5 萌芽
尾張は今の愛知県、駿河は静岡県、美濃は岐阜県のあたりです。
分からないことをきちんと教えてくれるのが沢彦の良いところだ。
「和尚、親父殿はなぜ美濃や駿河と戦っておるのじゃ」
「おやおや本日はどうしてそのような疑問を?」
「うむ~ええと、平家が滅んだ後に源頼朝公が征夷大将軍に任じられて日の本を治めたのだろう?」
「そうでございますね。国ごとに守護を配置しました」
沢彦はにこにこした。教えたことをきちんと覚える生徒はかわいいのだ。
「今も都には足利の将軍様がいて守護だっているのに、なぜ争いは起こるのじゃ」
和尚は考えこんだ。まさか外で遊びまわるのが大好きな、まだまだ子供の吉法師にそんな質問をされるとは思いもしなかったから。
「ウムムム‥これは難しい。頼朝公は敵になりそうな弟や御家人をすぐ殺してしまったそうですが」
子供に聞かせる話じゃない。でも、沢彦は返事をごまかしたくはなかった。
教えを乞う相手には誠実に向かい合いたい。何とか言葉をつむぎ出す。
しかし吉法師はまだ納得できない。
「それなら足利もそうであろう。義教公とか。しかし今の天下はバラバラじゃ」
「そうですなぁ、南北朝の争いが完全には収束していないことと、やはり応仁の乱のせいでしょうねぇ。畠山家のお家騒動をきっかけに、将軍家や管領家までもまっぷたつに分かれて争い合った結果、都は焼かれてみな力を失ったようですなぁ」
沢彦にはそれくらいしか答えられない。
吉法師を見ると、それでもさっきよりは納得した顔になる。
「そっか。力がなくなったからか」
(この方の才能はもしやワシの予想よりずっと上なのかもしれん)
沢彦は冷や汗をかいた。
学問の面白さが身についてきた頃、吉法師に那古野の城が渡される。
教えた事を覚えてくれている生徒は大好きです。