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そして覇者になる ~織田信長の物語~  作者: ノーネアユミ
第三章 信長上洛編

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8 都を治める

 更新は1日1回と決めていたのに前回はうっかり2話出してしまいました。

 まあいっか。


 信長には問題点が痛いほど分かっていた。

 岐阜は京から遠い。


(ワシがいない間、畿内をどうやって治めていくか)



 畿内で勢力を誇るのは寺社だ。



 信長は摂津の本願寺に戦費として銭五千貫を要求する。

 本願寺はすぐに応じた。従う意思の表明だ。


 興福寺と法隆寺にも多額の課税を命じる。



 しかしまだ安心はできない。

 信長は将軍義昭に殿中御掟九か条を出し、大寺社のむやみな出仕を禁じた。


 寺社勢力が政治に口を出さないように。




 次に信長が着手したのは二条城の修復だ。


 敵がいつ攻めてくるか分からない状態で、いつまでも将軍を寺住まいとさせるわけには行かない。


 先代義輝公が心血を注いで築いただけあって、二条城の基礎はしっかりしている。

 三好勢に攻められたさいだいぶ痛めつけられたが、1から作るよりは労力の短縮になった。


 信長は畿内だけでなく近隣の国から費用や物資、人員を動員した。尾張や美濃ともかく、若狭や播磨まで従ったようである。おかげで石垣はたった70日で完成したらしい。



(京の民もまだ不安なようじゃ)


 信長が京から去ってすぐ別の軍が押し寄せたのだ。

 民衆の混乱と不安も収めなければ安定した統治はできない。


「いっそ工事を祭りにしてしまうか」


 名石の藤戸石を運ぶ際は、岩を錦で飾り立てまるで祭りの山車行列の様に運ばせる。

 

「ヨイヤサー、ヨイヤサー」


 京の民の顔が久しぶりに明るくなった。

 先頭で音頭を取るのはもちろん信長。こんな目立つ役、他の奴には任せられない。




(京への道は複数確保しなければ)


 次に考えたのは、岐阜から京へのルート。

 琵琶湖の南を通る道だけではいざと言う時困る。


 もう一つの道、伊勢ルートも確保する必要がある。

 伊勢は美濃攻めの時北部だけは獲得したが、それ以降手をつけていない。



 信長は伊勢の平定を決定した。



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