信長の焦り
それでもまだ稲葉山城には攻め入れない。
「ええい、美濃は一筋縄では行かぬな」
信長は早く美濃を手に入れたかった。
理由は将軍家から届いた手紙だ。
この年、永禄八年の五月に前将軍の足利義輝が、三好勢に討たれたのだ。
義輝の弟はギリギリ逃げ出し、再起を図っていた。
信長にも手を貸して欲しいと書状が届く
(今なら天下にのり出すまたとない好機なのに)
とにかく津島の財力を使い、足軽を集め武器を買いそろえる。
軍勢はとうとう二万を超えた。
しかしそれでも、いつも勝てるわけじゃない。
次の年の美濃進攻は失敗だった。
信長はあせりすぎたようだ。
大軍勢は広い戦場が必要なのに、竜興に攻められて川に追い詰められてしまう。
それも増水した木曽川に。
三千もの死傷者を出し、さすがの信長も美濃攻めを一時停止した。
「くそ」
しかし龍興にできるのは信長を追いはらうことだけだった。
自ら尾張に攻め入ることは一度も試みていない。
おそらくそこまで家臣をまとめきれないのであろう。
山地の人間は気が強く独立性が高い。
祖父道三のカリスマ性もなく父義龍の武力もない龍興からは、土豪や国人が離れて行った。
もちろんそれらの勢力は信長軍に調略される。
「殿、竹中半兵衛を味方につけました!」
藤吉郎がとうとう大物を釣り上げた。
「伊賀守殿には、私から連絡を取りましょう」
竹中半兵衛が藤吉郎の説得に応じてくれた成果は大きかった。
半兵衛は美濃の家老である安藤伊賀守の婿だ。
手紙のやり取りも簡単にできる。
安藤伊賀守にとって主君の竜興は以前城を乗っ取った相手で、忠誠心もそこまでなかった。
簡単に調略される。
そして安藤が仲立ちすれば、他の家老にも渡りがつけられるのだ。
調略は一気に進んだ。
これで勝負は決まる。
「後は時間の問題ですな」
しかし‥ 後は待つだけ、が信長は苦手である。
(ここから先が退屈なのじゃよ。天下を見据えれば‥今のうちに西にも向かうか)
信長は美濃以外にも手をのばすことにした。
天下を目指すことは京都に向かうことだ。京都方面の国は絶対に欲しい。
後、二万にふくれた軍勢の威力を試したい。
尾張の西隣は伊勢の国。
今川が攻めて来た時も河内長島も便乗して船が二十艘も押し寄せたこともある。
(あの一帯は押さえておきたい)
信長軍は美濃と北伊勢、二ヶ国を同時に攻略することになってしまった。




