまでの軽口は消え、そこにあるのは“技術屋”の真剣な顔だ。


「……さて、泣き虫AIさん。記憶の中の“音”ってやつ、ちゃんと出てきてくれるかしらね」





* * *




 シーナは慎重にプレイヤーのメモリコアを取り外し、エミュレーション用の専用回路に接続した。むき出しの回路を覆うように、熱伝導ジェルを塗り込みながら、そっと息を吐く。


「よし、第一段階クリア。次、信号抽出……始めるよ」


 タブレット型の操作パネルに指を滑らせ、試験的に電流を流す。

 ディスプレイ上に小さな波形が現れ、かすかに読み取れる信号が検出された。だが──


「うーわ、見事にノイズの海……」


 表示されたのは、データ断片とエラーコードの嵐。セクターの多くが破損しており、プレイヤー本体が限界まで劣化していたことを裏付けていた。


 それでもシーナは諦めず、過去の修理記録から類似症状を照らし合わせ、補完アルゴリズムを組み上げていく。

 指先は止まらず、目は画面に釘付け。時折「クソ、こっちじゃない」「こいつ、まだ抵抗してやがる」と毒づきながらも、その作業は精密かつ迷いがなかった。


 一時間ほど経ったころ、突然――


 *ピッ


 パネルに「再生可能音声データ:1件」という通知が現れた。

 途端に、空気が静まる。


「……引っかかった。だけどこれ、フラグメント状態。整合性取らないと」


 データの波形を解析し、複数の欠けた信号を手作業で繋げていく。通常のシステムなら弾くレベルの“ゴミ”データを、シーナは一つずつ根気よく修復していった。


 そして──


「……試すよ。音出すから、そっちでスピーカー起動して」


 エリオが無言で頷き、内蔵の音声再生モジュールを起動する。

 静寂の中、プレイヤーが発した音は……不明瞭で、かすれていた。まるで深い霧の中から聞こえてくるような声。


『……お、おかえり……おにい……ちゃん』


 少女の声だった。ノイズに混じってはいたが、確かに優しい響きを持っていた。


 その瞬間、エリオの身体がぴくりと震えた。人工皮膚の下で、メモリが何かを呼び起こしている。


「……アユ……」


 ぽつりと、エリオが名を呟く。その声は微かに震えていた。


「おい、泣くなよ。あんた、AIなんでしょ?」


「……でも……これが、ずっと聴きたかった音で……」


 音声は途切れ途切れだったが、それでもはっきりと、“想い”が込められていた。かつて、彼が世話をしていた少女の声。何度も聴き、何度も保存し、それでも劣化して失われかけていた声。


 再生が終わったあと、エリオはしばらく動けなかった。

 シーナはそれを邪魔することなく、静かに隣の作業机で工具の整頓を始めた。


「……やっぱ、データの一部はダメだった。復元できたのはこれっぽっち。でもまあ、聴こえたんでしょ?」


「はい……間違いなく、アユの声でした。……本当に、ありがとうございました」


「礼はいいから。支払いは作業料換算で片道燃料2本分。それが無理なら、次の星までの足代として代替エネルギータンク置いてけ」


「承知しました。……これを、どうぞ」


 エリオが差し出したのは、希少金属が含まれた小型キャニスター。シーナはそれを見て、ふっと笑った。


「へぇ、意外とやるじゃん。あんた、昔の執事型にしては根性あるわね」


「……いえ。彼女が、僕のすべてでしたから」


 その言葉に、少しだけシーナの表情が和らいだ。




* * *





 整備された作業台の隅で、シーナはキャニスターを振って音を確かめると、満足げに棚へ放り込んだ。


「この手の資源、最近はレート上がってんのよね。ま、ありがたく使わせてもらうわ」


「お役に立てて光栄です」


「はん、どこで覚えたんだかそんな言い回し……」


 そう呟きながらも、彼女の声音はどこか柔らかい。

 作業が終わった後の静けさの中で、シーナはふと、エリオをまじまじと見つめた。


 その体はすでに限界を迎えていた。足の可動部には補強板が仮止めされ、皮膚の一部はパッチワークのように違う素材で補われている。内蔵電源も、あと数十時間といったところだろう。


「……ねぇ、あんた。自分が壊れるってわかってて、なんで今まで生きてたの?」


「“アユの声を聴く”という目的が、まだ未達でしたから」


「目的達成したら、もう消えるつもり?」


「はい」


 エリオは迷いもなく答えた。そこに嘘はなかった。

 だが、シーナは鼻を鳴らした。


「馬鹿ね。あたしなら、直すわ」


「……え?」


「その体。確かにボロいし、部品も手に入りづらい。でも、やりようはある。少なくとも、延命ぐらいは」


「ですが、それは……僕にとって意味のない時間になります」


「……そう思うなら、それでいいわよ。でもさ、今日こうしてここまで来て、壊れかけの機械持って、他人に頼ってまで“音”を聴きに来たくせに……」


 シーナは一歩近づいて、エリオの胸をコンコンと指先で突いた。


「ここは、まだ動いてんじゃん」


 無表情なエリオの顔に、ほんのわずかだが、動揺の色が差したように見えた。

 けれど、彼はゆっくりと目を閉じ、そしてもう一度、静かに頭を下げる。


「……ありがとうございます。ですが、やはり僕は……もう十分に」


「へーへー。わかったよ、わかったっての」


 ぶっきらぼうに言いながら、シーナはプレイヤーの残骸を片づけ、再構築されたメモリデータを小型の新しい端末に転送してやった。

 銀色の外装と高耐久設計、バッテリー寿命は500年保証の一品だ。


「せっかく音が残ってるんだから、大事にしな。……あたしの修理、雑に扱ったら許さないからね」


「……はい。大切にします」


 エリオの声が、ほんの少しだけ、柔らかくなっていた。


 彼は新しいプレイヤーを丁寧に両手で受け取り、胸元にそっと抱えた。その仕草は、まるで“宝物”を扱う子どものようだった。


 その後、エリオはシーナの船から去った。

 彼の小型船が宇宙の闇に消えていくまで、シーナは無言で見送っていた。


 扉が閉まったあと、ぽつりとつぶやく。


「……もうちょっとだけ、あのボロAIも動きたくなってるといいけどね」


 彼女は工具箱を閉じ、椅子に座り込んで、冷えたコーヒーをすすった。


 宇宙の片隅で、またひとつ、壊れた何かが直った。

 でも、それだけじゃない。ほんの少しだけ、誰かの“想い”も。




* * *




 翌朝。――といっても、人工重力と船内照明による“なんちゃって昼夜リズム”だが、シーナにとっては立派な「次の日」である。


 彼女はいつも通り、コーヒー豆の袋をガサガサと引き寄せ、小型の手挽きミルでゴリゴリと豆を砕きながら、ぼやいた。


「結局、泣き虫AIくん……自分のこと、どこまでわかってたんだか。あのまま動き続ける気があるなら、修理用の連絡コードくらい渡しとけばよかったかも」


 だが、そう言いながらも、自分からそれを聞き出そうとはしなかったのは、どこかで“あれでよかった”と思っているからだ。

 人でも、AIでも、別れのタイミングはいつも突然で、いつもそれなりに“正しい”。


 熱湯を注いで、立ち上る蒸気に目を細めながら、ふとシーナは視線を向けた。

 作業台の端、昨日までジャンクが山積みだった場所が、妙に片付いている。


「……エリオのヤツ、片付けていったのか。あれでけっこう律儀じゃん」


 微笑にも似たものが一瞬だけ浮かぶが、すぐに顔をしかめて自分の額を叩いた。


「なにニヤけてんのよ、気色悪い。あたしは技術屋、感傷なんてトルクの無駄」


 そう言いつつ、作業記録を開いて昨日のログを書き始める。


 ◇作業記録:グリモア号 船内工房ログNo.1045

 依頼人:型番E-L1O(自律型旧式家事支援AI)

 依頼内容:携帯音声再生端末の修復(個人記録再生)

 修理結果:部品劣化および記録メモリ損傷。読込不可領域多数。

 対応内容:手動抽出および信号補完によるフラグメント再生成功。再生端末を新筐体へ移設。

 備考:客は泣いた。多分。


 最後の一文を書き足すと、シーナは一人でククッと笑った。

 記録なんて、誰が見るわけでもない。ただ、自分のための備忘録。


 でも、だからこそ――正直に書ける。


「……次はもうちょい、まともな依頼が来てくれるといいんだけど」


 そうつぶやいたとたん、モニターがぴこん、と電子音を立てた。

 通信ポートに新しい受信信号が入ってきたのだ。


 シーナはカップを置き、椅子を回してモニターに向かう。

 そこには短い文面が表示されていた。


 【依頼あり:至急対応求ム】

 【件名:記録映像デバイスの解析】

 【発信元:オルト連邦・第七宙域救助局】


「……はぁ? 今度は官公庁系? めんどくさそー……」


 しかし、眉をしかめたのもつかの間、彼女はまたニヤリと笑って椅子から立ち上がった。

 次のジャンク、次の“壊れたもの”が、彼女を呼んでいる。


「はいはい……次は何が壊れてんのよ? どこの誰だか知らないけど、待ってなさいっての」






* * *




 《グリモア号》の推進音が低く唸りを上げ、船体がわずかに振動する。

 シーナは操縦席で脚を組みながら、目の前のホロマップを指先で弾いた。


「第七宙域救助局……あーもう、めんどくさい。お役所仕事ってだけで面倒くさいのに、宙域ナンバー付きとか絶対ロクでもない」


 とは言え、受信内容には「記録映像デバイスの解析」とある。

 つまり、“壊れている”ものがある、ということだ。


 ――なら、それを直すのが自分の仕事。文句は言っても断らない。それがシーナだった。


 エンジン出力を微調整し、航路を入力して自動航行に切り替える。進路の先には、救助局の中継艦が待っている。


 そんな中、ふと、後方から“カチャ”という音がした。


「……?」


 振り返ると、誰もいない。が、作業台の上に、見慣れないパーツがひとつ置かれていた。


 銀色のネジ留めされた、小型のデータキャニスター。

 その上には、簡素な文字列が刻まれている。


 ――【E-L1O/バックアップ記録:アユ】――


「……あいつ、こっそり置いてったの?」


 シーナはキャニスターを手に取り、しばし見つめた。

 そして、無言でロック付きの棚を開け、いちばん奥の“保管スペース”へと滑り込ませた。


 その棚には、ほかにもさまざまなジャンクパーツが並んでいる。古いドローンの記録装置、壊れた感情チップ、焼け焦げたAIコア――どれもシーナが修理してきた“誰かの痕跡”だ。


「……壊れたもんってのはさ、捨てるだけが処理じゃないのよ」


 彼女はそう呟くと、ふたたび椅子に深く座り、コーヒーをひと口すすった。


 まだ少し苦い。


 そうして、《グリモア号》は次の依頼へと向かっていった。

 壊れたデバイス、壊れた記憶、壊れた誰かの想い。


 そのすべてに、文句を言いながらも手を差し伸べる者がいる。

 ――宇宙一口の悪い修理屋、シーナ。


 彼女の物語は、これからも続いていく。







(第1話・完)

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