28 はじめての上洛
日本語は首都を一番高く表現するので
京の都に行く事を上るとか上洛するとか
言います。
今も鉄道は東京行きが上り列車ですね。
信長がなんでこの時期に上洛したのかは不明。
分かったら書き直します。
京は応仁の乱以降、混乱が続いている。
公家や将軍が逃げ出すくらいに。
ただ、今は三好長慶が権勢をほこっているので、京の都も一応は落ち着きを取り戻していた。
将軍が帰って来るくらいに。
権力は弱まったとは言え、いまだに将軍家の権威は大きい。
有力な大名は続々とあいさつに向っていた。
あいさつして貢物を渡すことで、勝手に獲得した領地の支配権を公的に認めてもらうのだ。
信長は弟とのいざこざがあったから行かなかっただけで、今なら行ける。
永禄二年二月、信長は上洛した。
初めての京都だ。ワクワクする。
まずは京の町を周り、奈良も堺も見物する。
京の町はまだ応仁の乱の痛手から復興できていない。御所の塀までボロボロ。
ま、にぎわっている所もあるし、優雅なお屋敷だって残ってる。
奈良では寺のでかさに感心したし、堺のにぎわいは特に気に入った。
ハデ好きな信長は家臣にも新しい着物や太刀で着飾らせ、町中の者に織田家の力を見せつける。
もちろん京まで来たら将軍である足利義輝公にごあいさつ。
信長が尾張を支配することを正式に認めさせる。
「ふふ、満足じゃ」
宿で手足をのばしていると、外がさわがしい。
誰かが急いでやって来たようだ。
「殿、よろしいでしょうか」
家臣の金森が入って来た。
「その、それがしの見知った兵蔵と言う者が先ほど京に到着したのですが、道中美濃衆三十人ほどと一緒に来たのだそうです」
その兵蔵は一行をあやしく思い、国を聞かれた時とっさに三河と答えたらしい。
尾張者と知れたら警戒されてしまうから。
「そうして聞き出したのでしょうが、何と奴らの目的は信長様のお命だったのです」
宿は大さわぎ。
ちなみに兵蔵は準備が良くて美濃衆の泊まる宿に印をつけていた。
何人かで探しに行かせる。
「敵の宿が確認できました。討ちますか?」
信長の供は八十人。夜襲をかければたやすく勝てる。
「しかし都で争うのは評判に関わりますぞ」
「昔、木曽義仲が都を追われたのも郎党が暴れたのも原因かと」
「都人は口さがないと言われますし」
平和的に解決することにする。
「では金森、明日の朝に美濃の者らへ計画はあきらめるよう伝えろ」
翌日、美濃衆は驚きあわてる。秘密の計画がばれたのだ。顔を真っ青にする者も出た。
金森から話を聞いた信長はにんまりする。
「うむ痛快じゃ、見張りは置いたか」
「は、動きは逐一知らせまする」
とりあえずそのままその日は京都観光の続き。
その途中で刺客どもが近くにいることが分かる。
「まだあきらめておらぬのか? ではまぬけ面をおがみに行こう」
武者八十人の行列は目立つ。
京の住民がジロジロ見る中で信長は敵と対面だ。
「そちらがワシの命を取りに来た者か。お前たち程度に殺される信長ではないわ。さしずめ車に立ちむかうカマキリじゃな。できるものならやってみよ」
美濃衆はこまり顔になり、モゴモゴ言いながら逃げて行く。
大衆の面前で大芝居が打てたので信長は満足して尾張に帰った。
しばらくは都中がうわさで持ち切りになる。
まぁ悪口が多かったけど。
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ありがとうございます!!
はげみになります
木曽義仲軍で暴れたのは、直接の家臣じゃなくて勝馬に乗るため集まった雑兵らしいですね




