27 岩倉
岩倉の伊勢守家でお家騒動が起こった。
あとつぎ争いでモメて、伊勢守は岩倉の城から逃げ出す。
「好機じゃ」
内部分裂の直後はスキだらけ。
信長は急いで兵を北に向かわせる。
岩倉の地は小高い丘がいくつもある。
南の平野から攻めるのは愚策。
岩倉勢が態勢を整える前に軍を城の北の丘まで動かす。
岩倉勢も兵を出して来た。
川が流れる浮野でぶつかる。
この戦いは資料があまり残っていないので詳細は分からないが激戦だったらしい。
兵数も信長軍が劣勢で戦死者が多く出た。
内紛が起こらなければもっと手ごわかったはず。
その日は相手の戦力をけずっただけで清州に帰る。
これが永禄元年の七月。
それからチマチマ攻撃しながら秋がすぎ冬になる。戦況は大して進まないまま。
城攻めの面倒くささが身にしみた信長である。
「あきた」
単調な城攻めは信長の性格に合わない。
しかもこの戦いの間には特にジャマが入らなかった。
今川は義元が家督を息子にゆずって隠居するし、
斎藤の新九郎義龍は病に倒れたようだし。
だからと言ってこちらから攻め入るほどの余裕もないし。
「何か新しいことはできぬのか? 天下を目指すワシにふさわしいのは‥」
しばし考えこんだ信長は、すばらしいアイデアを思いついた。
「そうじゃ京都行こう」
信長は犬山城の織田信清に力を借りたそうです。
出典は未確認
岩倉攻めの記述が少ないのはダラダラ続きすぎて
山場がないからでしょうか。




