7.カエルになった王太子
壇上に立つ王太子の今日の装いはフォーマルなフルイブニングドレスだ。
シングルブレストの白いウエストコートにブルーのコートを合わせ、真っ白なフリルの付いたシャツに高い襟を付けクラバットを巻いたその上に、カエルの顔がのっていた。アオガエルだ。
うわあ気持ち悪い。首から下はそのままだから、余計に変で気持ち悪いわ。
カエルの顔になった王太子が、狼狽えた様子でこちらを見ている。
え、これなに?どうなってるの?
私、王太子の顔がカエルに見えるんだけど。
幻覚か?
パーティ会場のあちこちから悲鳴が上がり、カエル、蛙、と言う声が聞こえる。
あれ?これってもしかして皆も同じように見えているの?王太子の顔がカエルに?
「貴様!王太子に何をした!!」
周りの人々が騒然としている中、私は突然背後から腕を取られ拘束された。すごい力で腕をぎゅうぎゅう絞られる。痛ったーい!!
なんとか後ろを振り向いて見ると、いつも私の部屋の前に立っている護衛騎士だった。めちゃくちゃ怖い顔で私を睨みつけている。痛いってば!
この人、思えば初めて会ったときからすっごく嫌な感じだったな、不機嫌そうで威圧的で。あんたのせいで私は無駄に緊張しておどおどしてたよね。私は何も悪くないのに!ムカつく!
ちょっと痛いって!あんた騎士のくせに女性になんて乱暴なことすんのよ!痛い痛い痛い!!
私は痛みに怒り心頭で、その護衛騎士の顔をギリリと睨みつけた。
「離してよ!!あんたはゴリラよ!!!ゴリラそっくり!いいかげんにして!!」
次の瞬間、護衛の顔はゴリラに変わった。
うぎゃああああああ
会場内はパニックになっていた。人々は次に私が何を言い出すのか恐ろしくて、その場から逃げることもできないようだった。
国王を見るとこちらも恐怖で固まっている。
ゴリラになった護衛は私を突き飛ばすようにして放し、ドタドタと控えの間に走っていった。鏡でも見に行ったのかな。
王太子はまだそこにいる。青ざめてぶるぶる震えているようだ。カエルだからもともと青緑色だし、よくわからないけれど。
まあどうでもいい。
私は痛む腕をさすりながら立ち上がり、会場内をゆっくり見渡して、言った。
「王太子の婚約者という人はどなたですか」
ヒイーッという声が広間の右の方から聞こえ、見るとあの庭園のガゼボで見た美しい令嬢がガクガクと震えていた。
「あなた……マーガレットさん?ねえ、あなた私が来たせいで婚約が解消になったそうですね。
でもね、分かりますか?私には王太子がカエルみたいに見えるの。だから全然興味はないの。結婚なんて絶対したくないわ。
勝手にそんなことを言われて、あなたのお友達にこんなふうにドレスを汚されて、すごく迷惑なの」
「ヒッ!す、すみません、すみません!」
「あなた言ってたわね。婚約はなくなっても一生傍にいて王太子を支えたいって」
マーガレットさんはハッと息をのんで、恐怖を浮かべた目で私を見た。
「だからね、私のことは気にしないでいいわ。あなたはどうぞ、王太子と結婚してちょうだい。一生を共に過ごしてね」
令嬢は目を見開き、王太子の方を見て、失神した。
会場は混乱と恐怖で集団ヒステリーの様子を呈していた。バタバタと人が倒れ、パニックでしゃがみ込む者もいる。
そろそろパーティーは終了だ。
私は国王の方を向いて、静かに言う。
「国王、私この王城にいたくないです。ドレスも着たくない。ドレスをこんな風に汚されたくない。私、この国の人と誰にも会いたくないです」
国王は疲れた顔をして重々しく口を開いた。
「あいわかった。そのようにしよう」
よかった。もう誰とも話したくないし誰の顔も見たくない。
玉座から国王がゆっくり立ち上がり、私の前へやって来る。何をするの?
警戒しながら見ていると、国王は私の前でひざまずき、困った顔で私を見上げた。
「聖女よ。すまなかった。この国を代表して謝罪する。今後はそなたの願いを必ず叶えると約束しよう。
……だから息子を、この者たちを、元に戻してやってはくれぬか」
少し考えて、私は言った。
「私には、王太子は初めからカエルに見えていました。だから戻せと言われても分りません」
国王はそれを聞いてこの世の終わりみたいな顔をした。
私は壇上から広間の人々をぐるりと見渡すと、にっこり笑って言った。
「皆さんと私の感覚が共有できたみたいで嬉しいわ。私の気持ち、少しは分かってもらえたかしら」
その日から私は、無能聖女あらため、闇落ち聖女と呼ばれるようになった。