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令嬢が選んだ結末は、全員道連れの破滅でした  作者: ぱる子


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第10話 多発する混迷

 暴露の第一弾からまだ日も浅いある朝。王宮の回廊や庭園に通じるあちこちの掲示板へ、新たな書類の写しが貼り付けられているのが見つかった。前回は主に王太子派の闇取引が注目を集めたが、今回の文書には公爵家の公金横領や賄賂工作の証拠が詳細に示されている。

 中にはレオポルトの名が明記された契約書も含まれており、特定の軍人や地方領主に金銭を渡していた形跡が露見。額面だけを見ても莫大な資金の移動があったことが一目瞭然で、貴族社会では瞬く間に噂が広がった。しかも、裏取引の相手方には王太子派の有力貴族の名前もちらほら見受けられ、単なる派閥争いの枠を超えた汚職の横行が浮き彫りになりつつあった。


 これほど短期間に、しかも両派閥にとって都合の悪い証拠が次々と表面化するのは異常としか言いようがない。王太子ルシアンとレオポルトはお互いに疑心を抱き、同時に内部の裏切り者を警戒し始める。

 特に公爵家の重臣たちは、内情を知り過ぎている者が多いだけに、いまや誰もが他人を信用できなくなっていた。レオポルトは「まさか自分の配下が情報を漏らすとはあり得ない」と豪語するが、実際には彼の周辺にも疑惑の目が向けられている。ある者は「王太子派に鞍替えして密告したのではないか」と噂され、また別の者は「公爵家の不正を告発して自身の罪を軽減しようとしているのだ」と睨まれる始末だ。


 さらに混乱を深めるのは、地方から寄せられる報告だった。ある地方領主が、突然「王太子派だ」「公爵派だ」といった派閥対立を理由に挙兵し、小規模な暴動を起こしているという知らせが続々と舞い込んでいる。

 もともと、地方の領主たちは中央からの締めつけに不満を抱いていた者も多く、王都の権力争いによって戦況が変われば、自分たちの勢力を拡大するチャンスになると見越しているのだろう。そこへさらなる不正暴露が相次ぎ、王宮が混乱していると知れば、反旗を翻す者が出てもおかしくはない。

 実際、王宮に届く書簡には「○○領の民が蜂起し、領主が対応に追われている」だとか、「軍部の一部で公爵家への忠誠を疑う声が高まり、出陣要請を拒否している」など、普段では考えられないほどの混乱が滲んでいた。小規模の内紛にとどまっている段階とはいえ、状況次第では大きな戦乱の火種に育ちかねない。


 これらの報せを受け、王宮内では対応策を巡る会議が連日開かれていた。だが、出席者たちの目はお互いを疑う視線ばかりで、まともな議論が成立しない。

「一刻も早く暴露を仕掛けた犯人を突き止め、情報拡散を止めなければ、地方の混乱が収拾不能になってしまいます!」

「だが、犯人探しに躍起になるうちに、次々と新たなスキャンダルが流されているではないか。ここまで綿密に準備された暴露は、内部協力者がいなければ不可能だ!」

 誰を処罰すればこの事態を収められるのか、答えを見つけられないまま、貴族たちは理論よりも感情で口論を重ねる。公爵家の人間を吊るし上げて幕引きにしようとする者もいれば、逆に王太子派の汚職を強調して主導権を取り戻そうとする者もいる。互いの攻撃が空回りし、会議はすぐに泥仕合に陥った。


 ある日、閉ざされた扉の向こうで、レオポルトは取り巻きの貴族たちを前に苛立ちを露わにしていた。

「どうなっているのだ! わたしの信用が失墜しているというのに、誰一人として有力な手を打てんのか! 軍部への資金援助はこれまで通りに流しているはずだ。何が足りないというのだ!」

「公爵、そもそも今回の書類はあまりにも露骨です。あのような契約書が表沙汰になったら、我々公爵派の内情が丸裸になってしまう……。民がそれを知れば、地方の反乱に拍車がかかる可能性が……」

 家臣たちが不安げに語る声を、レオポルトは拳を机に叩きつけて遮る。

「ならば、書類を出回らせた者を探し出して処罰すればよい! いずれにせよ、王太子派が腐敗している事実を強調して、民衆をこちらへ向ける必要がある。わたしがここで潰えるわけにはいかないのだ!」


 しかし、部下のひとりは意を決したように言い放つ。

「公爵、王太子派だけでなく我々の闇も同時に暴露されております。このまま互いの弱点がさらけ出されれば、いずれどちらの派閥にも居場所がなくなるでしょう。最悪、民衆の怒りは両派閥へ向かうかもしれない」

 その言葉にレオポルトは声を失いかける。彼が最も恐れる展開は、まさにそれだった。王太子と公爵家の対立が深まるほど、両者の信頼は地に落ち、結果的に民衆から見放される可能性が高まる。地方領主の反乱が拡大すれば、王宮の権威そのものが崩壊しかねない。

 だが、それを回避しようにも、既に出回った書類の多さは尋常ではない。今や地方の新聞記者にまで回覧され、その一部がゴシップ紙に掲載されはじめているという噂すらある。民衆はまだ戸惑いの方が大きいものの、爆弾のような衝撃を秘めた記事が出回れば、一気に激情へ転じるのは想像に難くない。


 一方そのころ、エレオノーラは自邸の書斎で新たな作業に取り掛かっていた。机上には、未だ外へ流出させていない書類の束が山のように積まれている。中央の文書には、地方の軍司令部と王宮の裏取引、そして公爵家と一部の地方領主が密約を交わした際の記録が事細かに記されていた。

 窓の外に目をやると、庭師が丁寧に植木を剪定する姿が見える。日常といえば日常の光景だが、エレオノーラにはそれがまるで別世界の出来事のようにも思えた。

 召使いが静かに部屋へ入り、報告をする。「地方の混乱が少しずつ大きくなっているようです。反乱と呼ぶには小規模ですが、各地で領主が動揺し、不穏な噂が絶えません」

 エレオノーラは一枚の書類をゆっくりと捲り、文字を確かめてから小さく肯く。

「そろそろ、さらに大きな衝撃が必要ね。こちらが繰り出す材料が多ければ多いほど、彼らは疑心暗鬼に陥り、互いを責め合うしかなくなる。そして、地方領主たちが中央に見切りをつけるまで、そう時間はかからないわ」

 その口調には躍動感はなく、むしろ冷淡なまでに計算ずくの印象を与える。エレオノーラにとっては、王太子派も公爵家も同じように崩れてしまえばいい、というのが本音なのだ。過去に自分を追い詰めた者たちが互いの喉元を掻き切る様を、遠巻きに見下ろしているようでもある。


 街中では既に、王太子派と公爵家の名がそれぞれ泥を塗られた形で囁かれ始め、「あの殿下はやはり好色と賄賂にまみれていた」などと噂を楽しむ者さえいる。商人の間では「公爵家が金策に困り、無茶な取引を持ちかけてくるかもしれない」と警戒の声が上がっているし、軍人の間でも上官の指示に従うことへ不安を訴える者が増えているらしい。

 そうした混乱が各所で連鎖反応を起こし、王国は徐々に破滅の一歩手前へ足を踏み入れようとしていた。膿を溜め込み過ぎた組織は、一度破綻の兆しが見えると加速度的に崩れていくものなのだ。

 ルシアンやレオポルトがそれを食い止めようと必死に手を打っても、既に爆弾の爆心地が複数に分散している以上、消火しきれない火種があちこちに散らばっている。どこか一つを抑え込んだところで、別の場所で新たな燃え上がりが生じる。その悪循環に、貴族たちは頭を抱えるばかりだった。


 夕方が近づく頃、エレオノーラは邸内の一室に出向き、待機している数名の協力者を前に新たな指示を与える。

「次は軍人の昇進に関する賄賂の記録を出してちょうだい。特に、王太子派がどれだけ多くの軍人を買収してきたか明るみに出すといい。公爵家側も同様に、地方領主と結んだ裏契約をリークして――王国全体の軍が、誰を信用すればいいかわからなくなるようにね」

「かしこまりました。タイミングはいつ頃がよろしいでしょうか」

「早いに越したことはないわ。彼らがまだ対策会議に追われている今こそ、追加の暴露が効果的。混乱が混乱を呼ぶうちに、わたくしの手元にある最大の切り札を最後に切る。まもなくよ」


 一同は互いに視線を交わし、了承の合図を送る。誰もが内心で、この国が向かう先に戦慄しながらも、もはや引き返せない地点に立っていることを自覚しているのだろう。

 少し後、エレオノーラは使用人を伴って馬車に乗り込む。次に訪れる先は、辺境出身の役人が集う小さな宿らしい。そこへ自分の伝令を派遣し、新たな暴露を効率よく流通させる算段だ。

 夕陽に染まる街路を眺めながら、エレオノーラの胸中では計画の糸がからみ合い、さらに研ぎ澄まされていく感覚があった。公爵家も王太子派も、もう後戻りはできまい。

 今や貴族社会だけでなく、地方、軍部、さらには商人や民衆までを巻き込んだ疑心暗鬼の渦が、王国全体を包み込みはじめている。誰も彼もが自分だけは助かろうと動き出し、結果的に意図せず他者を陥れる。そんな醜い争いが至る所で勃発し、統制不能の事態を招くのは時間の問題だった。

 誰が仕掛け人なのか、ここまで周到な破壊工作をできるのはどの勢力なのか――徐々に人々は、その答えに思い至るかもしれない。しかし、そのときには既に遅い。エレオノーラが集めた不正と腐敗の証拠は、まだほんの一部しか世に出していないのだから。


 こうして、さらなる暴露が連鎖し、各地で小反乱が起こる中、王国は着実に深い混迷の淵へと沈んでいく。王太子も公爵家も、国を支えるはずの枠組みすら、もはや機能不全を起こす寸前だ。

 そんな破滅への道を、エレオノーラは冷えた瞳で見つめていた。自分を追放し、崩落させたはずの社会が、彼女の手によってゆっくりと自壊していくのを感じながら――彼女は、一切の躊躇なく次の手札を切る準備を進めていく。


(まだ、これから。わたくしは、もっと大きな混沌を呼び起こすために動いているのだから)


 馬車の揺れの中で、エレオノーラは目を閉じ、その思いをひっそりと胸の奥に温めていた。すべてが、計画に沿って順調に崩れていく。それこそが彼女にとって望む景色だということを、誰も知らないままに。

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