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令嬢が選んだ結末は、全員道連れの破滅でした  作者: ぱる子


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第13話 逮捕の画策

 王宮の大広間では、今夜もまた暗い囁きが重なり合っていた。豪奢な装飾や厚手の絨毯が繕う優雅さとは裏腹に、そこかしこに漂う空気には一種の焦燥が混じる。各地で起こる反乱や不穏な動き、王太子派と公爵派の衰退、そして何よりも絶え間ない暴露が続く現状を前に、貴族たちは平静を保つことができなくなっていた。

 そんななか、深い帳が下りたように一角だけが静寂を湛えた部屋があった。王太子ルシアンが自らの腹心数名を集めて小規模な会合を催している。ひととおり軍部や地方領主の動向について説明を受けたあと、ルシアンは瞳に険を宿し、低い声で議題を切り出した。


「ここまでの混乱を招いた原因を断ち切らなければ、我々は立ち行かなくなる。いずれ国自体が破滅への道をたどるのは目に見えている」


 この言葉に、周囲の腹心たちは重々しく頷く。誰もが、何かしら大きな一手を打たなければならないことを理解していた。

 しかし、そのうちの一人が不安げに口を開く。


「殿下……公爵家は既に自滅を始めていますし、他に責任を押しつけられそうな大物も見当たりません。いくら王家の名を使っても、民衆の疑念を晴らすには足りないのでは」


「だからこそ、“ある人物”を断罪する必要があるのだよ」


 ルシアンは机上に両手を置き、静かに貴族たちの目を一掃するように見回す。まだ誰も口にしないが、全員がうすうす気づいている。混乱の根源をひとりに仕立て上げ、それを公の場で裁くことが効果的だということを。

 そこへ、傍らに座っていたクララが控えめな咳払いをしてから、言葉を添えた。


「殿下がお考えの“ある人物”というのは……例の、婚約破棄後に消息を絶ちがちなあの方でしょうか。わたくしも、いろいろと探ってみましたが……」


「そうだ。ここまでの事態を引き起こした張本人として仕立て上げられるのは、あの者以外に考えられない。公爵家や王太子派の不正を表沙汰にし、王国中に混乱を招いた“首謀者”を、我々がついに突き止めた……そう言えば、民衆はどう思う?」


 クララはわずかに瞼を伏せ、小さく息を吐く。


「民衆も貴族も、大半がその説明を望んでいるように感じます。誰かひとりが“国家転覆を図った”と断じられれば、皆が自分は被害者だと安心できるのではないでしょうか」


「そのとおりだ。そして、我々は国を守る立場として“犯人”を捕らえ、厳正に罰する……。そうなれば、少なくとも王家の権威は回復し、公爵家も“あの娘の暴走を止められなかった”程度の罪状で済むかもしれない」


 ルシアンの瞳に潜む揺るぎない意志を読み取ってか、周囲の貴族たちも次々と同意を示す。ここまで手段を選ばずやってきた彼らにとって、“国を救う”という大義名分が手に入るのであれば、多少の歪みは許容範囲だった。実際、これ以上の大混乱に陥れば、彼ら自身の地位や財産まで失いかねない。

 そうして名前が明白になる。エレオノーラ・ローゼンハイム――公爵家の令嬢だったはずの彼女が、実は一連の暴露騒動を裏で糸を引き、国全体を揺るがした反逆者として仕立て上げられようとしていた。


 ルシアンは地図が広げられた机の上を示しながら、具体的な逮捕の段取りを打ち明ける。


「まず、帝都周辺の検問を強化し、あの者が王都に潜入するのを防ぐ。あるいは、すでにどこかに潜んでいるなら、協力者を炙り出して、動きを封じればいい」


「殿下、彼女の私邸や拠点はすでに把握しております。が、今のところそこに本人が滞在しているという確証がなく……」


「それでも構わない。協力者や書類を抑えれば、あの者を追い詰める材料はいくらでも作れる。もちろん、抵抗するならば、早急に捕縛すべきだ」


 クララは、そのやり取りを聞きながら、不安げに指先を組み合わせていた。ルシアンの言葉には半ば決死の覚悟が透けて見える。もし、これでエレオノーラを本当に逮捕できなければ、王太子派も公爵家も完全に行き詰まるだろう。

 だが、もしエレオノーラが本当の首謀者であるとすれば、そう簡単に捕まるだろうか――という疑念がクララの胸をかすめる。あの冷酷さと周到さを、一体どこで身につけたというのか。そこにはかつての清楚な公爵令嬢の面影は微塵もない。

 会合が散会した後、ルシアンはクララを呼び止めると、わずかに声を落として囁く。


「おまえは引き続き、エレオノーラの動向を探れ。小さな手掛かりでもいい。逮捕の決定を下す以上、王都での世論操作にもおまえの力が必要だ」


「……はい。承知いたしました。わたくしも殿下のお力になれるよう努めます」


 そう答えながら、クララの胸はざわつく。かつて婚約破棄を迫られ、泣き崩れる姿を公衆の面前で演じさせられたエレオノーラ――その彼女を今度は自分が逮捕する側に立つ。皮肉というにはあまりに出来過ぎた構図だ。

 やがて、ルシアンたちの決定が宮廷内に伝わると、一部の貴族は色めき立ち、ある者は安堵の表情さえ見せる。「これで犯人が定まれば、最悪の事態は回避できるかもしれない」と。

 一方で「本当にあの娘だけが悪いのか?」と首をかしげる者も少なからずいたが、それを口に出す者はほとんどいなかった。むしろ、誰かひとりに責任を押し付けてでも、この混乱を終わらせたいという空気が強かったからだ。


 その動きは王都の警備にも及ぶ。宮廷衛士を中心に、エレオノーラに通じる人物や拠点を洗い出す命令が下され、町中には検問所や立ち入り検査が増えはじめた。疑わしい書類を持っていれば即座に没収され、下手をすれば牢へ送られるといった噂が、民衆の間を駆け巡る。

 こうして、首都の混乱を鎮めようとする名目で行われる取り締まりは、事実上の粛清の始まりでもあった。あまりに厳しい捜索と尋問が一部で行われ、連日小競り合いが絶えない。

 しかし、その成果は思ったほど上がらない。エレオノーラの居所はすぐには判明せず、彼女に協力していると思われる召使いや下級役人たちも姿を消しているか、口を噤んでいることが多い。彼女が既にどこか遠くへ逃げたという可能性も指摘されるが、ルシアンは諦める気配を見せなかった。


「必ず捕らえる。王国の安定のためにも、あの者を処断しなくてはならない」


 当のエレオノーラは、この動きを十分に把握していた。彼女の隠れ家には、小役人や小さな商会からの報せが断続的に届き、都の検問や宮廷内の策略を事細かに教えてくれる。

 ある夜半、エレオノーラは邸内の一室に集まった配下たちを前に、紙を一枚見せながら言葉を交わす。


「どうやら、わたくしを“国家転覆を狙う首謀者”として断罪する方針のようね。早期に逮捕し、処刑する筋書きを用意している……」


 その事実を耳にした者たちは一様に緊張を走らせた。誰もが、彼女に逃亡や抵抗を進言するのではないかと予想する。だが、エレオノーラの様子は妙に落ち着いていた。

 むしろ、どこか想定内の出来事であるかのように、ゆるやかに微笑んでいる。


「くれぐれも慌てないで。わたくしは、ここを動くつもりはないわ。むしろ、彼らがわたくしを“犯人”に仕立て上げようとしている間に、もう一手二手を打つだけ」


「ですが、もし殿下たちが軍を動かすなどして強硬措置を……!」


「かまいません。いずれ、わたくしが立ち上がる時が来るでしょう。それまでに、彼らは自分たちの首をどこまで締められるか――」


 言葉を切り、エレオノーラは僅かに首を傾げる。まるで処刑台に立つ運命すら冷静に受け止めるかのような振る舞いに、周囲の者たちは疑問と恐れを抱くものの、口出しできる雰囲気ではない。

 その数日後、首都の雰囲気はさらに厳粛なものへ変貌していた。王家の名で「国家反逆の疑いがある者を逮捕せよ」との布告がなされ、衛士たちはより組織的にエレオノーラとその関係者を探し始める。一部の小商人や役人が拘束され、自白を強要される例も増えているらしい。

 そんな最中、密かにエレオノーラのもとへやってきた召使いが、切迫した面持ちで報告を行った。


「しばらくは安全だと思われていた隠れ家にも、今夜あたり軍が捜索に入るかもしれません。どうか早急に移動を……」


「ありがとう。でも、今は予定どおりに進めるわ。彼らが捜索に必死になるほど、わたくしの手駒は動きやすくなるもの」


 それでも危険を察した配下が「逮捕されたら、すべてが終わりではないでしょうか」と問いかけると、エレオノーラはまるでその言葉すら読んでいたかのように軽く首を振る。


「いいえ、むしろそれが最後の手段になるかもしれない。わたくしは既に、どのタイミングでどう動くか決めているわ。だからこそ、表立って抵抗する必要もないの」


 その冷静さに、召使いは胸がざわつく。まるで嵐の中心にいるにもかかわらず、エレオノーラは揺るぎない。まるで、この逮捕への策動すら自らの計画に組み込んでいるかのようだ。

 こうして王太子やクララをはじめ、王宮内の有力者たちは“国家転覆を目論む反逆者”を捕らえる大義名分を掲げ、動き始めた。彼らの狡猾な工作は次第に形を成し、世論を煽る声も聞こえてくる。「すべてはあの令嬢が裏で糸を引いていた」「ほかの貴族は被害者だったのだ」と。

 誰もが知りつつも目を逸らしてきた闇取引や不正の責任を、一人に押し付けることで王国の安定を取り戻そう――その歪んだ発想は、危機に瀕した者たちにとっては最善の策に見えるのだろう。

 だが、その裏ではエレオノーラが静かに微笑みを浮かべながら次の手を考えている。逮捕という網が迫る中でも、まるで勝負はこれからという顔を崩さない。追われる側と追う側、その二つの思惑がいよいよ正面から激突する前夜が、ゆるやかに訪れようとしていた。


(捕らえるものなら捕らえてみればいい。それが、わたくしの計画を完成させる鍵になるのだから)


 黒い夜闇が邸内の灯を呑み込み始める頃、エレオノーラは窓の向こうをじっと見やった。門の外には見張りの兵が増えているのを感じるが、彼女の胸に浮かぶのは焦りではない。むしろ、“ついに最終幕が近い”という確信に似た静かな昂揚が宿っている。

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