6.赤い染み
私が王家のパーティーに出席するのは2回目だった。
1回目は、私がこの国に召喚されて間もない頃、聖女のお披露目会として催されたパーティー。
今回はシーズンの始まりを祝うパーティだ。
侍女に着つけられたドレスは聖女をイメージしたのか白くシンプルなつくりで、ドレスに合わせたネックレスとイヤリングには王家の色に合わせた淡い緑色の石が付いている。
初めてドレスを着た時は嬉しかったしときめいたけど、着つけはコルセットをギュウギュウに絞められて苦しいし、重くて動きづらくてすぐ根を上げた。
ああ、やだなあ。イヤリングは重くて耳たぶが痛いしドレスは風通しが悪くてじっとり暑い。レースの部分がチクチク肌を刺して不快だ。髪を結うためにあちこち刺されたピンが頭皮を刺す。
今すぐに全部脱いじゃいたい。シャワーを浴びてさっぱりしたいよ。
時間になると王太子が迎えに来て、私達は並んで会場に入った。
「聖女ユイ、ドレスがよく似合っているね。あれから体調は戻ったかな?今日は楽しんでほしい」
王太子は私を見てニコリと笑う。
「……きも」
「なにか言ったかい?」
「いえ、よろしくお願いします」
パーティー会場となる大広間は美しく飾りたてられ、天井には豪華なシャンデリアが吊るされている。聖女を伴って現れた王太子に、貴族たちが続々と集まってきた。
貴族たちへの対応は王子がしてくれるから、私は隣に立っているだけ。唇の両端をわずかに上に向け、微笑のような表情をして時が過ぎるのを待つ。貴族は王太子と話しながらこれが噂の、無能な聖女かという目を私に向けてクスクス笑う。
ああ、早く終わらないかなあ。
人の列が途絶えると、王太子は私に言った。
「聖女ユイ。しばらくあなたの傍を離れますがすぐに戻ります」
「はい」
残された護衛と共に壁際でぼんやりしていると、見知らぬ令嬢がやってきて、ワインをぶっかけられた。
「さっさとここから立ち去りなさいよ!本当なら今日ここは王太子様とマーガレット様の婚約発表の場だったのよ。許せないわ。無能聖女のくせに!あなたなんて来なければよかったのに!」
白いドレスが真っ赤に染まっていく。まるで血のようだ。
広がっていく赤い染みを見ていると、私はだんだんムカついてきた。
私は影で無能聖女と噂されているらしい。私は王城の奥に軟禁されていて王太子以外と話していないのに。誰がそれを言い始めたの?誰が広めているの?この広間にいる貴族たちの嘲りの浮かんだ目。理不尽じゃない?
来なければよかったって、私だってそう思うわ。
こんなところに来たくなかった。
それまで私の中にあった白々とした空虚感がじわじわと赤い怒りに変わっていく。
なんだこれ。
私は顔を上げ、空になったワイングラスを持つ令嬢を睨みつけた。
「な、なによ」
令嬢は髪をくるくるに巻いてリボンや宝石でゴテゴテと飾り付けそれに埋もれた顔は醜くゆがんでいる。嫌な顔!その装飾もその髪型もあなたにはもったいないわ!
くっそー!禿げろ!!!
こみ上げる怒りのまま、私は踵をかえし大広間の最奥を目指して駆けだした。
あの人、私の何を許せないって?は?部外者のあんたに一切関係ないでしょ?義憤に駆られて?バカにすんな!
腹立つ!腹立つ!
背後から叫び声のようなものが聞こえてきたが、私はかまわずまっすぐ大広間の最奥にある壇上へ向かう。
こんなことになったのは全部、国王と王太子のせいだ。
二人きりの場で王太子に何を言っても、私の思うようには伝わらない。
だからこの場で、皆の前で、国王に、はっきり言ってやる。
「国王、失礼します!」
壇上には玉座に座った国王がいた。
私はゆっくり壇上に上がる。白いドレスに血が飛び散ったような姿の私を見て、貴族たちは批判がましい声をあげた。
こんな姿で堂々とこの場にいられるなんて信じられない。不敬だ。恥ずかしくないのか。不吉だ。
玉座に座っている国王は驚いた顔をし、私に言った。
「どうしたのだ、その姿は。怪我ではないのか?誰か、早く聖女に着替えを!」
「いいえ、結構です!」
壇上から、青い顔をした王太子が慌ててこちらに駆けてくるのが見える。私の怒りは爆発寸前だった。
私は息を吸い、広間にいる貴族に向かって大きな声で話し出した。
「みなさん、聞いてください!私は異世界から召喚された聖女です!
この世界は、私が元いた世界と全然違います!食事は不味いし、価値観も全然違う!」
ざわざわとしていた大広間は急に静かになり、私の声が響いていく。
「そこの女は私のドレスにワインをかけました。信じられない!私のいた国にはそんな失礼な人はいません!」
私が先程までいた壁側の方を指さすと、キャーッと悲鳴が上がる。見ると、そこには半狂乱になった丸坊主の令嬢がいた。
あら?さっきの令嬢よね?坊主だったの?まあ、スッキリしちゃって……あなたもしかしてカツラだったの?カツラが取れちゃったの?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「その女が言っていました。王太子には婚約者がいるのに、私のせいで別れたと!
でも、それってすっごい迷惑なんですよ!分かりますか?私は王太子と結婚なんてしたくないんです!」
静まり返った群衆に向けて私は声を張り上げる。
「私の国と、この国は価値感が違います!皆さんは私にはすごく醜く見えます!」
王太子が壇上に上がってきた。真っ青な顔をして、私に手を伸ばす。
イヤ!触らないで!!
「王太子の顔は、私にはカエルのようです!!!すごく気持ち悪いです!!私、カエルと結婚するなんて無理!絶対嫌です!」
ギャーーーーーー!!!という声がホールのあちこちで上がった。
横を見ると、すらりとした体躯でフォーマルなフルイブニングの正装をした王太子が、アオガエルの顔をして立っていた。