32 決戦前夜・後
一人だけで寝室にこもり、信長は考えた。
まず頭の中に尾張の風景を広げる。
鳴海城や大高城は海の近くだ。潮の満ち引きで地形も変わる。
(あの辺りは湿地が多い。道を外れては歩けぬ)
目隠しに使えそうな山、合戦に向いた平地を思いうかべる。敵の進軍コースをしぼるため。
(二万以上の大軍は一度には動かせぬ。山道は進みづらいし、いくつかに分けて進む)
南から松平の兵が来たのであれば本隊は西からだろうか。
(さすがに四万などはったりじゃな。しかし二万は確実にいるとして)
自分であれば二万の軍勢をどう配分するのだろう。
(義元が西の沓掛から来るとして南は松平の兵だけか? それはおかしい。他に三・四千は来る)
残りは一万五千。
(本陣はどこに置く? ワシなら大高城の近くだが、いや‥少し後方か)
集めたうわさでは今川義元は正攻法を好む。
おそらく前線はさけてもっと安全な場所から指示を出す。
(先鋒が五千人くらいで、後詰に五千置いて来るとして)
本陣にいるのは残り五千人。
(沓掛からなら川ぞいを進むな。おそらく陣は東西にのびる。備えはうすくなるはず)
せまい道で敵を待ち受ける考えはそくざに消す。
(無理だ、雨が降る。鉄砲隊が使えぬとなれば、こちらの数がたらぬ。砦攻めの兵に気づかれてはさまれれば終わりじゃ。それまでに大将の首でも取れればともかく)
フッと脳天に稲妻が走る。
(軍勢など相手にせねば良いのでは? 義元さえ殺せば我らの勝ちなのだから)
この時代の戦は、どんな大軍でも大将さえ討てば残りは逃げ出す。
(しかしどうやれば‥奇襲か? 山道を通れば、いや‥あのあたりには軍勢が通れる道がない。まず義元の位置がまだ分からぬ)
西から義元が来るのであれば道は二つある。
どちらから来るのか、先鋒軍と後方組はどれだけ離れているのか、イメージが浮かんでは消えた。
信長の小説は坂口・山岡・司馬の三作品を
読みましたが、全部奇襲策を取っています。
現代では正面対決の説が有力なので今作は
そちらで書きます。
地形図から考察すると、山道を通っての
奇襲は不自然。
小瀬甫庵の創作でしょう。




