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令嬢が選んだ結末は、全員道連れの破滅でした  作者: ぱる子


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第18話 最後の暴露

 処刑を控えた広場には、朝から熱狂の波が押し寄せていた。既に数日前から木製の台が設置され、大勢の民衆がつめかけている。王太子ルシアンやクララの姿も壇上に確認でき、周囲を取り囲む衛兵たちが警戒に目を光らせる。しかし、そのどこか浮ついた空気の裏側には、不穏な緊張感が隠されているように感じられた。

 エレオノーラ・ローゼンハイムが階段をのぼって処刑台の中央に立たされたのは、日が高く昇る前のことだった。枷をはめられた両腕、衣服の隙間からは鞭打ちや乱暴に扱われた跡が見え隠れし、見る者の中には思わず息を呑む者もいる。しかし、大半の民衆はそれ以上に彼女への怒りや好奇心を示し、断罪の瞬間を待ちわびてやまない様子をあらわにしていた。


「反逆者に裁きを!」

「これでもう、国が落ち着くに違いない!」


 そんな声が飛び交うなか、ルシアンが壇上の端へ進み、民衆に向かって声を張り上げる。


「皆の者、ここに立つのは、我らが王国を長きに渡って混乱へ導いた女だ。今こそ断罪し、国を守るために大いなる生贄を捧げる時が来たのだ!」


 民衆からは大きなどよめきと歓声が起こり、喧騒は一瞬にして頂点へ近づいた。肩を並べるようにして控えていたクララは、悲痛な面持ちを演じながらも、舞台を見守っている。表向きには「国のために心を痛める健気な少女」として、民衆の前で涙を滲ませていた。

 王太子派の兵士たちは、処刑が行われる段取りを把握しているはずなのに、どこか落ち着かない面持ちをしている。地方の反乱が未だ沈静化の兆しを見せず、どんな形で騒ぎが飛び火するか分からないからだ。それでも、本日の“見世物”が成功裡に終われば、国中の疑念もいくらか解消されると考えているらしい。


 一方で、観衆の後方にはレオポルト・ローゼンハイムの姿があった。かつて公爵家を率いていた堂々たる男は、見る影もなく落ちぶれている。周囲からは嘲笑と侮蔑、あるいは冷ややかな興味の眼差しだけが注がれ、むしろ娘の処刑を容認して自らの生存を図る狡猾さを揶揄されているようだった。彼はそんな視線を振り払うように人ごみに紛れ、ただ無力感を噛み締めている。

 やがて、処刑執行の合図を受け、衛兵がエレオノーラの両腕を強く掴んだ。台の中央、首斬り台と呼べる簡易な設備の前に引き出されたとき、まさしくこの瞬間、すべてが終わるかに見えた――しかし、エレオノーラは唇にわずかな笑みを湛えたまま、観衆を一周するように視線をめぐらせる。まるで何かを見定めているかのように、ゆっくりと息をつく。


(今が最適。すべてを闇から白日の下へ曝すとき――)


 それは事前の打ち合わせなど存在しない、一瞬の合図だった。ある兵士が、あるいは役人が、あるいは街角に潜んでいた密使たちが、それぞれの持ち場で動き出す。サインが波紋のように広がっていくと、民衆の後方から突然叫び声が上がった。


「王太子とクララの不正がここにあるぞ! 金銭の横領だ! 妾の存在を隠し続けた証拠だ!」


 瞬間、何枚もの書類が風にあおられるように広場へ放り出される。ある者は半信半疑ながらも紙片を拾い、それを見て仰天する。そこには王太子ルシアンが多額の裏金を受け取り、莫大な遊興費に当てていた疑惑の明細が克明に記されていた。さらに、クララもまた裏取引で利益を得ていた可能性を示唆する記述があり、その名前が大きく記されている。

 あっという間に動揺の声が広がる。王太子が仕切るはずの公開処刑の場で、逆に王家の不正が露呈する形になったのだ。次々と紙が配られたり、口伝で情報が伝えられていくうち、民衆は興味本位から嫌悪感へ、さらに激しい怒りへと移り変わっていく。


「なんだこれは……あれだけ偉そうに国を守るだと? 全部嘘じゃないか!」

「殿下とあの娘まで不正を働いていたのか……結局、誰も信じられないのか!」


 すると、これまでエレオノーラに罵声を投げかけていた一部の民が、一転してルシアンやクララへ疑惑の視線を向け始める。わずか数分の間に、広場全体の空気が大きく変わっていった。

 それだけでは終わらない。今度は別の書類が、別の経路を通じて民衆に渡される。そこには王家の血統や国家資金の横流し、さらに王太子が公爵家と結託していた証拠などが書き連ねられ、今回の暴露が決定的に真実味を帯びてしまう仕掛けが用意されていた。

 広場にいる群衆の大半は、王太子とクララを“国を救う英雄”だと思い込んでいたはずが、今度はその信頼が一瞬で崩れる形となる。湧き上がる怒号、激しく入り乱れる感情の渦。地面に散らばる紙切れを拾い読みしては、「あの女だけが悪いわけじゃない!」という声や、「王家も腐りきっている!」という叫びが行き交い始めた。

 狼狽したのはもちろんルシアンとクララだ。ルシアンは目を見開き、壇上から兵士たちに収拾を指示しようとするが、すでに紙片は人々の手へ渡り混乱を止められない。周囲の衛兵は防壁を作ろうとするが、あまりに急激な民衆の怒りの爆発に対処しきれない。

 クララもまた泣きそうな顔で「違うのです! ご存じのように、わたくしは……!」と声を上げるが、聴く耳をもつ者はほとんどいない。むしろ、「あの娘も私腹を肥やしていたのか!」と激昂する者が増え、壇上に詰め寄らんとする勢いだ。

 ルシアンを守る兵士たちが群衆に向けて威嚇の構えを取ると、それを見た民衆は怒りをさらに増幅させる。石や道具を持って反撃に出る者まで出はじめ、かつてはエレオノーラに向けられていた敵意が、一気に王太子やクララへ吹き荒れ始めた。


 まさに修羅場。壇上の端では、王太子派の貴族たちが逃げ出す算段を急ぎ、衛兵の中には動揺のあまり指示を無視して広場を去る者さえいる。公爵レオポルトも人ごみによろめき、逃げ場を探すような目をしていたが、すでに周囲は暴徒化寸前で移動もままならない。

 そんな地獄絵図さながらの光景の只中、エレオノーラは処刑台の中央で枷をかけられたまま佇んでいた。その頬にはちりと血がつき、衣服は晒しもののままだ。それでも彼女の眼差しは冷静で、今の混乱をまるで見下すかのような趣がある。

 王太子が喉を張り裂かんばかりに「落ち着け! 衛兵は広場を制圧しろ!」と命じても、既に火の付いた怒りは収まる気配がない。周囲で誰かが「みんな偽善者なんだ!」と叫び、それがさらに拍車をかける。ロープや棒を持った者たちが壇上へ殺到し、制止する兵士を押しのけようとしている。


 これこそ、エレオノーラが最後に用意していた“トドメ”であった。処刑を見世物とするというなら、舞台の幕が上がる瞬間に最大の暴露をぶつければいい。そのタイミングは、民衆の視線がもっとも集中するこの場以外にあり得なかった。

 無数の紙切れが広場に乱れ飛び、王国における王太子やクララ、さらには公爵家までもが深く腐敗していた事実が拡散されていく。裏金、不正な権力行使、密売……ありとあらゆる醜聞が書き綴られており、民衆の心を徹底的に打ち砕く。背信への絶望感から暴徒化する者が出始め、周辺の建物に火を放とうとする気配さえ漂う。

 混乱は瞬く間に広場だけで済まなくなり、城下通りや宮殿前でも乱闘が頻発し始める。すでに誰もが自分の正義を信じるばかりで、統率がまるで取れない。まさに破滅を暗示するかのように、空が灰色の雲で覆われはじめ、差し込む日の光が薄れていく。

 そんな阿鼻叫喚の渦中、エレオノーラはうっすら微笑んでいる。強かに両腕を枷られた姿でありながら、その顔はまるで解放を得たかのような安堵と勝利の色を帯びていた。王太子も公爵家も、すべてが崩壊する光景をまざまざと見下ろすかのように、微動だにせず立ち続ける。

 ルシアンの叫びは人々の怒声に掻き消され、クララの涙顔は見向きもされない。レオポルトは呆然と柱にもたれ、衛兵の指示に従う者すら少なくなり、隊列が乱れて互いに足を引っ張り合っている。まさに、国の権威が完全に崩れていく瞬間。

 エレオノーラは処刑台の上から、その滅びの光景をゆっくりと視界に収める。群衆が押し合い、逃げる者や怒りをぶつける者が入り乱れ、広場全体が戦場さながらになっていく。耳を劈くような悲鳴と嘆きが空を揺るがして、王国の威光とやらは霧散していく。


(これが彼らの結末……そして、わたくしの勝利)


 あまりにも苛烈な修羅場だが、エレオノーラの口元は穏やかに弧を描いていた。誰かが彼女を救いに来ることはないだろう。それでも、彼女にとってはこの混乱こそが絶頂なのだ。王家も公爵家も、誰もがこの結末を回避することはできない。

 王国は致命的な崩壊の道を進み、もはや後戻りなど不可能。現実を直視しないまま責任をなすりつけ合った結果が、こうしてすべての者を巻き込んだ自滅へ導いたのだ――そう知らしめるかのようにエレオノーラは、背筋を伸ばしたまま狂気の舞台を目撃する。

 群衆の一部が足元にまで押し寄せそうになり、壇下では衛兵が必死に押し戻している。だが、治安は見る見るうちに崩れ去り、王太子派の兵士にも通行人にも襲いかかる暴徒が現れる。あちこちで火の手が上がり、倒れた露店の棚から煙が立ち昇る。

 ルシアンは後方へ逃れようと必死に衛兵を呼び集めているが、兵士の多くが指示を聞く余裕を失っている。クララは群衆に叩かれ、悲鳴をあげながらドレスを踏まれて倒れかける様子が遠巻きに見える。レオポルトも何度か口を動かしながら、助けを求めようと必死なのか、あるいは絶望の声を漏らしているのか――何もかも塗りつぶされるように暴動の奔流に巻かれていく。


 そのとき、エレオノーラの瞳がわずかに天を仰ぐように上向いた。血のにじんだ頬を夕刻の光が弱々しく照らし、苦しむ声が洪水のように広がる中で、彼女は高潔とも言える笑みを浮かべる。吊るされた枷が軋む音すら、凱歌の調べのように聞こえるかのようだ。

 こうして王国は自らを破滅へ突き落とす“最後の暴露”を受け止め、縋るものを失った民衆が命懸けの混乱へ突入した。処刑の場として設けられた壇上が、結果的には王家や公爵家の権威を決定的に失墜させ、すべてを灰燼と化すきっかけとなったのだ。

 暴徒化した人波の中には、何も知らないまま刃を振るう者もいれば、周囲を押しのけて逃げる者もいる。王太子とクララも必死に逃げ道を探すが、民衆の裏切りへの憤怒に追われ、こうして作り上げた計画が完全に逆手へ回った形となる。

 地獄のような場面を、エレオノーラは処刑台の頂からじっと眺めていた。近くに踏み寄る者もいるが、彼女が枷に繋がれて動けないのもあってか、不思議と壇の上までは大勢が押し寄せない。民衆の怒りはむしろ、逃げ惑う王太子派や警備兵の方向に集中している。

 かつて公爵令嬢だった自分が、ここまでの破壊を引き起こした――その現実を、まるで予言でも成就したかのように静かに咀嚼しながら、彼女は冷たく美しい微笑で最期の時を待つ。王国はもう助からない。ルシアンもクララもレオポルトも、落ちていく先は暗い奈落。それらを自分の周りで踊らせた果てにある光景を、エレオノーラは理想的なものとして見届けているかのようだ。


「これが……わたくしの勝利」


 悲鳴と怒号が入り混じり、広場の一角では火柱が立ち上る。群衆は混沌を極め、正義などどこにも見当たらない。この燃え盛る混乱こそが、国全体を巻き込む崩壊の象徴なのかもしれない。エレオノーラのかすかな笑みは、それを祝福するかのように凛としていた。

 まさに破滅が頂点に達したこの瞬間、処刑台の上で一人凜と立つ姿があまりにも印象的だった。民衆の目には「狂った女」と見えるのかもしれないが、その背筋には不思議な気品が宿り、列強も巻き込む王国の没落を彩る名場面に成り果てている。

 こうして、誰にも制御不能な暴動と、最期の暴露による王家への信頼崩壊とが重なり、王国は深い地獄へと飲み込まれていく。ルシアンやクララたちの絶望の叫びが、火炎に包まれるように遠くでかすれ、この場にあるのは血塗られた地獄のような光景――そのすべてを、処刑台の頂点で見下ろしながら、エレオノーラは薄く、しかし揺るぎなく笑っていた。

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