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9.王子の引っ越し

 家の外からコンコン、カンカンと音がするようになった。

 気になって窓から覗くと、どうやら庭の向こうで何かを建てているようだ。やがて小さいが立派な小家が建ち、小家の前には生け垣が作られた。

 

 しばらくすると、カエルが大きなハムを持ってやって来た。


「引っ越しの挨拶だ」

「あなた何してるの」


「新しい王太子への引継ぎが全部終わって、僕はもう何もすることがないんだ。城にいても誰にも会わないし、誰とも会話しない」


 いいじゃん。最高じゃん。


「元婚約者はどうしたの?」


「彼女はあのパーティーの後3日も経たないうちに隣国へ出奔した。国が違えば聖女の呪いも効かないだろうとね。今はもう誰かの妻になっていると聞いている」


「ええ?……それはなんというか、お気の毒さまだわ。真実の愛じゃなかったのね」


「真実の愛?」


「なんでもない。独り言よ。それじゃあ、あのゴリラはどうしてるの?」


「ああ、あいつは今、辺境地の国境で兵士をやってる。あそこは実力が全てだから、顔がゴリラでもあまり問題なくやれているそうだよ」


 ゴリラ、強いな。


「だからって、何故ここに?」

「僕には君しかいないからね。君は嫌かもしれないが、できるだけ話しかけないし顔も合わさないようにするよ。ただそこにいるだけだから、僕のことはすぐ忘れてくれ。もちろん、困ったことや危ないことがあればすぐ助けるから」


 変なこと言ってる。

 なんだかやけに晴れ晴れした様子のカエル王子は、大きなハムを手渡して小家へ帰っていった。

 そんなに近くないし、まあいっか。姿を見せないなら。


 季節はめぐり、もう春になっていた。



 ◇ ◇ ◇

 


 暖かくなって、私は起きている時間が長くなり、ムクムクとやる気が出てきていた。

 寝室から出て食堂を含めて3つある部屋を転々として過ごし、窓を開けて掃除なんてしてみたり、ベッドからシーツをはがして洗ってみたりした。食事は3回食べるようになり、暇なので自分で作るようになっていた。だって、この国の料理ってまずいんだもん。

 塩と醤油があればなんとかなるのに!!!と思ったら、ボンッと出てきた。醤油と塩が。


「これが聖女の力……」

 私は初めて自分の力を実感し、そしてちょっと後ろめたくなる。

 いいのかな、この力をこんなことに使ってて。

「まあいっか」

 私はどうせ一人だし、誰もいないしね。


 そんなことを考えながら窓の外を見ると、家の前の空地が一面の花畑になっていた。


 え、これって……


 青、赤、白、紫、ピンク、黄とカラフルな、ペニチュアのような花がいっぱいに咲いている。

 私と王子の小さな中庭に咲いていた花だ。

 ジッと見ていると、花畑の向こうにチェックのシャツを着たカエルがバケツを持ってぴょこぴょこ歩いていくのが見えた。

 子供のころに読んだ絵本にこういうのあった気がする。お手紙を書いたり走ったりするやつ。


 そう思うとなんだかカエルが可愛く見えてきて、私はフフッと笑った。


 それから私は毎朝起きるとまず外に出て花に水をあげたり眺めたりするようになった。

 

 そんなふうに日々を過ごしていると私はしだいに物足りなくなってきた。

 なにか……何かが足りない。例えば、こんな時に足元に何かがいれば……小さくてもふもふしたなにか。例えば……猫。ねこ!そうだ、ここに猫がいてくれたら。あ~!そうだ!ねこ!

 子供の頃、実家で猫を飼っていた。ああ、猫の毛をなでて喉をゴロゴロいわせたりしたい。夜は一緒にベッドに入って、お腹に載せたり重くてうなされたりしたい。

  

「……この国、猫いないのかな。ああ~猫に触りたいよ」

「ええ?!?!」

 突然生け垣の向こうからカエル王子が現れた。び、びっくりした!


「なによ、王子!現れないって言ったじゃん!」

「だって、猫って……なんで?寂しくなった?ペットとか飼いたい?」

 そうだけど。

「なんで王子が焦ってんの?なんかあるの?猫がダメなの?」

「いや……そうじゃない、そうじゃないけど。ペットなんて……そしたら僕はどうしたらいいんだ」

 は?

「僕にはユイしかいないのに、ユイ、猫なんて飼わないで!僕でいいじゃないか!」

 

 いいわけないだろ。


 とは思ったが、王子の様子が何だか変だ。

「王子、どうしたの?ご飯食べた?お腹空いてる?」

 尋ねると、王子はすがるような目をして食べてない、と言った。


 それで私は私の愛する日本食を王子に振舞ったのだ。

 炊き立てのごはんに海苔と納豆、ワカメのお味噌汁に厚焼き玉子、メザシも焼いてあげた。

「どう?どう?王子、これが私の国のごはんだよ!」

「おいしい……」

 王子はおっかなびっくり初めての日本食を口にしたが、一口食べたら美味しかったようでぺろりと完食した。納豆は口に合わなかったみたいだけど、黙って食べていた。そうそう、わかる、私もそうだった。偉いよ王子。


「ありがとう、ユイ」

「どういたしまして」

 

 私も美味しかった。誰かと一緒にごはんを食べるのは久しぶりだった。しかも日本食! 


「王子、落ち着いた?さっきはどうしたの?なんか変だったよ」

「ユイ……」


 王子に熱い日本茶を淹れた湯呑を渡し、私も自分の湯呑を手にしてズズッとすすった。


「ここに住むようになって、色々考えたんだ。僕はもう王太子ではないし、顔はカエルで、仕事も立場もすべて失った。中身は僕のままなのに」


 あ、王子がなんか病んでいる。いや、これ私のせいなんだけど。本人に向かって言うことかな?あ、そうか誰もいないんだ。しかたない、聞いてあげよう。


「外見ってそんなに大事なんだな」


 そうね。


「君は僕が気持ち悪くないのか」


 気持ち悪いわ。


「……私は初めからあなたがカエルに見えてるんで」

「そうか……。ありがとう」


 なにが。


「今、僕と普通に接してくれるのは君だけだ」


 ああ、そう。


「これが、真実の愛なんだろうか」


 ちがうわ。


「ちょっと、気持ち悪いこと言わないで!私たちの間に愛はひとかけらもないから!食べ終わったならさっさと帰って!」

「あっユイ、ごめん!追い出さないで!」


 何言ってんの?


「ねえ、よかったら僕をペットにしてよ。僕を飼ってよ」


「嫌です!!」


 王子はしゅんとした。

 大丈夫かなこの人。なんか、これ以上おかしくなっちゃったら罪悪感わいてきちゃうかも。

 時々は様子を見てあげたほうがいいかしら。


 私は目の前の花畑を見ながら言った。


「また時々一緒にごはん食べようか」


「……ありがとう」


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