3話 竜約の儀
時間が経つのは早いもので、俺もついに5歳になった。そして、今日、竜約の儀の日だ。
ようやく、ようやくっ…!俺の時間がやってきたっ!
あ、ちなみに、俺は既に次期当主に確定させられた。
あの魔法練習のせいだ。俺はこの家の三男だから、そんな機会巡ってこないと思ったが、上の兄2人はずっと各地を旅してて全然家にはいないから、もういいやと、投げやりな感じで任された。
それはさておき、俺は黒系統の色で統一された、なかなかにオシャレな服を着させられ、竜の大渓谷に向かっている。ここには、ドラグローマと交流してきた竜族が多く住んでいるのだとか。
だから、ドラグローマの血を継ぐ者は、ここにきて竜と契約を交わし、竜使いとしての一歩を歩み始める。
そんなわけで、俺のテンションはもうマックスだったのだ。だったのだが…
「へん、分家の三男坊の分際で、本家のボクの馬車に一緒に乗るなんて、失礼じゃないか!」
いや、知るかよ。んなこと、馬車を手配した手前の家で聞いてこいやっ!
俺の目の前にいる、このでっぷりと太ったクソガキは、ドラグローマ本家の次男、パーディワード・ドラグローマだ。
見ての通り、極度の自己中心的な性格の持ち主である。俺はこの手合の人種が嫌いだ。前世の妹を彷彿とさせるからな。
なのでここは極力無視して切り抜けよう。こいつに構ってたら俺のライフがゴリゴリ削られる。
「お前みたいな生意気なクソガキは、ボクが竜を手に入れたらコテンパンにボコボコにしてやる!」
どの口が生意気なクソガキ言ってんだよ…
てか、ドラゴンを手に入れるって…竜約の儀の詳細知ってる?これはあくまでも対等な関係を結ぶだけであって、自分の下につけるということではないんだがな。てか、そもそも竜に気に入られなければ、契約すら結んでくれないし、場合によっちゃ龍に殺されることもあり得るのに。
呑気なやつだな、コイツは。ドラグローマの血に生まれたというだけで竜が手に入ると勘違いした愚か者だから仕方はないのかも…?
まあ、選ぶのはコチラじゃなくて向こうだ。ここでとやかく言って刺激するのはまずいな。
よし、スルーだ。絶対スルー。完全シカトのフル無視だ。
「おい、なんか言えよ!」
その後、竜の大渓谷に着くまで、そいつの喚き声をBGMに、馬車の窓から外を眺めていた。案外いいBGMだった。特に哀れな生き物を見られるという点で。
出発から4時間たって、ようやく、竜の大渓谷にある竜約の祭壇に辿り着いた。儀式は、祭壇の上に立ち、祈るだけだそう。
どんな竜が来るかは、この祭壇のところまで竜が来ないとわからない。なんかソシャゲなんかのガチャみたいな感じで少しワクワクする。引き直しが効かない分、むしろよりドキドキと緊張するだろうな。
お、儀式の準備が整ったようだ。執事らしき男がパーディワードに囁いている。
「まずは、本家出身であるこのボクがやらせてもらおう!」
「承知いたしました、坊っちゃま」
順番の相談もなしとは…やばいなパーディワード。最低限の協調性すらないのか。
まあ、それはいいとして、今回、この儀式に参加するのは、俺とパーディワードを含めて5人だ。パーディワード以外は全て分家出身。俺とパーディワード以外の3人は全部女子だ。
たった今祭壇に立ったパーディワードは、粋がる、もとい、分家の女子に良いところを見せたいのだろう。
「さあ、竜よ出でよ!そして我が従僕となれ!」
声高々に、パーディワードが宣告する。だが、あたりに広まる静寂は、未だ打ち破られない。
少し待って、パーディワードの前に現れたのは、全長5mくらいの、レッサードラゴンだった。
うん…なんと言うかその…ドンマイ。本人はこの世の終わりのような顔で、その場にへたりこんで動かなくなってしまった。
ここは流すが、その後の女子2人は、どちらも、火竜の幼生と契約していた。属性持ちの竜と契約を結べるのは普通に凄いことなので、賞賛の言葉を送ったよ。
「次は私の番ね」
2人が終わった後、そう言ったのは、シャリテ・ブラン・ドラグローマ。まだ幼い顔にどこか物憂げな表情を浮かべた、クール系美少女である。
この子の家は、分家の中でも、白竜と黒竜と契約した最強の竜使いの直系子孫の分家らしい。家の者たちの契約竜も、白竜や黒竜には劣るが、強力な色竜が多いらしい。
彼女は、ゆっくりと祭壇に登り、祈りのポーズを取る。少しして、祭壇の下から、2つの影が猛スピードで現れた。それは白と黒に輝いている。
「あ、あれは…!」
お付きの人間が驚いた様子でそう言った。2つの影は目測だが、どちらも大型のトラックくらいはありそうだ。その2つは、ゆっくりと降りてきて、祭壇の前でホバリングする。
「我はガイア。今代の黒竜の長老である。我はそなたと契約を交わすために参った」
「妾はシューナじゃ。そちと契約をしたく参上した」
「は、はぁ…」
「そなた、名は?」
「シャリテです」
「白竜の、我はこのシャリテを気に入った。そなたはどうだ?」
「妾も同じで気に入ったぞよ、黒竜の」
おう、マジか。
最強と謳われた竜使いと同じ構成じゃねえか。これだと、次男のメンツなんて丸潰れだぞ。あ、パーディワード燃え尽きてる。
皆が目を見開いているうちに、黒竜と白竜は魔法陣に収まり、シャリテの両手の甲に張り付いた。
うわ…扱いの差がすげぇ。
パーディワードはその場に立たされているのに、シャリテは馬車の中で休まされてる。しかもなんかかなり凝った意匠の馬車。
あまり好かんが、契約竜のいい基準だと思えばいいか。
そんなことより、俺が今ここでウジウジしていても仕方がない。
俺は、他のみんなと同じように祭壇に登り、祈った。
だが、待てど暮らせど、俺の前に竜はやってこない。遅くとも、1分以内には竜が現れるのに、すでに3分が経過している。
そんな俺を見かねてか、本家の者も、表情がだんだんと険しくなっていく。
「へんっ!貴様はレッサードラゴンすら契約できん無能ということが証明されたな!」
パーディワードがわめく。正直うるさい。でも確かに、竜は全然来ない。
そこから更に待ってみても竜が来ないので、諦めかけたその時、谷の奥からこちらに向かってくる竜の姿が見えた。
あれは…なんだ?かなりでかいぞ?さっきの黒竜と白竜といい勝負しそうだ。
「あ、あれは…!」
「え、なに、どうしたの?」
ちょっとして、それが、白竜よりも白く、ルビーよりも赤い目を持った、小型ジェット機ほどの大きさはあろうかというほどの竜であることがわかった。もはや、神々しさすら感じてしまうかといった雰囲気を醸しながら、こちらに猛スピードで飛んできて、俺の目の前で止まった。
その竜に対する正直な感想は、メチャクチャに綺麗だということ。貧弱な語彙ではこれくらいしか形容の方法が見つからなかった。
これが俺の相棒の竜だろうか?
「あ、あのーー」
「お、おおおっ!オリジン様!我が一族を長らく見守っていただき、感謝いたします!」
お付きの者がそう叫んだ。オリジン様?この竜のことか?ていうか、ドラグローマの血筋がここまで竜に敬意を払うって一体…あ、まさか…
「始祖の竜、“無限竜”エリーノリジーン・オリジン様?」
俺の問いかけに、竜は小さくうなづいて肯定した。あちゃー、絶対やばいやつやん、それ。
「君が、私を呼んだのかしら?」
「ええ、多分」
「いいわね。私は君が好きだわ」
「そうですか…で、では、契約は…」
「もちろんさせてもらうわよ」
…まじ?
契約成立?
全ての竜の始祖と?
本気で言ってる?
史上最強の竜使いをこんなに簡単に超えちゃっていいわけ?
「おい貴様ぁっ!今すぐその竜を戻ーー」
パーディワードが我に帰ったのか、怒声を響かせようとしたが…
「黙りなさいな、ドラグローマの下っ端。私の決めたことに楯突くつもりかしら?そんなことをするなら、いくらドラグローマの血筋といえど、容赦はしませんわ」
その殺気の籠った一言で、パーディワードはあえなく気を失ってしまった。殺気だけで戦闘不能に…そんなの、漫画でしかみたことねえぞ、。
って、やっちゃダメなやつじゃんか、本家の血筋を気絶させるなんて。
「ほら、乗って。話はそこで、ね」
「はい…」
オリジン様は、俺に背中へ乗るように促してきた。あんなのを見た後だ。逆らう気なんて起きるわけがない。まあ、そもそも逆らうつもりなんてないけれど。
俺は言われた通りに、オリジン様の背に乗り込んだ。竜の鱗は思ったよりも柔らかく、肌触りが良かった。
その後、俺がしっかりと捕まったことを伝えると、オリジンは俺の家のある方に向かって飛んでいった。
「あなたの名前を伺っても良いかしら?」
「る、ルーク・ドラグローマです」
「ルーク…良い名前ね!あ、そうだ!ルーくんって呼んで良いかしら?」
「え、ええ。別に構いませんよ?」
「やった!ありがとうルーくん!」
「いえいえ…あ、ここすこし右です」
「分かったわ」
俺は、オリジン様に乗せられ、一足先に帰路についていた。
竜は驚くべき速度だった。もう、マッハを超えていると思える。しかも、何か幕を張っているのか、風で吹き飛ばされるということはなく、安心してナビを飛ばすことができた。
さて、家まで後少しだ。
「おい、ルーク、お前、ドラグローマから追放されるらしいが、どういうことだ?」
「え?」
家に帰るなり、そう言われた。いや、知らんが?
てか、俺が帰るよりも早く情報が届いたのか?あ、転移通信の魔具ってやつか。
確か、パーディワードが持ってたな。
「お父様、少し、よろしいですか?」
「ああ。私はお前が何もしていないと信じているからな」
俺は父と一緒に外に出て、上を指差す。見上げた途端に、父の顔がこわばった。無論、そこにオリジン様がいたからである。
「お、おい、ルーク、あれは一体どういうことだ?」
「俺の契約竜です」
なんもやましいことなんてないからな。包み隠さず話してやろう。俺は、今日祭壇であったことを話した。
話が進んでいくにつれて、父の顔がだんだんとやつれていくのが分かった。普段からパーディワードの煽りを食っていたであろうことが窺える。
「ハァ〜、あのバカ…今度本家に行った時に苦情入れてやる…」
「あの、父上…俺を追放したりしないんですか?」
「ああ。どうやら追放なんてしようものなら、ドラグロードの我が分家が潰れてしまうやもしれんからな。そもそも、手紙もパーディワードの文句のような者だったし、さして問題はない。」
そう言って上を見上げる父。
…だいたいわかった。なんかごめんね。
まあでも、かと言って本家からのお達しを無視するわけにもいかない。てなわけで、俺は旅に出ることになった。唐突すぎるし、俺まだ5歳だよ?いけると思ってんの?
その旨を問いかけると、父は何も言わずに上を見上げた。…割と大丈夫そうだ。
俺はオリジン様に降りてきてもらうことにした。契約しているなら、あの白竜や黒竜のように、手の甲の魔法陣に入れることができるからだ。
そう説明して帰ってきた答えが、これだ。
「え、嫌ですわ。魔法陣に封じられて一緒にいられるとしても、私はルーくんの顔を見ておきたいですもの」
強大な力というのは恐ろしい。否定されて仕舞えば、もうそれについて反対意見を出せなくなってしまう。無情にもオリジン様の人間界生活は確定してしまった。
「で、ですがオリジン様、そうなるとそのお姿が混乱を招きかねないのです」
「なんだそんなこと。私は人の姿にもなれるのです。侮らないでくださるかしら?」
「は、申し訳ございません」
それを父が言い終わると同時、オリジンが煙に包まれた。
そこから出てきたのは、純白の髪を腰まで伸ばし、宝石のように透き通った赤い瞳の超絶美人だ。にしても…スタイル良すぎんだろ。
「これなら大丈夫でしょう?」
「も、問題ないでしゅ!」
やべえ、こんな美人さんに話しかけられたら緊張する〜…
「うふふ、緊張しているのかしら?かわいいわね、ルーくんは」
「あまりからかわないでください」
「ごめんね、ルーくん」
そう言ってにっこりと笑うオリジン。
その破壊力は凄まじく、父も俺も鼻血を拭いてしまうほどだった。
その後、屋敷で父と話し合った結果、一応家印を押された書類のお達しを無視するのも問題になるだろうとのことで、追放という名の世界旅行をすることに決まった。齢5歳の少年を1人で旅させるのはどうなんだと思ったが、父は笑いながら、『横にオリジン様がついていて何を言う』と言われてしまったので、反論は悉く潰された。
2時間ほどの話し合いの結果、俺たちは、その日は屋敷に泊まって、次の日に出発することになったのだった。