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令嬢が選んだ結末は、全員道連れの破滅でした  作者: ぱる子


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第15話 見世物の処刑

 曇天の下、首都ヴァルモンドの大通りには、王太子派の衛兵たちが一列となって警戒にあたっていた。数日前から「国家転覆を狙う首謀者が逮捕される」という噂が広まり、民衆の間に奇妙な高揚と不安が混ざり合った空気が漂っている。誰もが、一連の混乱を収束するための“見せしめ”が行われるという期待を抱きつつ、その実、怯えを拭い去れずにいた。

 馬車の音が聞こえたのは、朝も早い時刻のことだった。衛兵たちは合図を受けて道を開け、車輪を軋ませながらゆっくりと進む馬車を見守る。馬車から降ろされたのは、黒い服をまとった女性――エレオノーラ・ローゼンハイム。彼女の両腕には堅固な枷がかけられ、衛兵の数人が左右を囲むようにして押さえつけている。

 周囲の民衆は、最初こそ遠巻きに見つめるばかりだったが、ある者が「裏切り者め!」と声を張り上げると、次第に口々に怒号が飛び交うようになった。貴族の身分を示す装いをわずかに残した彼女の姿は、多くの不正暴露と内乱で苛立ちを募らせていた人々にとって恰好の標的に映ったのだろう。投石や罵声が飛び交う中、エレオノーラはほとんど表情を変えず、護送の列に続いて大通りを進んでいく。

 彼女の顎は高く持ち上げられており、俯くこともなく周囲を見回していた。時折、石が足元や腕に当たる音が響いたが、痛みを感じているのかどうかさえ読み取れない。むしろ、そのまなざしには人々の激情を冷めた目で観察しているような冷静さがあった。


 そこへ、王太子ルシアンとその取り巻きが現れる。馬に乗ったルシアンは、決して平静を保てているわけではないが、王太子としての威厳を示すために背筋を伸ばし、民衆の前で声を張り上げた。


「皆の者、聞け! この女こそが、長きに渡って我が王国を混乱へ陥れた張本人である! 貴族や軍部、そして民衆をも意図的に扇動し、多くの不正を暴露することで国を転覆させようとしたのだ!」


 民衆からは、ここぞとばかりに罵声が再び上がる。ルシアンの言葉を事実として受け入れる者も少なくないようだ。すでに宮廷や街中には、エレオノーラを反逆者として扱う噂が徹底的に広められていた。人々は混乱の根源が彼女ひとりに集約されることで、少しでも安心を得たい気持ちがあるのだろう。

 ルシアンの隣には、クララ・ブランシェが控えめに立っていた。彼女は目元に涙を溜め、しかし毅然とした表情を示すという、巧みな演出に余念がない。周囲の民衆がそれを見て、クララを“国や王太子を支える善良な少女”だと認識するよう計算しているようにも思える。


「国を守るためにも、我々はこの女を裁かなければなりません。民の平穏を取り戻すための行いです……どうか、殿下を信じてください」


 クララの声は弱々しく震え、しかし聞く者の胸にはそれが“心優しい訴え”として響くらしい。群衆の一部からは「殿下を信じるぞ!」と応じる声が上がり、また別の者は「この女をすぐに処刑しろ!」と叫ぶ。

 こうして王太子とクララは、民衆の怒りを抑えるために“エレオノーラの処刑”という劇場を形作っていく。まるで、一人の生贄を差し出せばすべての罪が清算されるかのような幻想を抱かせるために。


 一方、群衆の間からは公爵レオポルトの姿もこそっと覗いていた。かつてのような威厳はなく、護衛も少ない。裏切り者扱いされかけている公爵家は国中から批難を浴び、屋敷も人の気配が減っている。それでも、娘のこの様を見届けるために来たのか、それとも自分が真っ先に避難されぬように表情を偽っているのか、定かではない。

 彼は視線をそらしつつ、呟くように言葉をこぼす。


「仕方がない……あの娘を生かしておけば、わたしの身すら危うい。ここで罪をすべて背負わせるほかないのだ……」


 もはや父娘の情などまるで感じられない。レオポルトにとっても、エレオノーラは捨て駒となっていた。自分の生き残りを最優先するため、ただ決心を固めようとするかのように、沈黙を保っている。

 その頃、押し立てられたエレオノーラは、衛兵たちに腕を掴まれながら広場へ連行されていく。そこには簡素な台が設営され、周囲に集まった大勢の民衆が興味半分と憎悪半分で見守っていた。

 彼女は顔を上げ、まっすぐに視線を放つ。槌音が響くような雰囲気の中、衛兵が罵声に応じるように「反逆者、ここに在り!」と喧伝し、さらに石や泥が投げつけられる。エレオノーラの衣服はますます汚れ、肌には小さな傷が増えていく。

 だが、誰もが奇妙な違和感を覚える。彼女はまるでそれを痛がる素振りを見せないばかりか、微笑みさえ浮かべているように見えるのだ。


「……まるで、人間を見下ろす鷲のようだ……」


 そう呟く民の声が耳に残る。白い肌に浮かんだ血のりと泥。常ならば、その屈辱に泣き叫んでもおかしくない。しかし、エレオノーラの瞳ははっきりと傲然たる光を放ち、口元にはわずかな笑みが刻まれている。

 王太子ルシアンが壇上で「彼女はこの国を壊そうとした。これまでの不正、暴露、地方の反乱すべてに関わっていた。国家を守るために処断せねばならない」と告げる。その言葉に大勢の民が喝采を上げる一方で、一部では「本当にこの娘がすべてを仕組んだのか?」と訝る声も混じっている。だが、その疑問は群衆の熱気にかき消されていく。

 クララが少し遅れて壇上に上がり、王太子の横に立つ。彼女は目を伏せるようにして、「まことに悲しいことですが、国を救うためにやむを得ません」と穏やかに宣言した。民衆の何人かは、その涙目を見て“ああ、王太子の傍らにこんなにも気高い女性がいるから大丈夫だ”と勝手に思い込み、エレオノーラへの憎しみをさらに募らせる。

 エレオノーラは彼らを見渡したあと、台の中央で小さく微笑んだ。まるで「さあ、幕引きの始まりだ」という合図を送り出すかのように。そして、首に繋がれていた縄を引かれても、膝を折らないまま立ち尽くす。


「大人しくひれ伏せ!」と衛兵が叱咤するが、エレオノーラは耳を貸さない。その振る舞いこそが、周囲の民衆をさらに刺激し、石やゴミの投擲が再燃する。

 やがて、王太子の家臣が「本日夕刻、ここに公衆の面前で処刑を執行する」と告げ、広場はざわめきに包まれる。あまりに迅速な判断だが、ルシアンとクララにとっては民の怒りを鎮めるための時間稼ぎを許さないという意図もあるのだろう。


「国民のための正義です……皆さま、どうか安心してくださいますよう」


 クララが壇上で頭を下げると、人々の間から「正義を!」「早く断罪を!」と熱狂的な声が響く。今の民衆は、混乱が続く中で少しでも明確な敵を求めており、その欲望を満たすために“処刑”という見世物が設定されているのだ。

 レオポルトは人波の後方でその光景を黙って見つめていた。怯えと失望とが入り混じり、まるで呆然自失の状態だ。娘を救う手立てもなければ、そんな余裕もない。むしろ、自らへの追及が免れるなら、その生贄としてエレオノーラが差し出されるのを容認するしか術はないのだろう。

 当のエレオノーラは、血と泥にまみれながらも、頬にわずかな笑みを保ち続ける。その姿は、群衆には狂気か高慢にしか映らないが、その内面には確かな静けさがあった。あれだけ集中的に不正を暴いてきた彼女が、今さら命乞いをするなど夢にも思わない。

 人々の激しい叫びに対して、エレオノーラはかすかに顎を上げ、王太子とクララ、そして遠巻きにいるレオポルトを一瞥する。誰もが何とか自分だけは生き延びようと、この場を利用している。しかし、それが最終的にどう転ぶかは、彼女が一番理解している。


(思ったとおり……わたくしの処刑こそが、終幕の始まりね)


 すべてが計算づくかのように、彼女は抵抗の素振りを見せず、衛兵に腕を掴まれても表情を崩さない。民衆の嘲笑や侮蔑を一身に受けても、むしろそれを嘲るように口元を緩める光景に、張り詰めた空気が凍りつくような感覚すら走る。

 近くで見守っていたある衛兵は、彼女の瞳を覗き込み、言葉を失った。それは恨みや悲壮感ではなく、“勝ち誇った者の目”に見えたからだ。その違和感に気づく間もなく、彼女は兵たちに連行されて広場の端へ消えていく。そこには用意された檻のような一画があり、日暮れまで罪人として晒されるのだという。

 こうして、エレオノーラは公衆の面前で捕らえられ、泥だらけで罵声と投石を受けながら拘束されていく。そのいずれもが通常ならば屈辱を伴う行為だが、彼女の内面には揺るぎがない。

 石を投げる民衆も、処刑を高らかに宣言する王太子ルシアンやクララも、娘を捨て去ったレオポルトも――果たして、この場で勝者と呼べる者はいるのか。それを知るのは、まだ夕刻の刹那の時が訪れる前に、エレオノーラがしっかりと“勝利”を確信しているからに他ならない。


 こうして、首都ヴァルモンドの中心で、見世物としての処刑が決定づけられる。民衆は久方ぶりの興奮に沸き立ち、王太子とクララの演出に喝采を送り、公爵家は生き恥をさらす形で傍観する。反逆の首謀者が表舞台に晒されたことで、いっときの安堵を得る者もいるかもしれない。

 だが、当のエレオノーラの静かな微笑みが示すように、これは真なる終焉への入り口にすぎなかった。すべてが破滅に向かう歯車が、最後のひと押しを待っているかのように軋み始めている。夕刻には何が起こるのか、誰も想像しきれないまま、民衆のざわめきは熱を帯びて高まっていくのだった。

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