38 桶狭間の戦い 前
信長軍は中島から出撃した。
雨はまだ降っている。が、風向きは幸運にも西から東に吹く。
つまり東から西に攻める今川兵の顔には雨がもろにかかる。
織田兵は視界が遮られた敵を楽に蹴散らせた。
川ぞいを進んでいくと目の前のが真っ白になり同時にドカンッと衝撃音が響いた。
東の山に雷が落ちたのだ。
大木がメリメリと倒れる。
「稲妻が敵の沓掛に落ちたぞ! この戦は熱田神宮の神戦じゃ」
間髪を入れず信長は叫ぶ。
落雷にひるんだ兵もいたけど、大声に勇気を取り戻す。
*
時間を少し戻してこちら今川方。
桶狭間の丘に陣取った今川義元は上機嫌だった。
大高城には兵糧が無事入り敵の砦は二つも落とせた。
今のところ目立った損害も出ていない。
義元は部下をねぎらうために謡を歌う。
そうこうしている内に川に挟まれた砦から三百ほど敵がくり出して来る。
「迎撃などいくらでもできるわ}
義元は丘の上から兵を動かす。待っていれば敵武将を討ち取った知らせが次々と届く。
「良し良し満足じゃ。我が矛先は天魔鬼神も防げまい」
そこに雨が降って来た。雷も鳴りだす。
「高い場所は危険にござる。しばし陣の位置を下げましょう」
家臣にうなずき本陣は山際に移す。
いきなり、ドン!!! ッと耳を引き裂くような音と共に視界は白に染められた。
「ふう‥落ちたようじゃな。下りておいて良かった」
突然の落雷に今川軍も肝をつぶした。
どしゃ降りの雨に体は冷えてしまったが、稲妻に直撃されるよりはマシだと思いなおした。
しかし大雨による視界の悪化と本陣の移動にかかった時間のロスにより、今川軍は敵軍の前進を見逃す。
「敵襲! 数千から二千! 距離およそ五町!」
見張りが知らせる。
本隊全体に緊張が走る。
「かなりの数に近寄られたようじゃ。みなの者陣を整えよ」
この時点ではまだ義元は落ち着いていた。
千人以上の集団はそう速く動けない。
五百メートル以上の距離があいているのだ、まだ間に合う、と。
しかし織田軍の速度は義元の予想をはるかに越える。
今川義元の歴戦の経験こそが、この度の判断を誤らせたのだ。
雷の影響で本陣を移すエピソードは
名古屋市のHPに載っていました。
出典は不明ですが、十分にありえます。
小ネタですが、織田軍が桶狭間山と呼んでいるのに対して
今川方では丘と呼ばせています。
濃尾平野から来た軍と
富士山の麓からやって来た軍では
見方が違うと思いました。




