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いざ、王立学院へ!

 

 かたことと音を立てて、馬車が王立学院の前に停止する。

 滑らかにエスコートされながら馬車から降りたレティシアは、目の前の建物を見て目を丸くした。

 三年しか通わなかったが、魔術学院とは随分雰囲気の違うそれに素直に驚いたのだ。


 青はこの国の禁色だ。本来であれば王族以外身に纏うことは許されないその色を、王立学院に通っている間だけはその制服を着用することで許容される。

 それは、国に認められ、貴族の一員になるべく励んでいますという意思を示す為である。故に、その制服を纏って貴族らしからぬ言動をすることは学生であろうとも許されない。

 王立学院もまた、その青を基調とした建物だった。白亜の煉瓦の上に、空に溶け込みそうな青い屋根。壮麗な門は登校してきた生徒たちの為に今は開門されているが、登校時間を過ぎると閉じられてしまう。

 魔術学院は全体的になんだか黒かった(魔術師のローブが黒いからかもしれないが)ので、圧巻だし妙に煌びやかでまぶしい。今すぐ帰りたい。


「……レティ、来て早々帰りたくならないの」

「だって…なんかきらきらしてて…目が痛い」

「伝統と格式ある王立学院に対して何という物言い…それも王太子(おれ)の前で」

「~~~~さ、さぁ行きましょうウィル!始業式が始まってしまうわ!」


 ウィリアスタがそれはそれは綺麗な笑顔で見つめて来たので、レティシアは慌てて話を逸らし歩を進めた。片手はウィリアスタの制服の袖-----ちなみに、男子の場合ケープではなく片方だけ腰程の長さの青色のマントが付いた白のジャケットに、女子のリボンと同色のタイ、白のスラックスである-----を掴んでいる。

 くすくす笑ったウィリアスタはその手を掴み手を握ると、今度はレティシアを引っ張って歩き出した。途端にレティシアは眉間に皺を寄せる。


「もう子供じゃないんだから、繋がなくても…」

「たまにはいいでしょ。レティ迷子になるかもしれないし」

「なりませ…ん。たぶん」

「信用できないなぁ」


 ちょっと方向音痴なレティシアは、断言できず悔しそうな顔になる。それを見たウィリアスタは、更に楽しそうに笑った。

 -----ウィリアスタはこうやって、出逢ったその日からずっと、レティシアの手を引いてくれる。

 実はそれがひそかな喜びであることは、本人には絶対言えない。

 ……ばれてそうな気はするが。



 *    *    *


「……何なんですの、あれ」


 その女生徒は、目の前の光景が凡そ信じられなかった。

 王太子は清廉潔白、品行方正を絵に描いたような完璧な王子様で、その容姿も相まって令嬢達の間で絶大な人気を誇る。

 フェストール王国では、男は十八、女は十六にならないと婚約できない。それは、数代前の王の御世に政略結婚が横行し、年端も行かぬ少女たちが人身御供の如く自分の父親と同じか、それ以上の貴族に強制的に嫁がされ、口にすることすら憚れる目に合ったり、まだ身体が出来上がってないのに子を宿し、出産と同時に命を落とす事例が多数発生したため、時の王は貴族達に利己的な結婚を子に強要することを禁じ、また本人たちの了承無しに婚約できないよう分別のつく年齢まで婚約を禁じる法律を作った為だ。ちなみに、結婚は双方十八にならないとできないことにもなっている。

 現王太子であるウィリアスタは今、十七歳だ。今年の誕生祭で、もしかしたら婚約者が発表されるのでは-----そしてその相手は、ウィリアスタのご学友として親しく、年も爵位も申し分ない公爵令嬢ではないかとまことしやかに囁かれている。

 その「公爵令嬢」こそ、楽しそうに歓談する-----実際には憎まれ口の応酬だが声が聞こえない分傍から見るとそう見える-----見知らぬ小柄な少女と、王太子ウィリアスタを見つめる女生徒だった。

 ウィリアスタは、特に女性と接する時は常に他意を感じられない貴族的な微笑み(アルカイックスマイル)であった。その彼が、初めて見ると言っても過言ではない笑みをその顔に浮かべ、柔らかい温度で少女を見つめているのだ-----しかも、()()()()()


「……っ!」


 ギリ、と皺が寄るのも構わずスカートを握り締める。自身には一度足りとも向けられたことのない笑みと瞳を一身に受ける少女に、女生徒は激しく嫉妬した。


「……お父様に、お知らせしなくては」


 小さくそう呟くと、すっと二人から視線を外し始業式の会場へと足を進めた。


 *    *    *


 レティシアは始業式で生徒会長-----要するにウィリアスタ-----の有難みの欠片もない演説を半分うとうとしながら袖で聞いていた。後でばれたら怖いが、眠い物は眠いのだから仕方ないと開き直る。


「ここではいつも通りで構わないよ。教育内容の兼ね合いでクラス分けされてはいるけど、この学院内では皆平等に同じ"生徒"だからね」

「そういうものなの?わかったわ」

「ここでは王族も一生徒であることには変わらないよ」


 ふぅん、と返して、そういえば魔術学院では生徒の名前はおろか家名すら知らない生徒ばかりだったなぁと思い返した。ここではそんな訳にもいかないので、優秀な頭脳を有効活用して現在高等科に所属している生徒の顔と名前と簡単な家の情報くらいは頭に入れてきているが。

 一度読んだ本は忘れない頭で、よかったような恨めしいような。


「ここが教室だ。一等科は基本的に中等科からメンバーが変わることがない。後で自己紹介させられるだろうから、頑張ってね」

「聞いてないけど!?」

「言ってないからね」


 爽やかな笑顔で言われると、余計に腹が立つ気がするのは気のせいだろうか。


「おはよう、ウィル、レティシア。相変わらず仲良しだね」

「おはようございます、義兄さま。どこをどう見たら"仲良し"だと思うの?」

「どこをどう見ても仲良し、だよ」


 白板に書かれた座席表の通りに席に着いたところで話しかけてきたのは、レティシアの兄弟子であるアレクセイ・カールハイツだ。漆黒の髪に紫紺の瞳を持つ、これまた大変な美男子である。

 レティシアは北区で生活し始めて二年が経過した頃、たまたま魔術が使える子供がいると聞いて探しに来ていた第一魔術師団長の前でうっかりそこそこ大きな魔術を披露してしまい、あっさりつかまってしまったのである。以来、後見人兼師匠として、国家魔術師になるまでその魔術師の家に世話になったのだが、彼はその魔術師の息子だった。無論、先に師事していたが故「兄弟子」ではあるが、魔術師としての技量はレティシアの方が遥かに上である。

 それを知ったアレクセイは、「じゃあせめてにいさまって呼んでよ」となぜか要求してきたため、そのように呼ぶようになった-----ちなみに、彼の妹にも「義姉さま」と呼ばれ妙に懐かれている。


 ウィリアスタの師も、アレクセイの父親だ。レティシアにとってはウィリアスタもまた兄弟子に当たるのだが、「じゃあウィルもにいさまって呼んだ方がいい?」と幼い頃無邪気に訊いたらなぜか妙に怖い笑顔で「僕のことはウィルでいいんだよ」と返された。あの頃はまだもう少し可愛い気があったのだが-----いつからこんな風にひねくれたんだろうか。


「なぁにレティ。なにか言いたそうだけど」

「……別に。ちょっと昔を思い出しただけ…昔のウィルはかわいかったなぁって」

「今はかっこよくなったでしょ?」


 小首を傾げて下から顔を覗き込まれ、否定できないレティシアは知らない、とそっぽを向いた。

 後ろで一部始終を眺めていたアレクセイは、俺は一体何を見せられているんだ、と遠い目をしていた。









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