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1.召喚された聖女

「聖女様」


 呼ばれて振り向くと、ワイングラスから投げられるように赤い液体が向かってくるのが見えた。


 パシャ、と音がして私の胸元に赤ワインが浴びせられ、白いドレスに赤いシミがゆっくり広がっていく。

「まあ、大変」

 空になったワイングラスを手にした令嬢は言った。

「せっかくのドレスが台無しですわ。早くお着替えになったほうがよろしいですわね。」

 

 この人誰だろう。

 

 慌てるそぶりもなくじっとその場を動かない私に焦れたのか、令嬢は私に近づいて囁く。

「さっさとここから立ち去りなさいよ。……本当なら今日ここは王太子様とマーガレット様の婚約発表の場だったの。許せないわ。無能聖女のくせに!あなたなんて来なければよかった!!」


 

 

 本日は王家が主宰するシーズン初めのパーティーだ。

 私は朝から侍女に囲まれて着慣れないドレスを着つけられ、王太子のエスコートで会場となる大広間に入っていた。

 200年ぶりにこの王国に現れた聖女に、貴族たちは次々とあいさつしに来る。対応は王子がしてくれるから、私は隣に立って唇の両端をわずかに上に向け、微笑のような表情をして時が過ぎるのを待つだけ。あ~つまらないよ早くおうちへ帰りたいよ。

 

 王太子が振り向いて私に言う。

「聖女ユイ。しばらく離れますがすぐに戻ります」

「はい」


 ユイは私の名前だ。

 

 そう。私は200年ぶりにこの国に召喚された聖女なのである。


 なにそれ。


 それから残された護衛と共に壁際でぼんやりしていたら、見知らぬ令嬢がやってきて赤ワインをぶっかけられたわけ。


 なんだそれ。



 ◇ ◇ ◇


 

 私は日本で暮らす23歳の会社員だった。新卒で就職難の中どこでもいいと決めた会社に勤める独り暮らしの独身女性。そんな私がある日目覚めたのは、固くて冷たい石の棺の上だった。

 

「え、ここどこ?まさか路上?私昨日どこで寝ちゃったの?」

 

 ガバリと起き上がると、異国の男性が二人、驚いた顔で私を見ていた。親子ほど年が離れていて、ゴスロリの男性版みたいな服装をしている。アンデルセンの童話に出てくる人みたいな。中世ヨーロッパみたいな。

 

「せ、成功した……!?」

「え!?」

「聖女様!」

「は?」

「ようこそ我が国にお越しくださいました!!」

 

 親子ほど年の離れた二人は私に向かってひざまずき、恭しく言った。

 

 えっなにこれ!こわい!

  

 

 そんな風にして、私はこの国に召喚された。


「せ、聖女ってなんですか?私は何をするために呼ばれたんですか?」

「それが……」


 この国には王家に代々伝わる聖女召喚の儀式というものがあり、一子相伝の神事として30年に一度、その時の王と王太子の二人で行われることが決められているそうだ。


「歴史書によると、我が国に最後に聖女が降臨されたと記されているのは180年前のことで、以来聖女が現れることはなかったとある。現在では立太子の前に行われる通過儀礼の一つとされている」

 

「つまり……特に必要もなく私は呼ばれたということですね」

 

「……我々は聖女の降臨を歓迎する」


 いやいやいや。


 王家に代々伝わる神事だが、儀式は形骸化していたのだろう。

 歳をとった方の男はあまりにびっくりしたのか目を見開いたままだ。まさか本当に聖女が来てしまうなんて!という顔よ。困っているのね。この人が国王か。

 若い方の男はすぐに気を取り直したようで、彼が主に話をしてくれる。優秀そうなオーラがでてるわ。この人が王太子ね。


 「それで、私は元居た場所に帰ることができるんですか?」

 とりあえず、一番大切なことを聞こう。

 

「王家に伝わる古文書には、聖女はこちらでの使命が終われば望みはかなえられるとある。聖女が帰国を望めば戻ることも可能だろう」

「使命……」

「聖女は奇跡を起こし、国を救うと書かれている。貴方もきっと何か力があるのだろう。ぜひその力で我が国を救っていただきたい」

「そんな漠然とした……」


 私は泣きたくなる。

 私どうしよう。どうしたらいいの。こんな意味のないことでここに呼ばれちゃってどうするの。


 だいたいここって安全な場所なの?空気は吸って大丈夫?水は飲めるの?変な病気にかかってすぐ死んじゃうとかないよね???


 私が不安で泣きそうな顔をしているからか、若い方の男が近づいてきた。

「心配しないでください。私がお傍におります」


 え、この人すっごいイケメン。

 切れ長な目に綺麗な平衡二重、スッと通った鼻筋、キュートなあひる口に薄い唇、ちょっとだけ私の推してたアイドルに似てる気がする!同じ金髪碧眼なのに、お父様とは印象が違うわね。お母様が美人なのかな。いいな。


「聖女様?」

 今にも零れそうだった涙が止まり、彼の顔をまじまじと見ていると、怪訝な顔をされてしまった。

「あ、はい!」

 私はちょっと恥ずかしくなって赤くなった頬に手をやった。

 彼はそんな私をジッと見つめて、それから二コリと微笑んだ。


「私はエドワードと申します。聖女、お名前を教えてくださいますか」


「……私の名前は、ユイ。ユイと呼んでください」


 そうして私の聖女ライフが始まった。




短編を書こうと思ったのですが長くなってしまい続きものにしました。

前作をお読みいただいた方、感想や評価をありがとうございました。とても嬉しく、励みになりました。こちらもどうぞよろしくお願いします。

暑い日が続きますが、皆様どうぞご自愛くださいませ。

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