表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そして覇者になる ~織田信長の物語~  作者: ノーネアユミ
第三章 信長上洛編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/61

2 将軍義昭

 新キャラ紹介 


 足利義昭 逃亡中の将軍候補  部下 明智十兵衛・細川藤孝・和田惟政

 朝倉義景 越前の大名 文化人

 織田市 信長の妹 戦国随一の美女 出番ここだけ


 足利義昭の手綱は外された。

 権力争いの英才教育を受けてきた青年がいきなり将軍の座をねらえる立場になっちゃった。



「兄の血を引くのは今や我一人。将軍の座は我の物じゃ」



 野心渦巻くのは、火を見るより明らかだった。




 しかし兵力がなければ京都に戻っても殺されてしまう。


「誰ぞ力を貸して欲しい。栄誉は十分に与えようぞ」


 足利義昭は近隣の大名へ、かたっぱしから手紙を送った。




 近江の六角・甲斐の武田・越前の朝倉・越後の上杉・美濃の斎藤・尾張の織田。


 何と九州の島津にも送っていたらしい。




 越前の朝倉は義昭を迎え入れてくれたが、都へは向かわない。




 強大な力を持つ戦国大名と言えど、天下にのり出そうとする有力者はいなかった。

 領国を離れることはリスクがありすぎるし、都を掌握するメリットを感じ取れないからだ。





 しかし、信長は違った。



「ワシが乱世を終わらせてみせる」




足利義昭(あしかがよしあき)様より書状を使わされ申した」


 義昭に使える和田惟政(これまさ)が岐阜を訪れたのは、まだ信長が斎藤家と争っている最中。

 その時点でさえ乗り気だったのだ。


 美濃(みの)を制した信長はすぐさま越前(えちぜん)に使者を送る。

 義昭様にはぜひ美濃においでいただきたいと。



「これこそ天下への近道よ」



 越前と美濃の国境は山が続く。山を越えるより琵琶湖沿いの北国街道を通った方が近道だ。

 それには浅井(あざい)領を通らなければならない。

 京に向かうことを見据えても、織田家としては近江の浅井氏とは友好でいたい。


 信長はかわいがっていた妹の市を嫁に出すことにした。

 浅井との同盟は成り立ち、越前への使者も問題なく行って帰る。


 話はとんとん拍子でまとまった。


 越前では跡取り息子が夭折したショックからか、朝倉義景が中央への野心を完全に失う。

 将軍の移動には朝倉家臣も反対しなかったらしい。歓待にかかる費用が増える一方だったからだろうか。


 足利義昭は朝倉に見切りをつけ、織田に乗り換えた。



 わずかな側近を伴い、義昭は越前から浅井家の小谷城に移る。

 そこからは信長が用意した使者に案内させて、美濃の立正寺に入ってもらった。



「お初にお目にかかります、織田尾張守(おわりのかみ)にございます」

「うむくるしゅうない」


 信長の眼前に座る男からは、征夷大将軍の威光や品は感じられなかった。


(野心はあるようだが‥ 凡庸(ぼんよう)にしか見えん。まあ今まで流浪(るろう)の身だったからしょうがないのか?)



 どちらかと言うと、義昭を支えている側近の方が目に留まる。


 いかにも切れ者な明智十兵衛に、飄々(ひょうひょう)としてつかみどころが分からない細川藤孝(ふじたか)


(苦労した分、駒はきたえられているな)



 かつぐ神輿(みこし)は手に入った。



 将軍から要請されても九州からの軍は来ないでしょうに。いくら島津が鎌倉時代から続く名家でも。


 細川藤孝の呼び方は本当なら与一郎の方がいいのでしょうが迷っています。

 十兵衛が光秀なのは説明いらないでしょうね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ