9話 盗賊退治
ここからは、前までのお話から大きく内容を変えるため、新規で投稿させていただきます。ご了承ください。
「おはよう、ルーくん」
「…なんかこんな目覚め、初めてな気がしないな」
朝から刺激が強すぎる。ムクリと体を起こし、ベッドから飛び降りる。後に続いて、エリーナもベッドから這い出てきた。
薄いネグリジェに身を包んだエリーナは、指をぱちっと鳴らし、早着替えを披露する。いつもこれくらい切り替えが早ければ、俺がエリーナを引きずる手間が省けるのに。
「なんで自分の部屋があるのにそこで寝ないんだよ」
毎朝恒例のこの質問。もちろん、これに対するエリーナの回答もテンプレート化している。
「ルーくんと一緒が良かったからかしら?」
首を傾げながらそう短く言うエリーナ。飽きるほどやったこのやり取り。今じゃもはやルーティンと化していた。もうそれでいいやと無理やり納得して、俺は朝ごはんの用意をする。
蜂蜜をかけたトーストにコーヒーでいいか。この前、運よく高級品であるハチミツが手に入ったから、楽しみにしていたのだ。
「私はその苦いのはパスでね」
要望が入ったから、エリーナには紅茶だ。コーヒーも美味しいのになあ。俺の創造魔法で作ってるやつだから、一応の品質は大丈夫なはずだが、やはり甘党なのだろうか、エリーナは。
そうこうしているうちに、火魔法を応用した魔道具に入れていたトーストが焼き上がったらしい。取り出してみると、焼きたてサクサクのトーストの香ばしい匂いが湯気に乗って鼻腔をくすぐった。
そこに金色に輝くとろとした蜂蜜をたっぷりと塗りたくる。芳醇な甘い匂いが空腹に響いて、涎が止まらない。
我慢できず、食欲のままに、俺はそのトーストに齧り付いた。うん、至福だ。
「はい、どうぞ」
「うわぁ、あの甘い蜜だわ!」
先に食べてしまったという少しの後ろめたさを感じつつ、俺はエリーナにトーストを渡す。俺からトーストを受け取った彼女は、満面の笑みを浮かべ、トーストにかぶりいた。
サクッと言ういい音を響かせながら、どんどん食べ進んでいく。見ているこっちまで幸せになるような、そんな表情を浮かべている。
エリーナはこれが1番お気に入りだから、そうなるのは至極当然のことだ。
さて、俺もコーヒーと合わせて、残りのトーストを楽しもう。
朝食を食べ終えたら、チェックアウトのための準備と旅の身支度だ。今までこの街で宿を借りていたが、そろそろ次の街へ移ろうと思っていたからな。せっかく自由を謳歌できるんだから、今のうちに思う存分世界を旅しないと。
前に、創造魔法で作った着替えやら何やらを、マジックバッグに詰め込み、背負う。
そして俺はトーストの余韻に浸るエリーナを待って、出発した。
「もう行かれるのですね」
「うん。俺はドラグローマから追い出されてるから、今は自由なんだ。だからこの世界を見て回りたいんだよ」
「そうなんですね…また、またこのフローグの街にもいらしてくださいね!」
「ああ、必ず」
出発前に冒険者ギルドで軽くキャサリンと挨拶を交わして、俺とエリーナはフローグの街を発った。その様子を見ていたエリーナの目からハイライトが消えていたらしい。
俺たちは、次の街アルスに向かう街道を歩いていた。
いや、訂正。エリーナは俺に引き摺られていた。
「ねえエリーナ」
「何?」
「いい加減自分で歩いてくれない?」
「でも、なんかこれ、ゾクゾクしちゃうのよねぇ…」
ダメだ、今すぐ歩かせないとダメだ。俺の勘がそう言ってる。これ以上エリーナを引き摺っていたら今後とも生活に支障をきたすレベルの何かに目覚める、絶対に。
「ほら立って!」
「分かったわよ…」
よっこいしょと言った感じで立ち上がったエリーナは、渋々歩き始めた。
しばらく歩いていると、エリーナの腹が鳴った。日はすでに真上まで昇っていたから、昼飯を食べることにした。
いくら最高の朝食とはいえ、トースト1枚は少なすぎた。現に、俺のお腹も激しい空腹を訴えている。
「昼はガッツリいくか」
「本当に?じゃあ、お肉が食べたいわ」
「へいへい、分かってますよ。もとより、俺もそのつもりだったし」
肉…肉…肉………
そうだな、唐揚げにするか。この世界に来て、何気に一度も食べたことなかったし。
俺は、鶏肉と密封袋、各種調味料を作り出し、下味をつけ、衣を纏わせる。そして、それを油で揚げて、さらに2度揚げ。
油で上がる子気味良い音と、漂う香りが食欲を掻き立てる。
「できたぞ!」
「…これは何かしら?」
「唐揚げっていう食べ物で、油で揚げてるんだ」
「油で、ねぇ。聞いたこともないわ」
少しウズウズした感じでエリーナがひとつ口に放り込んだ。そして目をカット開いたかと思えば、次から次に唐揚げを頬張っていく。
唐揚げ美味しいもんね、止まらない気持ちは分かるよ。
でも俺のは残しておいてね。
…残らなかった。
俺は、エリーナが昼寝に入ったのを確認してから、もう一度揚げて、昼飯を済ませた。久しぶりに食べた唐揚げの味はとても美味かったよ。
エリーナが昼寝を終えて、自分で歩けるようになるまで、待機した。引き摺ってさっきみたいになられたらまずいからだ。結局、合計2時間待つ羽目になったが。スローすぎるスターターである。
「さて、行くよ、エリーナ。アルスまでの道のりは長いんだから」
「わかってるわよ…はぁ、ルーくんが引き摺ってくれたら最高なのに」
何かほざいているが、無視だ、無視。街道をのんびりと歩いていると、遠くで争っている様子が見えた。
遠くてよくわからなかったが、複数の黒ずくめのやつらが、馬車を襲っているようだ。助けないとまずいよな。俺とエリーナはは頷きあって現場に向けて跳躍した。
そこはすでに血の海と化していた。
貫頭衣に身を通し、重そうな足枷と首輪をつけた15、6くらいの男女がその上で冷たくなっている。その中に、でっぷりと太った男が尻餅をついていて、今まさに、トドメを刺されようとしていた。
「待てっ!」
止めに入ったが、一足遅かった。黒ずくめの剣が、男の胸を穿った。
男が、赤黒い液体を吹き出し、ビクビクと痙攣したのち、ぴくりとも動かなくなった。
「なんだ、お前らは?」
「運が悪かったなぁ。見られちまったからにゃぁ消さなきゃなんねぇ」
黒ずくめの男たちが、こちらを向いてそう言った。格好的に、盗賊だろう。
これはあれだな、盗賊狩りイベントだ。
死んでしまったみなさんの仇を討つためにも、ここは頑張らせていただこう。
「悪いけど、消えるのはお前たちだよっと」
「うぐわぁっ!」
「ギャッ!」
「ヂィ!」
手をパーに広げ、5本の指のそれぞれを盗賊に向ける。
そして、情け容赦なしに、高圧水流を放った。それは、容易く全員の手の甲貫き、強制的に武装を解除した。もうこれで抵抗はほぼできな…
そうか、逆の手で持てば別にできるのか、抵抗。落とした武器を反対の手に持ち替え、襲いかかってくる盗賊ども。
状況の判断は悪くないが…
「そっちの女を狙えぇ!」
「人質にしちまえ!」
相手を選ぶ判断は悪かったな。
俺は知らないぞ、どうなっても。一応そいつ、この世の頂点の一角だろうし。
先頭の盗賊の剣の切先がエリーナの間合に放った瞬間、塵になって消えた。
あーあ、エリーナを前に思考停止しちゃった。もうこれは死と同義である。
「なん…でびゅらっ!」
エリーナの振るった拳が盗賊の胴体に風穴を開ける。拳よりも遥かに大きい面積が、消し飛んだ。それと同時に、他の盗賊が、後ろからエリーナに襲いかかったが、エリーナにはそんなもの通用しない。
「死ねぇ…カヒュッ」
盗賊の胴と首が切り離された。
崩れ落ちた後には、手刀を振り抜いたエリーナが立つ。
そして、
「このクソアマーー」
「シッ!」
ノンルックの後ろ蹴りが炸裂し、盗賊は爆発四散した。
あとの2人は、怯え切っている。が、エリーナに容赦の2文字はない。醜く命乞いをする盗賊の首を回し蹴りで刈り取り、もう片方を踵落としでひしゃげさせた。
「ルーくん、終わったわ!」
「そ、そうだね…」
俺ではなくエリーナに襲いかかった、残念な盗賊の遺体を全て燃やしておく。かなりグロいし、腐ったら感染症の原因になりかねないからな。他の血溜まりに沈んでいる仏様は、盗賊と違い、火葬した後に埋葬してあげた。
南無。
もう行こうかとした時、馬車からごとりと音が鳴った。即座に臨戦体勢に入る俺とエリーナ。
しばらく音が鳴り、止むと、倒れた馬車の中から綺麗な銀髪の、耳の尖った少女が這い出てきた。外見だけだと他と同様15歳ほどだが、尖った耳…エルフ族は長命なので、実際に何歳かはわからない。
その少女も、貫頭衣に首輪足枷の格好だった。…とりあえず、日も傾いてきたし、飯にしよう。俺は肉を取り出し、料理を始めた。
あと1話投稿予定してます