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昨日更新できずすみません。
「憂鬱だ……」
「まぁまぁ。レティシアさま。そんなお顔をなさっては台無しですよ」
どよんとした顔をしていると、王太子宮所属の侍女が朗らかに微笑んだ。目を閉じてください、という言に従うと、ふわりとブラシが乗せられる。アリスというこの侍女は、レティシアが何かしらでドレスを着る際毎回使わされる侍女だ。
王太子宮―――つまり、ウィリアスタの住まう宮に勤める侍女の採用条件は一に侍女としての能力が高いこと、その次は既婚者であることなので、身分はあまり問わない。アリスもまた子爵婦人ではあるが、毎朝夫と出仕しているらしい。通常夜勤がつきものだが、ウィリアスタは護衛の騎士以外要らない、と本人が言うので夕方になればしっかり帰れる王太子宮の侍女は既婚女性に人気の職業である。
「―――出来ました。ああ……本当にお可愛らしいですわ!妖精のよう……」
「褒め過ぎよ、アリス」
「いえいえそんなことは!これなら王太子殿下も見惚れてしまうでしょうね」
そんなバカな、とレティシアは思ったが口には出さなかった。どうにもこの侍女はレティシアを過大評価している節がある。第一、見惚れるとしたら―――。
「レティ、準備できた?」
軽いノックにアリスが反応すると、ウィリアスタが入ってきた。レティシアは夏季休暇中、「魔術塔に行ったら引きこもるでしょ」とウィリアスタに一蹴されたため王太子宮の一角にある客室に部屋を借りている。護衛という仕事上、否とは言えなかったので渋々ながら居候していた。
姿を現したウィリアスタは、それはもう煌びやかだった。白を基調にし、ところどころに青と金が映える正装はウィリアスタに良く似合う。少し前髪を流しているのも普段はあまり見れない姿だ。ちなみに、ウィリアスタの後から出てきたアレクセイは黒を基調にしており、二人並んでいると対照的で惚れ惚れする程美しい。
「うん、よく似合っているよ、レティ」
「…………どうも」
誰よりも麗しいウィリアスタに言われたところで、と思わなくもないが頷いておく。相変わらず無駄にかっこいいな、と思うが中身を思い出して何とか見惚れずに済んだ。
「…………すごいなあのドレス」
「ええ、それはもう」
その後ろで、アリスとアレクセイは何やらひそひそと会話していた。レティシアのドレスは幾重にも重ねたオーガンジーがふわふわと揺れる。一枚一枚は薄い青だが、重ねることで濃い青色になるよう絶妙に調整されていた。上身頃は白で、裾に向かって綺麗なグラデーションになっている。その裾を、精緻な金色の刺繍が彩っていた。レティシアの銀の髪は上半分だけ複雑に結われ、下半分はそのまま下ろしている。髪飾りは瞳と同じ星空のように銀色を散りばめた濃紺だ。
確かに高そうという意味ではすごいが、アレクセイの口ぶりではそう言った意味ではなさそうだ。そもそも、元平民のレティシアとアレクセイでは金銭感覚が大分違う。不思議に思って訊いてみたが、二人とも明確には答えてくれなかった。
「さあ、そろそろ時間だ。―――頼んだよ、アレク」
「言われずとも」
大体まだレティシアは俺の妹だ、とブツブツ言っているアレクセイを笑顔で黙らせたウィリアスタは、またあとで、と手を振って先に出て行った。王族は出てくる扉が違うからだろう。ちなみに、この国では十八歳まで婚約者を決定できない背景から、既婚者を除きパートナーの有無は任意だ。特に、王族は婚約者が決まるまでは王家揃って姿を見せる慣例がある。
アレクセイは本来ウィリアスタの護衛なので傍に侍るが、今回は侯爵家嫡男として出席するせいかレティシアと一緒に出るらしい。アリスに礼を告げ、アレクセイと共に会場へ向かう。招待状を見せて入れば夢のようにキラキラした世界が広がっていた。
「…………帰りたい」
「ウィルに怒られるぞ」
「…………分かっているわよ……!」
レティシアは明るいところが苦手だ。昼間のように明るい舞踏会会場なぞに長居したくはないが、そうも言ってられない。
アレクセイと共に会場を歩きながら、注意深く周囲を確認する。どうやら侵入者防止と魔術を使ったら即座にとらえる魔術を会場全体にかけているようだった。
「ふぅん……?これなら蟻の子一匹も入れないのでは」
「ああ。今日の結界は赤の魔術師が張ったらしい」
「道理で」
赤の魔術師とは、国家魔術師の一人で主に結界術を得意とする。天才と呼ばれるレティシアだが、彼の魔術師の張る結界を破壊するのは容易ではない。できなくもないが、魔力が尽きてしまう可能性の方が高いだろう。それならレティシアはやはり不要では、と思ったが来てしまったものはしょうがないので口にはださなかった―――もっとも、外部犯である確証もない。
―――と、にわかに周囲が騒がしくなった。
「見て、ウィリアスタ殿下よ!」
「レオナルド殿下もいらっしゃるわ!」
「本当に美しいご兄弟ですこと」
国王夫妻と並んで出てきたウィリアスタは、こうしてみると本当に立派な王太子である。
国王と王妃のファーストダンスの後、令嬢達に囲まれたウィリアスタはエルネスティーヌの手を取るとダンスホールの中心へ向かい、踊り始めた。
今回の舞踏会は国王主催の、暑い夏を楽しく乗り切ろうという趣旨のものだ。王都近辺に住まう著名な貴族が招待されているので、公爵家の面々もいるのだろう。
国家魔術師とは言え平民と変わらないレティシアを見つけたら面倒なことになりそうだな、と思ったレティシアは、極力彼女の視界に入らないようにしようと心に決めた。
ウィリアスタはその後、幾人かの高位貴族の令嬢と平等に一回ずつ踊ると、壁の花になっていたレティシアとアレクセイのところへ来た。アレクセイが飲み物を渡すと、くいっと一気に飲み干してしまう。
「ありがとうアレク。まったく、毎度毎度面倒なことこの上ないね」
「ははは。王太子サマは大変だなぁ」
「そういうお前も、令嬢たちと踊ってきたらどうだ」
話しかけるタイミングをうかがっているであろう令嬢がちらほらいる。横にいるレティシアが誰か分からず声を掛けられずにいるようだ―――侯爵家のアレクセイを自ら誘えるのは同格か上位の爵位を持つ家の令嬢のみ、という制約もあるから、ちらちらと目線を寄越す令嬢は伯爵位以下なのだろう。
「俺は面倒だから良い」
「あら、にいさま。社交も大事な跡取りの役割なのでは?」
「レティシアまで俺を売る気か?」
「―――ご歓談中失礼いたします」
三人で談笑していると近衛の一人が話しかけてきた。アレクセイが耳打ちされ、その内容をウィリアスタにも耳打ちする。どうやら何かあったらしい。
「すまないレティ、少々席を外す」
「一人で平気か?」
「認識阻害の結界でも張っておくわ」
少々呆れた顔をされたが、二人連れ立って奥へ姿を消す。レティシアは侍従が配る飲み物を一つもらうと、ずっと立ち止まっているのも疲れるので会場端の椅子へ腰かけて待つことにした。
リオネルには会場周辺の見回りを頼んでいるので今は近くに居ない。ふと、レティシアは久々に静かだな、と思う。最近は常に周りに人がいて、騒がしかった―――が、存外嫌ではなかったことに気づいた。
次回更新は1/12の予定です。




