"月の無い夜の星"
土曜更新できず申し訳ございませんでした。
本日は出来る限り更新します。
「いやぁ、こんなところでレティシア先輩に会えるなんて、びっくりしましたよ」
放課後、カミルに呼ばれた通り彼の教員室に向かったレティシアは、うれしそうなカミルに出迎えらえられた。わざとらしく"先輩"などと呼ばないでほしい。
「呼ばれたのはレティだけだが、諸事情で私も一緒に失礼するよ」
「もちろん、構いませんよ。ウィリアスタ王太子殿下」
「ここでは君の一生徒に過ぎない。そのように扱ってくれ」
「ええ。授業中はそうしますよ。でも今は既に時間外ですから」
カミルに促され、ウィリアスタと並んでソファに座る。「なぁなぁ、なんか食いもんねーか?」と周りを飛び交うリオネルをお久しぶりですね、とあしらいながら、用意した紅茶を二人の前に置く。
リオネルはレティシアの膝の上で貰った果物をはぐはぐと食べているが、真っ白な制服に果汁が付きそうで怖い。
呼び出した要件は、と早速本題に入ると、カミルは実にうっとりとした表情で語り始めた。
「先程の術式構築は本当に素晴らしかったです。排他的循環術式をあんな風に組み込むとは……!貴女も遂に術式構築理論の美しさに気づきましたか。ええ、ええ、そうでしょうとも!そもそも、術式構築理論学はですね、崇高で大変芸術的な―――」
「カミル、あれはそういう授業だったから仕方なくやっただけで、あの程度の展開に陣なんて一々組まないわ。第一貴方減点したじゃないの」
「ここが魔術学院で、授業が僕が受け持つ高等術式構築理論学であればもうあれだけで単位を差し上げますよ。ですがここは王立学院ですからねぇ。非常に残念ですが、教えていないことを勝手にされても困ります」
「生徒の伸びしろを否定する気?」
「先輩のそれは伸びしろなんてかわいいものじゃないじゃありませんか。在学中だって散々僕の研究を邪魔しておいて、言うに事欠いて『わざわざ組むのが面倒だから省略したかっただけ』だなんて。崇高で芸術ともいうべき術式構築理論を何だと思っているんですか」
「やっぱり憂さ晴らしじゃないの!」
「ふふふ。教師という立場で思う存分先輩をやりこめるのとても楽しいです」
「相変わらずいい性格しているわね」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
ゆっくり紅茶を嗜みながら、ウィリアスタはレティシアとカミルの嫌味の応酬を物珍しそうに眺めている―――なぜか、目が笑っていないが。
「……おーい、王子。あいつらただの腐れ縁みたいなもんだから、気にすんなよ」
「その割には随分仲が良いようだけど」
「まぁ、ご主人にとっちゃ友達みたいなもんだな。王子にとっての坊主みたいなもんだ」
坊主、とはアレクセイのことである。この黒竜は人を名前で呼ぶことがない。
自分にとってのアレクセイ、と言われ、なるほど確かに、とは思う。思うが、面白くないものは面白くない。
「―――レティ」
静かにその名を呼ぶと、カミルと言い争っていたその口を閉じウィリアスタの方へと瞳を向ける。怪訝そうに小首を傾げるその仕草と、夜空の瞳に浮かぶ自身に思わず口元を綻ばせる。
昔から、レティシアはウィリアスタが名を呼ぶと何をしていてもその意識を向けてくれるのだ。
レティシアの銀の髪を一房摘まんでくるくる弄りながら、ウィリアスタはなるべく感情を抑えて口を開く。
「君がそんな風に元気なのは珍しいね」
「……べ、別にそんなことは……カミルとはどうも昔から意見が合わないだけよ」
昔から、ねぇとウィリアスタはカミルを見やる。その視線の意味を正確に読み取ったカミルは、慌てたように首をぶんぶん振った。
「ウィリアスタ王太子殿下。彼女とはその、……意見が合わない研究仲間というか、ライバルというか、まぁそんな感じでして。それ以外何かがあるなんてことは決してございませんので!」
「……まぁ、いいよ。今はそれで納得してあげよう」
「恐悦至極に存じます」
「……で、カミルはなんでわざわざ私を呼び出したの。まさかこの話をする為じゃないでしょうね」
ああそうでした、とカミルは居住まいを正した。
「実はですね、先輩にお伝えしようと思っていたことがあったんですよ。昨日発覚したばかりで、今日にでも鳥を飛ばそうと思っていたんですが……"月の無い夜の星"が、失くなったそうです」
「……なんですって?」
カミルの言葉に、レティは思わず声を上げた。隣のウィリアスタはレティシアの髪を弄っていた手を止めた。
―――"月の無い夜の星"。
それは、魔術学院で厳重に保管されていた魔鉱石―――魔力がこもった鉱石―――の名だ。
魔鉱石は、それ程珍しい物ではない。この国では産業事業の一環だし、西の辺境に行くと採掘場があり定期的に発掘され、市場に流れている。魔法具にも使用できるように魔鉱石に必要な加工を加えたものを、魔石という。魔鉱石は魔石の原材料なのだ。
だがしかし"月の無い夜の星"はそれ一つでとある魔法具を動かす為の唯一の鍵だ。
その魔法具は、単体であれば危険性は低いが、"月の無い夜の星"と合わせると非常に強力になる。かつて"月の無い夜の星"と一緒に見つかった古代文献にはそれしか残されていなかった。
そして、肝心の魔法具自体はまだ見つかっていない。悪意のある者が両方その手にしないよう、先に見つかった魔鉱石を魔術学院で管理しつつ、大元となる魔法具を探し続けていたのだ。
「……"月の無い夜の星"がなくなった……のは、誰かが魔法具を見つけた、ということ?」
「いえ、それも断言できないのです」
「……管理部署の怠慢ね」
「まったくです。聞けば、週に一度存在を確認していたそうなのですが……先週まではあったそうですが、昨日確認した時にはもう既に無かったそうです」
「……そう」
レティシアは曲げた人差し指を唇に当てて、考え込む。ちらりと隣のウィリアスタを見て、妙な不信感を持った。
(これは偶然?それとも……)
"月の無い夜の星"を埋め込んだ魔法具は、精神的に人を殺すことが出来る、と文献にあった。具体的にどのような状態になるのかまでは分からない。一人に限定されるのか、それともたいくさんの人間に対しても可能なのか―――文献には記されていなかったので、魔法具の形状も分かっていない。
この国の魔法は、その力によって分類されていたりしない。魔法を使えるすべての人間がすべての要素を扱るからだ。しかし唯一、人々に与えられなかった魔法的要素も存在する。
それが闇の力だ。
闇の力は人々の精神に作用する。他人の心を操ったり、思考を操作して意図しない行動を起こさせたりできてしまう。"月の無い夜の星"にはその、闇の力が込められていた。どのようにして魔鉱石に込めたのか、はたまた自然発生したものなのかは今でも分かっていない。
"月の無い夜の星"と対になる魔法具では、そう言った事が出来てしまうのでは、と予想はされている。故に、万が一にでも人の手に触れないよう魔術学院で管理してたはずなのだが。
「魔術学院の魔鉱石管理室から、盗み出した。或いは、誰かが持ち出した…?」
「そう簡単に出来ることではないね。なんせあそこは今、君の結界で覆われている。勿論魔術学院内のそういった物が結界の外に出ようとした時点で弾き返すくらいはするんだろう」
「当然よ。それに、私が気付かないなんてあり得ない。理論上は学院内のどこかにあるんだろうけど…だとしても、広いから探し出すのはそう容易いことではないわ」