堂洞合戦
美濃攻略編は資料が少ないのでフィクションが多めです。
永禄八年の夏、信長は美濃に攻め入る。
目標は宇留間の城、犬山から見て川向うにある。
犬山を一望でき、川の側で移動も楽、小高い地形も城を造るのには申し分ない。
しかしその近くにはもっと大きな山があったのに、なぜか敵は手をつけていない。
信長は木曽川を渡り、その伊木山に出城を築かせる。
二キロちょいくらいの距離に砦を造られて宇留間の者共はあわてる。小競り合い程度で降参してきた。
そのまま信長は北上し、猿ばみの城を攻撃する。
この城は山の中腹にある。
山の規模もそれなりに大きく、攻略には手がかかりそうに見えた。
しかし、ここで丹羽五郎左の調査が生きる。
山城の弱点は水が手に入りにくいこと。
井戸を深く掘るか湧き水に頼るかのどちらかだ。
猿ばみでは湧き水を引いていた。
丹羽五郎左の隊は城攻めが始まるやいなや山を登りまくり、水源を押さえたのだ。
そもそも人間水がなくては生きていけない。そして今は八月。
その上信長軍は城を上下からはさみ撃ちにしたのだ。
猿ばみ城が落ちるのはあっという間だった。
斥候が知らせを持って来た。
「殿、加治田に兵が向かっているようです」
加治田の城は丹羽五郎左によって織田方に組みこまれた城だ。
見捨てる選択肢はなかった。
「救援に行くぞ」
加治田の城の近くに堂洞の砦があった。
「ここを落とさねば加治田があぶない」
ただ、あまり大規模な砦ではないので敵の主力は平原に布陣していた。
「本隊が来るまで時間がかかる。先に砦を獲ってしまえ」
信長が馬を駆って堂洞の地形を調べる。
堂洞の砦は三方が切り立っていて、東側だけ緩やかな斜面だ。
(攻めるのは東からのみになるな)
この日は風が強かった。
「者共ぉ火攻めを行う! 松明を用意せよ」
先鋒隊は松明をかかげ、砦を囲んで投げこむ。
「後方部隊は後ろを向け、敵軍の主力が来たぞ」
敵を率いて平原から向かって来るのは長井隼人守。
砦側とはさみ撃ちにする予定だったのだろう。
「放てぇ」
信長はそれを見越して、後方に鉄砲隊を配置していた。
あわてた敵軍は足軽さえ出して来ない。
「二の丸、落ちました」
知らせを受けて信長も砦に入る。
「本丸に攻めこめ」
信長の眼前で、屋敷の屋根から兵が弓をつがえて放つ。
放物線を描いた矢は見事に本丸を守る敵兵をつらぬいた。
「おお、気持ちが良い!」
信長はすぐほめ言葉を伝える。
弓を放った兵はこの記憶を一生忘れなかった。男の名は太田牛一。後に信長の伝記を書くことになる。
本丸を攻め始めた時はまだ昼だったが、櫓を落とした時にはもう夕暮れだった。
激戦である。
堂洞には守備兵を残し、信長は加治田の城に泊まる。
翌朝、動ける兵をつれて山下の町にくり出した。
戦の後は兵に褒美を与えないといけない。
そのための首実検だ。
「殿、敵襲です!」
昨日、長井の軍が大して攻勢をかけなかったのは、援軍を待ち信長軍が油断するのをねらっていたからであった。
「まずい」
今信長たちがいるのは平地である。
戦った場合、兵数の差がもろに結果に現われる。
信長軍が七百か八百人だと言うのに、敵は見たところ三千。
「手負いの者、武器を持たぬ者は後ろへ下がれ! 足軽は前へ!」
信長は馬から全軍に命令を出す。
「城まで逃げろ」
多くが手傷を負ったが、何とか加治田の城に逃げこめた。
城にこもれば時間はかせげる。
負傷者の手当てをして敵襲に備えていると、数日で敵は退いてくれた。
単純な勝ち負けでいったらこれは斎藤家の勝利だ。
しかし三千の兵で八百を倒しきれなかったことは龍興の汚点となる。
美濃は少しずつ信長に浸食されていった。
文を書くにあたって国土地理院を参考にしました。
高低差が分かりやすいです。




