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レティシア・ノーズフィーリアは平凡でいたい  作者: 睦月始
第五章:敵の影
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章の形式を変更しました。驚かれた方がいたらすみません。

 

 いろいろあった校外学習も、終わりの兆しを見せていた。

 校外学習最終日。今は生徒たちが待ちに待ったダンスパーティーのお時間だ。明日からは夏季休暇なので、皆浮足立っている。

 一応学校行事なので全員制服だが、家から迎えとお抱えの使用人たちを呼び寄せ髪や化粧を施し、綺麗に装っている。こういうところはお気楽なおぼっちゃま学校らしいわね、とレティシアは甘く味付けされた炭酸水を飲んでいた。残念ながら、レティシアはこの中で唯一酒が飲める年齢に達していない。


「まぁ、御覧になって。エルネスティーヌ様と殿下よ」

「お綺麗ねぇ……お似合いだわ」

「殿下も楽しそうじゃありませんこと?」


 ひそひそと聞こえるように、少し離れた位置で令嬢達が囁き合っている。彼女たちの視線の先を追えば、エルネスティーヌとウィリアスタが踊っていた。このクラスで最高位の二人がファーストダンスを踊るのは、ある意味当然と言えるだろう―――王宮で開かれる夜会の、予行練習のようなものなのだから。

 確かに二人とも見目は良いのでお似合いと言えばお似合いかもしれない。だが、ウィリアスタのあれはただの猫かぶりだ。レティシアからしたら一周回ってうさんくささすら感じる。

 その程度のことすら見抜けないようでは、彼女たちはまだまだなのだろう。


 その後、ウィリアスタは数人の高位令嬢と踊り、爽やかな笑みを浮かべてダンスホールを後にした。

 そのままこちらへ歩いてくるので面倒な、と内心思いつつ、お疲れであろう王子様をねぎらうべくレティシアは飲み物が置かれたテーブルから一つ取り手渡してやる。


「ああ、ありがとうレティ。お、これは美味い」

「大変だなぁ王太子サマは」

「ねーにいさま。私には真似できそうにないわ」

「…………君たち、喧嘩なら喜んで買うよ」


 滅相もない、と二人して笑う。ダンスを数曲立て続けに踊ったことを労った言葉ではないことくらい、ウィリアスタはお見通しである。

 まったく、と一息吐くと、ウィリアスタはレティシアの髪に触れた。


「今日は随分手が込んでいるね」

「リオネルがやったのよ。ちゃんとしろって言われた」

「ああ……あの黒竜サマはなんか、お前の髪弄るの好きだよな」

「楽しいんですって」


 レティシアは会場中を飛び回りあちこちに置かれた料理を堪能しているリオネルを見やる。存外ちやほやされるのが好きな黒竜は、令嬢たちにもあれもこれもと貢がれてご機嫌そうだ。威厳の欠片もない。


「レティ、楽しかった?」


 不意に、ウィリアスタが聞いてきた。何やら優しい眼差しにどぎまぎしていると、いつものように頭を撫でられる。

 正直言って面倒なことこの上ない。色々バレるし、厄介なのろいまで出現するし。その”のろい”は、結局何も手がかり掴めていないし。

 ―――けれど。


 会場を見渡していると、少し離れた向かい側にいたクラスメイトと目が合い、にこにこと手を振られる。レティシアも微笑みながら手を振り返すと、ウィリアスタを見上げて弾んだ声で告げた。


「…………楽しかった」

「…………そっか。なら、よかった」


 少し顔にレティシアの横髪を耳にかけ、恭しく手を差し出し一礼する。会場に流れる音楽は、最後の一曲のようだ。


「私と踊っていただけますか、レディ?」

「ふふっ。しょうがないから踊ってあげる」


 ウィリアスタの手を取り、ダンスホールへと連れ立って進む。向かい合って踊り始めた二人は息ぴったりだ。幼い頃から二人でダンスの練習をしていたので、当然といえば当然だが―――ちなみに、アレクセイの相手は妹である。ウィリアスタが許さなかったので。

 令嬢からのダンスの誘いを適当にあしらいつつ、アレクセイはその光景を眺めていた。実に優雅である。


 程なくして、音が止む。

 互いに一礼すると、ウィリアスタはレティシアの手を取り指先にキスを落とす。それに対し、レティシアは頬を染めながら何やら抗議していた。そのまま退室する気らしく、ウィリアスタがアレクセイに軽く視線を寄越してきた―――邪魔するなよ、と。


「…………」

「ま、なんだ……その、元気だせ」


 ぱたぱたと飛んできた黒竜が、俯いて額に手を当てたアレクセイを雑に慰めた。


 *   *   *


 ―――その光景を見ていたのは、アレクセイだけではなかった。

 手に持った扇が軋む程握り締めながら、エルネスティーヌは歯噛みする。

 さっきまで幸せだった気持ちが、真っ黒な怒りに塗りつぶされていった。


 ウィリアスタと踊った後、友人たちの元に戻ったエルネスティーヌは称賛の声を浴びた。美しかったですわ、や、まるで一対の羽のようでしたわ、など、褒めそやされてとても気分が良かった。

 いい気分で酒を楽しみながら、他の男に誘われても「少々酔ってしまって……それに」の一言と同時にちらりと他の令嬢と踊るウィリアスタを見れば、相手は勝手にエルネスティーヌはウィリアスタ以外の男と踊るな、と言われているのだ、と勘違いしてくれる。それを見た友人たちもまた、エルネスティーヌをちやほやしてくれた。

 自尊心が満たされて、そろそろダンスの時間も終わり、引いてはダンスパーティーも終わりに近づく最中―――エルネスティーヌはその光景を見てしまったのだった。


 エルネスティーヌとウィリアスタがファーストダンスを踊ったのは、そういう規則(ルール)だからだ。無用な争いが起きないように、学年の中で一番位の高い貴族は次点の貴族と踊る、という決まりがある。

 だから、ウィリアスタがエルネスティーヌの元に来た時「ファーレンハイト嬢、今日はよろしくね」とにこやかに微笑み、片手を出しただけでも、ダンスが終わった後「良い時間(とき)を」と一言告げるだけで手の甲への挨拶(キス)が無くても気にしなかった。

 ―――なのに、()()()はどうだ。礼儀に則ったダンスへのお誘い、明らかにエルネスティーヌの時とは違う距離と、リード。挙句の果てに、女の指先にキスを落としたかと思えばそのまま退室していったではないか。


 ちなみに、ウィリアスタの一連の行動は周囲の男たちへの牽制に他ならないが、そんなことエルネスティーヌが知るはずもない。エルネスティーヌには、ただひたすらにレティシアがウィリアスタへすり寄っているようにしか見えていない。


「エルネスティーヌ様、いかがされましたの?」

「…………なんでもありませんわ」


 淑女の微笑みで感情を押し殺しながら、エルネスティーヌは早く手を打たねば―――と再び扇を握り締めた。




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