3.聖女は知らされる
「ねえ、今日のお昼はエドワードは来ないのかなあ?」
私は部屋でひとり、昼食を取っていた。プレートに載せられた野菜とお肉のようなもの。それにパンとスープ。
ここの食事、実はあまりおいしくない。見た目は元いた世界と同じようなのに、口に入れると思ったような味がしないの。ポテトだと思って口にすると甘い味がしたり、お肉だと思って食べると何も味がしない。食べるたびに予想を裏切られるのって地味につらいことなんだと気づかされたわ。
せめて誰かとお喋りしながらだったら。味なんてわからないくらい楽しく過ごせたら。
だから今日はエドワードは来ないのかなって思って侍女に質問した。
侍女は微笑みを浮かべながら、申し訳なさそうに頭を下げる。
エドワードがいなくても、この人が私とお喋りしてくれたらいいんだけど、身分の差とかで全然相手してくれないの。
「あーあ」
食欲がなくなり、私はフォークをお皿に戻す。
あれ、これってマナー違反だったかな?よく分からない。だって食事はだいたいいつも一人だし、エドワードはできる限り昼食を一緒にと言ってくれたけど最近は部屋に来る間隔が空いている。
それはもしかしたら、私の聖女の能力が一向に現れないことと関係しているかもしれない。
ここに来てもう3か月以上過ぎているけど、私には何も変化がなかった。
「次に来てくれた時にはちょっとでもいい報告ができるといいんだけどなあ」
そしたらエドワードは喜んでくれるよね。
新しい訓練を考えてくれるかもしれない。
そしたら前みたいにまたずっと一緒にいてくれるかな。
そのためにはもっと頑張らなきゃ。前回エドワードが教えてくれた精神集中のための訓練、もっとやってみよう。でもあれ中庭じゃないとできないからなあ。
私がこの部屋から出るにはエドワードが一緒でなければならないと言われている。一人じゃ危ないんだって。そうかな。でもじゃあ他の誰かと一緒ならいいんじゃない?例えば、いつもドアの外にいてくれる警護の騎士の人とか。
思い立ったらすぐに中庭に行きたくなって、私はガチャリと部屋のドアを開けた。
ドアの左右に立っている護衛騎士はギョッとした顔をしているがかまわず、近い方にいる人に話しかける。
「ねえ、今日はエドワードは来ないのかしら」
もし来ないのなら、私は中庭に行きたいの。訓練がしたいのよ。あなた、よかったら一緒に行ってくれないかしら。
そう続けようと思ったのだけれど、それはできなかった。
護衛騎士は私が最初に言った言葉を聞いて、嫌悪の表情を浮かべ忌々しそうに答えた。
「王太子はお忙しい方だ。貴女には分からないだろうが、無理してここへいらっしゃっているんだ」
私は予想外の反応に動揺し狼狽えた。
「あ、あの、だからエドワードが」
来ないなら、わたし、なかにわにいきたくて、あなたがもしよければ、
「いい加減にしてくれ!王太子様はお優しい方だが、貴方の我が儘は度を越えている。わきまえろ!皆、貴方には我慢しているんだ!」
私の言葉を遮って、護衛騎士は大声で吐き捨てるように言った。
え。
いま何て言ったの?
ガマン?
ワガママ?
急に怒鳴りつけられて混乱した頭で、護衛騎士の言うことがよく分からなかった。
こわい。
私は怯え、逃げ出したくなった。
この人は私のこと嫌いみたい。
じゃあ私、ひとりでいい。
そう思って、私は中庭へ向かって駆け出した。
「あっ!おい!待て!外出は許されていない!!!」
怖い!追いかけてこないで!
「うわっ」
ドスンと大きな音がして、振り向くと騎士があおむけになって転んでいた。
今のうちだ!
私は全力で廊下を走り抜け、中庭へ通じる道に出た。
でも中庭にいたらすぐに追いつかれて捕まえられちゃうかもしれない。あの怖い人にまた酷いことを言われて、暴力なんて振るわれちゃうかもしれない。
そう思うと、私は中庭へ続く道とは反対方向に向かって駆けた。
エドワード!エドワード助けて!
私がこんな時頼れる人はエドワードしかいない。他に誰も知り合いはいないのだ。
あの護衛騎士が何か言っていたけれど、よく考えることができない。
こわいよ、だれかたすけて。
エドワードに会いたい!!!
すると突然視界が開け、私は少し大きな庭園に出た。
レンガの小道を挟んで色とりどりの薔薇が咲き誇り、奥には薔薇に覆われたガゼボがあってとても優美だ。その向こうには小さな池が見える。私の知っている中庭と全然違う。
「エドワード、あなた大丈夫なの?少し痩せたみたい」
ぼんやりしていると、ガゼボの方から女性の声がしてハッとした。今エドワードと聞こえたわ。
その声に導かれるようにそっとガゼボに近寄った。
「マーガレット、君には本当に済まないことをした。僕を許してくれるだろうか」
「いいのよ。仕方がないことだって分かっているわ。あなたこそ、しっかり休めているの?」
「ああ、最近ようやく落ち着いてきたよ」
「聖女様のご様子はどう?」
「特に進展はないよ」
ドキッとした。私のことを話している!
私は薔薇のツタの隙間からそっとガゼボの中を伺った。
中にはエドワードが見知らぬ女性と一緒にいた。エドワードも美しい人だがその女性も同じくらい美しい人だった。
波打つ銀髪に淡い紫色の瞳、肌は抜けるように白く唇は濡れたように赤い。
私とは全然違っていた。
「古文書には『聖女を大切にし誠心誠意努めれば願いが叶う』とある。僕はこの国の王太子としての役目を果たすつもりだ」
「エドワード……」
「聖女には長くこの国にいてもらいたいし、聖女に望まれれば僕の一生を捧げようと思っている」
「……私達、婚約は解消したけれど、私はあなたの良き友人としてずっと傍で支えていきたいと思っているわ」
「マーガレット……!」
「私の人生はエドワードと共に在りたいの」
「……ありがとう、マーガレット」
そうして二人は抱擁しゆっくりと唇を重ねた。
私は何を見ているのだろう。
なんだかとてもいたたまれない。
ああ、私ってみっともないな。はずかしいな。
体から力が抜け、ずぶずぶと土の中に沈んでいくようだった。
ああ、嫌だな。
早くここから立ち去りたい。
あの部屋に戻りたい……!!!
気が付くと、私は自分の部屋の中に戻っていた。
続きの間から侍女たちの声が聞こえる。
「聖女様どこいっちゃったのかしら」
「さあね。今探してるみたいだからどこかで捕まって戻されるんじゃない」
「あ~もう、今日は仕事終わるの遅くなるのかな。ホント迷惑」
「ね、聖女様ってまだ何も力を使えないんでしょ?本当に聖女様なの?」
「ええ?偽物ってこと?」
「やめなさいよ。でももしそうなら大問題よね」
「あの人すっごい図々しいじゃない?王太子様にもベタベタくっついてさ。迷惑だって分からないのかな」
「本当に偽物かもよ」
「そうだったら磔にされて首切り?アハハ!」
そこで私は力尽き、意識を手放した。