それを人は天才と呼ぶ②
アレクセイは仕方なく、話を振ってあげた。正直関わりたくないのだが、博愛と平等を掲げる学院内でそれは難しい。
「それが、中々うまくいきませんの。ここまでは小さくできたのですけど…あら?えっと…ノーズフィーリア嬢、でしたかしら。まだ何もできていないようですわね」
だからなんだと言いたい。できていないのではなく、やっていないだけだ。この程度議論する余地もなく、最小限で術式構築するくらいわけない。何なら陣ごと無くしてやろうか。
引きこもりの癖にこと魔術に関しては負けず嫌いを発揮するレティシアだが、それ以上に面倒そうなので「ええまあ…まだ考え中で」とお茶を濁した。
「仕方ありませんわ。三年生から急に転入されてきたんですもの…王家のご推薦で一等科に入った方には、少々難しいのは当然ですわ」
縁故で入った人間には分かるわけない、と言いたいのだろうが、貴族ではないと説明されたレティシアに王家の縁故があると思っている辺り矛盾している-----存外、頭弱いんだろうかこの人。
「-----さて、ここまでにしましょう。お一人ずつ、魔方陣を構築し理由も教えてください」
カミルの声で、エルネスティーヌはごきげんよう、と自席へと戻って行った。レティシアが何も言い返さなかったのは図星だからだと思っているようで、去り際に嘲るような笑みを浮かべていた。
またもや帰りたくなっていると、ウィリアスタが頭を撫でてきた。そんなもので懐柔されると思ったら大間違いだ。
「-----ファーレンハイト嬢、ありがとうございました。素晴らしい理論だと思いますよ。初回の授業でここまで出来れば充分です」
「とんでもないことでございますわ。日々、勉強は欠かしておりませんので」
「うんうん、良い心がけですね。では次----ノーズフィーリア嬢、お願いします」
エルネスティーヌの術式に百個程改善点を見つけたところで、カミルからお声がかかった。-----このタイミングは絶対わざとだ。かつての後輩は、どうも在学中のあれそれを根に持っているらしい。
目立ちたくないが、ここで手を抜くのもまた面倒だ。レティシアは渋々立ち上がると、すぃ、と手を翳しただけで小さな魔方陣を構築した―――途端、それまで披露された魔方陣で一番小さいそれに、教室中がざわめく。
「これはこれは…排他的循環術式ですね。なぜこれを?」
「今回の議題は"種を五つ同時に成長させる"でしたので、【成長】の術式に【強化】を組み込みつつ、元々【成長】の術式に含まれる余剰な効果を削除、【強化】も成長回数だけに限定し、それを必要数分繰り返すよう付与しました。発芽して開花まででいいのであれば、この程度で充分なので」
「なるほど、さすがですねぇ」
「―――先生、発言を求めます」
感心して魔方陣を眺めるカミルに、エルネスティーヌが手を挙げた。どうぞ、と促されたエルネスティーヌは、ありがとうございます、と一礼して
「その魔方陣は、本当に正常に機能するのでしょうか?彼女の種はすべて、種のままですわ」
「…まぁ、言われてから構築したのでまだ試していないのは確かです」
「まぁ…確証がないことを、公の場で発言するものではありませんわ」
エルネスティーヌは厳しい目つきでレティシアを見る。確かに、とか、なんか小難しいこと言ってごまかそうとしていないか?とひそひそと話し声が聞こえてきた。
―――自由時間に頭を捻って考えたのではなく、カミルに言われて瞬時に構築した事がどういうことか、理解できている生徒はウィリアスタとアレクセイだけだろう。ちなみに、この二人は随分と楽しそうに事の成り行きを見守っている。
「はいはい、皆さんお静かに。実践するまでもありませんが…まぁ、こういうのは実際目にしないと意味がありませんからね。ノーズフィーリア嬢、実際に発動してみてください」
「…分かりました」
レティシアは机の上に置きっぱなしの種に手を翳して浮かせると、構築したままの魔方陣に重ねる。すると、先程カミルが実践して見せた通りの速度で、五つ全部が綺麗に花開いた。
どよめく教室を尻目に、うんうんと頷くカミルに視線を向ける。彼はにっこりと微笑むと、エルネスティーヌに優しく問いかけた。
「ファーレンハイト嬢、これで納得頂けましたか?」
「……え、ええ。そうですわね。先生、お騒がせして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、実際に発動するか確認することは大事ですからね。ノーズフィーリア嬢」
「…はい」
「素晴らしい術式でしたよ。ですが、残念ながら減点です」
「えっ」
「習ってない術式を不用意に使用してはいけません。まあ、王立学院で排他的循環術式なんてお教えしませんけどね」
「…貴方ねぇ……!」
「はいはい、もう結構ですよ。では次の方―――」
渋々座ったレティシアに、ウィリアスタが知り合い?と訊いてくる。レティシアは力なく頷くと、死んだ魚のような瞳でカミルを睨んだ。絶対に意趣返しだ。
―――カミル・イルサ。
レティシアの魔術学院時代の、先輩であり、同級生であり、最終的には後輩になった男だ。
術式構築理論学の権威で、これに関しては彼の右に出るものはそういない。
そもそも魔術は、基本的に魔方陣を組んで展開するものである。簡易的なものであれば、魔術学院を卒業した魔術師なら可能だ。しかし、レティシアのように何でもかんでも無術式での魔術展開ができるものはいない。レティシアが"天才"と称される要因の一つである。
例えばウィリアスタやアレクセイは、簡単な結界を張る程度なら術式無しでも可能だが、例えばこの学院全体を覆う結界となると魔方陣は必須だ。
在学中、レティシアがあっさり無術式展開をやってのけたのを見た彼はいかに魔方陣が素晴らしいか、かつそれを簡易的に美しく構築することが美術的か訥々と語ったのである。レティシアが魔方陣を構築しないのは、無くても展開できるし単に面倒だからなのだが、カミルにはそれがお気に召さないらしい。彼も大変優秀なので、いざという時には陣無しで準攻撃魔術の展開くらいは出来るのだが。
同学年だった時、たまたま彼と同じ授業を選択したのが出会いだったのだが、術式構築が面倒だから簡略化して最終的には無くしたいレティシアと、美しく華麗な魔方陣を構築したいカミルは最後まで嚙み合わなかった。レティシアが先に進級して接点が無くなるかと思ったら、魔術学院内で見かけると必ず話かえられるようになってしまった。
結局、レティシアが卒業するまでなんだかんだ一緒に勉強したり、時には議論―――たまに度が過ぎて口論になる―――したり、卒業後も魔術学院との連絡役だったりで交流が続いていた。
「本日の授業はここまでです。あ、ノーズフィーリア嬢。少々お話がありますので、放課後僕の教員室まで来てくださいね。では、来週お会いしましょう」
カミルのにこやかな笑顔を見ながら、レティシアは涙目でウィリアスタに訴えた。
「…ウィル、ちょっと一ケ月程引きこもってきていい?」
もちろん、笑顔で却下された。
次回更新は土曜の予定です。