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波乱(?)の幕開け

 

 しばらく三人で談笑している(リオネルはレティシアの前で丸まって寝ているので静かである)と、続々と生徒たちが集まってきた。


(……ものすごく注目されている気がする)


 無論、気のせいではない。

 二年時の時には確実いなかった人物が増えており、かつ王太子ウィリアスタとその親友アレクセイに囲まれたレティシアは、それはもう目立っていた。

 さすが高位貴族しかいないだけあり、表立って声をかけたりじっと見つめてきたりなどしないが、先程からちらちらと視線を向けられているのが嫌でも分かる。

 ちなみに、社交の場においては自身より上の爵位の人間には自発的に話しかけることは失礼に値するが、王立学院の中-----とりわけ教室内ではその制度(マナー)は不問とされている。


 レティシアの前にいる小さな黒竜も相まって目立っているであろうことは明白だった。使い魔が居れば連れてきていいとのことだったし、魔術学院では大半の生徒が何かしら連れていたので疑問に思うこともなかったが、よくよく考えれば王立学院の生徒が使い魔を連れているわけがない。

 真っ白な国家魔術師のローブを着ていても視線を感じるが、それとはまた別の意味を持つ視線にレティシアは大変居心地が悪くなった。やっぱり帰りたい。


「しょうがないよ。国家魔術師に会える貴族なんてそういないからね。特に君は引きこもりだし」

「すごく悪意を感じるのは気のせいかしら」

「俺もお前以外の国家魔術師にはそう会わんからな。ま、王家に仕える魔術師なんだから当たり前だが」


 国家魔術師はその名の通り、仕事を依頼できるのは王家のみである。一般的な魔術師は魔術師協会に所属した後は、個人で店を構えるか、どこかの貴族お抱えになるか、はたまた魔術塔の管理部門(便宜上宮廷魔術師と呼ばれることもある)もしくは魔術師団へ配属されるかのいずれかになる。

 反面、国家魔術師は王宮内の魔術塔内にある研究室を与えられ、そこで国から依頼されたものや個人的にやりたい研究をするのが常だ。

 この国では年に一度、魔術品評会が行われる。そこで何かしら研究の成果を出さないと国家魔術師資格の剥奪も有り得るため王家からの依頼と並行して自身の研究を行うのは中々大変だったりする。

 要するに、宮廷魔術師とは違い国家魔術師は全くと言っていい程自分の研究室から出てこない上に、公式行事では与えられた色のローブを身に纏いフードも深く被ってしまうため実を言うとあまり国民に顔が知られていない。研究発表等も個人の名前を明かさないので、レティシアが国家魔術師である事は公然と知られたことではないのだ。


 故に、どう見ても普通の少女が使い魔らしき黒竜を連れているので、怪しい物でも見るような視線を向けられてしまうのだった-----まあ、半分くらいは嫉妬も混ざっていそうではあるが。


「ウィリアスタ殿下のお隣、エルネスティーヌ様じゃありませんのね」

「中等科の頃から、殿下のお隣は決まっておりましたのに……」


 ひそ、と、そんな声が聞こえてきてレティシアは声がした方に視線を向けた。途端、こちらを見ていた二人の伯爵令嬢たちが顔を背ける。

 エルネスティーヌ、というと、恐らくエルネスティーヌ・ファーレンハイト公爵令嬢のことだろう。確か、十数年前に、当時の王弟が臣下に下った際興された貴族だ。座席表は、同位貴族の男女が隣合わせとなるよう組まれているようだったので、ずっと席が隣だったのはその為だろう。

 無論、今レティシアがウィリアスタの隣なのは護衛任務の為に他ならないが、外野の生徒は知らないことだ。

 後で面倒なことにならないといいけど、と思ったところで、始業のベルが鳴った。


「はいはい、皆さん席に着いてくださいね。本日は始業式ですが、軽く授業もありますからね」


 ベルと一緒に入ってきたクラス担任は、指をちょちょいと動かして魔方陣を築き、白板に書かれた座席表を消すとレティシアの名前を魔力文字で表した。魔力で編まれたその文字の横に、レティシアの顔も一緒に映し出される。


「転入生をご紹介しますよ。レティシア・ノーズフィーリア嬢です。貴族ではありませんが、大変優秀かつ王家からの推薦のためこのクラスに転入されました。ノーズフィーリア嬢、自己紹介をお願いできますか?」


 ちょっと色々聞いてない情報が飛び込んできたが、今それを隣で楽しそうなウィリアスタに問いただせるはずもない。王家からの推薦って、なんだそれ。

 レティシアは渋々立ち上がると、とりあえず当たり障りのない自己紹介をしてみることにした。


「レティシア・ノーズフィーリアです。よろしくお願い致します」


 立ち上がり、お辞儀(カーテシー)をするのも忘れない。貴族ではない、という説明の後に、高位貴族さながらの礼を見ればここにいる生徒にはただの平民ではないことくらい伝わるだろう。

 実際、レティシアの礼を見て驚いたような声も微かに聞こえた。


「はい、結構ですよ。では、三年時の授業についてご説明しましょう。説明が終わったら、本格的な授業は明日からになります。それでは-----」


 その後、三年時の一年間の流れを説明され、その日は解散となった。

 結局ずっと寝ていたリオネルを起こそうとしたところで、


「-----ごきげんよう、ウィリアスタ殿下」

「……ああ、ごきげんよう、ファーレンハイト公爵令嬢」

「いやですわ、エリー、と呼んでくださって構いませんと、いつも申しておりますのに」


 ころころと笑いながらとんでもないことを言う少女-----先程、伯爵令嬢が口に乗せていた公爵令嬢こと、エルネスティーヌ・ファーレンハイト公爵令嬢に、ウィリアスタは無言の笑顔で答えた。

 レティシアの知識が間違っていなければ、それは婚約者にのみ許されることではないだろうか。


 巻きの強い豪奢な金髪に、森を思わせる深い緑色の瞳。少々釣り目がちのそれは猫のような愛らしさを感じる。女性にしては少々高めの背だが、長い手足も相まって惚れ惚れするようなスタイルだ。

 一つ一つの所作は完璧な貴族令嬢のそれで、育ちの良さがとてもよく分かる。

 その割には随分と非常識な戯れを口にするな、とレティシアは突然やってきたエルネスティーヌを見上げた。

 レティシアと目が合った途端、まるで威嚇する猫のようにその目が鋭くなる。


「……あら、どちら様かしら?見掛けないお顔ですこと」


 ついさっき自己紹介したのに、もう忘れたのだろうか。言外に含まれる嫌味には気付かないふりをしたい。


「……レティシア、と申します。以後お見知りおきを」

「エルネスティーヌ、と申しますわ。あなた、貴族では…ありませんわよね。王妃様のお茶会で一度もお見掛けしたことございませんもの」

「ええ、まあ…」

「まあ……そんな方が殿下のお隣だなんて、きっと先生が間違えてしまわれたのね。僭越ながら、わたくしから先生に申し伝えておきますわ、殿下」

「必要ないよ。()()()を私の隣にするよう言ったのは私だからね。余計な気遣いは回さなくていい」

(火に油を注ぐなーーーー!)


 にこにこと口元だけで微笑みながら、エルネスティーヌの言を退けたウィリアスタが怖い。

 怖いが、今その呼び方をされるのは非常にまずい。ウィリアスタが何を考えているのかレティシアにはさっぱりわからなかった。怖過ぎてエルネスティーヌの顔が見れない。

 確かに王妃様のお茶会に参加したことはないが、それはその「お茶会」自体王妃様の公務の一環でしかないからだ。王妃様個人のお茶会には何度も招かれていることが知れたら……そこまで思って、レティシアはそれ以上考えることをやめた。


「そ、そうでしたの?申し訳ございません、わたくしったら早とちりしてしまいまして……。カールハイツ様も、この方をご存知ですの?」

「勿論。俺の大事な子だよ」


 にっこり、こっちは人好きのする笑みでアレクセイが答える。だから火に油を注がないでほしい。

 この二人は本当にこういうところが良く似ている。非常に厄介だ。


「け、結構なことですわ。……では、わたくしはこれで失礼致しますわ。ごきげんよう」

「ああ、気を付けて帰ると良い」

「お気遣い痛み入りますわ」


 お手本のような礼をして、嵐-----基、エルネスティーヌは去って行った。

 途中からレティシアは一言も声を上げられなかった-----怖い、怖過ぎる。

 ほっと息を吐いたところで、相変わらず呑気に寝こけているリオネルをつんつんつついた。ご主人様が困っているとき、この黒竜はいつもこうだ。今日はおやつ抜きにしてやろうか。


「もう、何なのウィル……勘弁してよ」

「ごめんごめん。ちょっと面白くなっちゃって」

「義兄さまも!ウィルに同調しないでほしいわ」

「面白そうだったからつい」


 つい、で人を弄ぶんじゃない。


「さ、俺たちも寮に帰ろうか。荷物は運び終わっているはずだよ」

「俺の部屋はウィルの向かいだからな。何かあればいつでも来い」

「はぁ……もうやだ、研究室に帰りたい……」


 それで向こう二月くらい引きこもって研究に没頭したい、と切実に思うレティシアだった。


 -----こうして彼女の学院生活は、幕を開けたのである。





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