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第一章 あとがき
残酷描写あり。
ここまでが桶狭間編です。
読んでいただき、ありがとうございます。
ここでちょっと無駄話。
以前家康が主役の某大河ドラマで、なぜ信長は桶狭間の勝利の後で大高城に攻めなかったのか、と言った疑問が描かれていました。
義元が討たれたのは未の刻。
大体一時から三時なのに清州城にたどり着いたのは夕方。
移動に時間がかかったとしてもかかりすぎです。
だから信長は家康に恩を売るためわざと見逃した説が生まれるのですが‥
信長公記を読み込むと、戦いの翌日に首実検をしたとあるんですよ。首が三千取れたとも。
首実検とは討ち取った武将の首を確かめる作業です。
身分のある武将の首は褒章が多くなります。
あれ? と思いません?
信長は義元を討つため首を取るのを禁止したはずです。
これで閃きました。
織田軍は、帰る道中で倒した敵の首を切りまくったのではないかと。
面倒な城攻めより簡単に手に入る首を選んだのでしょう。
一章完結から半年余り、やっと二章が開幕します!




