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令嬢が選んだ結末は、全員道連れの破滅でした  作者: ぱる子


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第12話 公爵家の凋落

 公爵家の邸宅に続く石畳の道は、かつて貴族たちの馬車でひっきりなしに賑わった。珍しい花を植え込んだ庭園や、大きな噴水、格式高い応接間――どれもレオポルト・ローゼンハイムが誇っていた富と権勢の象徴である。

 しかし、今やその石畳を行き交う馬車はめっきり減り、門番たちが持て余したように所在なく立っているだけだった。豪奢な装いの取り巻きたちが出入りする姿はほとんど見かけず、代わりに、噂を聞きつけた好奇の眼差しを向ける通りすがりの者がときおり門前をうかがう程度だ。

 この異常な静けさの理由は、言うまでもない。公爵家の闇取引や横領、軍部への不正送金などが次々に暴露されたことで、重臣や家臣たちが一気に離反を始めたからである。これまでレオポルトが築き上げてきた強固な派閥は、ほんの数日で瓦解の道を歩み出した。


 邸内に足を踏み入れると、その荒んだ空気はさらに鮮明になる。広間に敷かれた絨毯には手入れの痕跡があるものの、掃除が行き届いていない箇所がちらほらと見受けられた。かつて数多くの召使いが来客の相手をしていた場所にも、今はわずかな使用人しか残っておらず、人影の少なさが際立つ。

 多くの取り巻き貴族が公爵家から距離を置くようになったのは、家名を守るための当然の動きだった。自分たちが共犯扱いされることを恐れ、いち早く退散したのだ。おまけに、長らくローゼンハイム家に忠誠を誓ってきた家臣の中にも、王太子派との合流を模索する者や、さっさと隣国へ逃れようとする者まで現れている。

 邸内の奥、執務室に通じる廊下では、二、三人の公爵家の従者が遠巻きにささやき合っていた。


「こんな状況では、われわれが危険に巻き込まれるのも時間の問題だ……」


「ええ、既に領内の一部で反乱の噂がありますし、王宮でも公爵家は“次の処罰対象”として目をつけられているとか。逃げるなら早めに決断しなければ」


 そういった密やかな声が、染みついた重苦しい空気をさらに濁らせる。誰もが自分の保身を最優先に動こうとする今、公爵家に取り残されることは最大のリスクだという共通認識が生まれていた。

 そんな騒然とした空気を胸に抱えつつ、一人の重臣が深いため息をつきながら執務室の扉を開ける。中にいるレオポルトへ、急ぎの報告をしなくてはならないのだ。


「失礼いたします。公爵……先日の傭兵隊の撤退要請ですが、どうやらあちらが既に契約打ち切りを宣言しているそうです。賃金の支払いが不透明だという理由で、こちらの要請には応じかねると……」


「何だと!」


 レオポルトは机の上に放り出された書類を睨みつけてから、怒り混じりにその重臣を見やる。だが、そのとき既に重臣の視線はどこか冷めており、まるで自分が衝撃を受けるのを避けているようだった。


「それと、先ほどまで公爵に忠誠を誓っていた領主たちの一部が反旗を翻しかけています。加えて、王宮からも“公爵家がさらなる混乱を招くようなら、厳しい処置を下す”との通知が届いております」


 嫌でも状況の切迫を感じさせる言葉が続き、レオポルトの表情は焦燥に歪む。かつて威風堂々としていた公爵家の当主の面影は、今や面白いように崩れ去っていた。


「このままでは、わたしの領地が荒らされることはおろか、家名まで失墜してしまう……。何故だ、王太子派と公爵家の間には、いまだ守るべき均衡があるはずだろう。殿下さえ立てれば、我々の立場は揺るがぬはずだ!」


 しかし、そう言っても取り巻きの多くは既にいない。今のレオポルトの側に残っているのは、先程の重臣やごく少数の古参家臣だけ。しかも、その一部でさえも、この混乱が続けばいつ離反するか分からないのだ。

 やむにやまれず、レオポルトはさらなる悪あがきを試みる。前回とは別の金貸しに借款を求め、急場しのぎの資金を用意しようとしたり、軍部との個別交渉を水面下で行おうとしたり――だが、その動きはことごとく裏目に出る。

 理由は明白だ。公爵家が不正や横領に深く関わっている書類がすでに世に出回っている以上、まともな交渉相手など存在しない。さらに、今後の成り行きで公爵家が衰退すれば、貸し付けた金を回収できなくなるリスクが高すぎるため、金貸したちは総じて敬遠する。軍部にしても、腐敗の根源との関わりを嫌ってか、関係を絶とうとする動きが加速していた。

 宮廷からも明確な支援が得られず、レオポルトはついに手詰まりを感じ始める。焦燥感が募るあまり、彼の苛立ちは徐々に使用人や家臣にも向けられるようになった。


「どうして誰も何もできんのだ! あの娘……エレオノーラが、そもそもわたしの面目を潰したからこんなことに……!」


 だが、自分の娘を責める余裕さえ、もはや失いつつある。何故なら、公爵領の深刻な状況はすでに“娘のせい”などという言い訳で片付けられるレベルではなくなっていたからだ。王宮の混乱に伴って増える反乱の噂や地方の不穏な動きは、もはや誰の責任かを問うよりも先に、何とか早期に鎮圧・収束させないと被害が甚大になる恐れがある。

 そんな中、エレオノーラは一切公爵家に戻る気配を見せない。彼女が使う私邸や隠れ家からの報告によれば、最近はその動きがますます活発になっているらしいが、娘が父を救うために助力してくれるなどという期待は、レオポルトにもはやない。むしろ彼は、その思いを胸から排除するように、強く唇を噛む。


「……あの娘にも裏切られたようなものだ。わたしにはもう、何も……」


 自らを鼓舞するように言葉を呑み込んだ矢先、外から騒ぎ声が聞こえてくる。どうやら、また一人、家臣の一人が無断で屋敷を立ち去ろうとしたところを衛兵が制止したらしい。だが、外部からすれば「今の公爵家に未来はない」と思われているのだから、当然といえば当然の行動だ。

 そんな状況を眺めながら、レオポルトは自室の重厚な扉を乱暴に閉める。まるで、退路を塞ぐことでもう少しだけ体面を保とうとしているように見える。実際は、ただ現実から目を逸らしているだけなのだが。

 一方、エレオノーラはすべてを遠巻きに視野に入れていた。父が苦し紛れの手段に走り、軍部や金貸しに頭を下げ続けている情報も、取り巻きが次々に屋敷を離れている噂も、もちろん耳に入ってくる。

 しかし、彼女がそれに対して何か手を打とうとすることは一切ない。むしろ、父の苦境が深まれば深まるほど、彼女の計画は加速しやすくなる。あえて介入しないことで、レオポルトをさらに孤立させ、公爵家という権力基盤を自然に崩壊させていくのだ。

 エレオノーラにとって、“公爵家”という存在そのものはもはや過去の遺物に等しい。幼少時から押し付けられた政治の道具としての人生。その象徴である父が、今になって足掻く姿は、かつての自分を無理にでも納得させようとしていた虚勢と重なる部分があるかもしれない。だが、同情心など微塵も湧かない。


(破滅を迎えればいい……わたくしには、救う理由など何一つ見当たらない)


 そんな冷淡な心境を抱えながらも、エレオノーラはさらに一手を打つ。父の官吏や家臣が関わった不正の証拠を小出しに流布し、地方領の不穏な動きを後押しするように仕向けた。

 すると、早速公爵領の一部で“上納金の不当な増税を拒む運動”が起こり、小規模な暴動の兆しが見えたという報が届く。これを知ったレオポルトは愕然とし、中央からの軍勢を頼もうとしたが、すでに連携が崩れている今、まともに兵を動かせるはずもない。

 こうした内憂外患の同時進行が、レオポルトの精神をさらに追い詰め、家の崩壊を加速させる。つい数週間前までは想像すらしなかった“公爵家の崩落”という未来が、今や現実味をもって迫っていた。


「くそ……公爵家が……この国の最上位貴族である我々が、こんな形で崩れてなるものか……!」


 執務机を揺らすように拳を叩き込みながらも、レオポルトに思いつく策はもはや枯渇していた。頼みの綱だった王太子も、自陣営のスキャンダルで手一杯。旧来の権力者たちも、王太子派の混乱を尻目に新勢力に寝返ろうとしている。

 そして、何よりも娘がいない。娘が政治的に抱えていた人脈やコネクションを活用できれば、いくらか打開策を見出せるかもしれない。だが、エレオノーラは目に見える形では姿を現さず、陰からすべての糸を断ち切っているようにすら感じられる。

 もはやレオポルトができることは、虚勢を張り続けるか、あるいは公爵家の名を捨てて逃亡するか――という悲惨な選択肢しか残されていなかった。最悪の事態に備え、金庫の中の貴重品だけは隣国へ移そうとする動きさえ見られるが、それもいつ成功するか分からない。暴動が大規模化すれば邸内に押し寄せる者が出ても不思議ではないのだ。


 こうして、ローゼンハイム家の没落は一気に現実のものとなりつつあった。表向きはまだ「公爵」の名で人を呼び寄せようとしているが、その響きに威厳を感じる者はごく僅か。かつて華やかだった屋敷や庭園も、今では虚飾にすぎない。

 エレオノーラはその光景をまるで他人事のように眺め、“公爵家”という一族の倒れる音を聞きながら、何ら感情を露わにしない。自分を弄んだ父への怒りも、哀れみも、既に通り越している。今の彼女にとっては、すべてが計画の一部にすぎないからだ。

 深夜、私邸の窓辺で灯を落とし、闇の中で思案にふけるエレオノーラの姿があった。遠くで雷鳴のような振動がかすかに響いてくるのは、ひょっとすると公爵領内の小競り合いかもしれない。あるいは、別の地方が起こした暴動の一端が街まで伝わってきたのかも。

 いずれにせよ、この国は着実に破滅へ近づいている。公爵家が崩壊に向かうことで、王太子派すら戦力を補えず、やがて権力の根幹が揺らぐに違いない。そこに第三勢力や地方領主の蜂起が重なれば、もう宮廷は手をつけられないほど荒廃するだろう。

 エレオノーラは静かにまばたきし、まるで黒い夜空を透かし見るように窓を見つめる。公爵家の威光などとうに消え失せ、父がいくら身を翻しても再起は叶わない。そう確信している彼女の表情には、一抹の冷淡さ以外何の色も浮かばなかった。


 こうして、ローゼンハイム家は誰からも見放されつつある。かつての絶対的な権威を失い、一部の家臣が残ってはいるものの、もはやそこに忠誠や信頼の姿は見当たらない。その亀裂と崩壊を前に、レオポルトは必死に抗うが、焦れば焦るほどに足を滑らせていく。

 公爵家の崩落を予感させる不穏な空気が、王国全体の混乱にさらに拍車をかける。領地は無秩序に揺れ動き、中央の指示が機能しなくなった今、遠からずこの国は想像を絶する破滅の光景へ突き進むのではないか――。

 夜が深まるたびに増大していくその予感を、エレオノーラはまるで手の中に収めているかのように感じていた。父の邸宅で渦巻く絶望すら、ただの通過点にすぎないという確信を持ちながら――彼女は、さらに次の手を打つためのタイミングを待ち受けるのだった。

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