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作品タイトルのゴロが悪くて、やっとしっくり来たので少々修正しました。
「―――と、まぁ、そういう訳で幼馴染というか……なんというか」
「どうしてそこで言葉を濁すのかな?レティ」
「自分の胸に聞いてみたら!?」
侯爵家に連れていかれ、そこから国家魔術師になるまで数年程世話になった経緯を話し終えた。侯爵家での初対面の翌日からやけに構ってくる美少年が王太子であると知ったのは、魔術学院の入学式に国王の名代として王家代表として挨拶に来ていたウィリアスタのきらきらしい笑顔を見た時だった。驚愕に固まるレティシアを見て実に楽しそうなウィリアスタの顔がいまだに忘れらない―――護衛として共に来ていたアレクセイは「気づいてなかったのかお前」とでも言いたげな顔をしていた。北区に住んでいた底辺の庶民が、王家の顔を知る機会などある訳がない。
「いやまぁ、それでも気づくと思うぞ。ウィルの瞳の色は王家特有の色じゃないか」
「…………北区ではあんまり目の青い人っていなかったから……」
苦しい言い訳だ。正直興味が無かった―――ずいぶんきれいな青だなぁ、とは思ってはいたが。
”ロイヤルブルー”という名称を持つその色は、確かに王家の人間しか持たない。故に王家の禁色は青なのだ。
ちなみに、ウィリアスタがカールハイツ家にいたのは風習だったそうだ。王家の男児は三年ほど王家を離れ近隣諸侯の家で暮らすのだとか。臣下の家でその家の子供として扱われることで、広い見識を養うことができる、という考えらしい。ウィリアスタは魔術の才もあるとのことで、アルバートへ弟子入りがてらカールハイツ家に来たのだそうだ。
「まぁ……そういった事情がありましたの」
「ご立派ですわ、おひとりで暮らすなんて」
レティシアを取り囲んで話を聞いていた令嬢たちがひしっとレティシアを抱き締めてきた。よしよしと頭を撫でられ、目を白黒させていると、
「お菓子、食べます?」
「…………食べる」
「あらあら。はい、あーん」
菓子を差し出され、反射的に口を開けると放り込まれた。むぐむぐと食べていると「これは……かわいらしすぎないのではなくて?」「殿下がああなるのも分かる気がするわ」と良く分からないことが聞こえてきた。もう一つどうぞ、と差し出されたので喜んで口を開けたのだが、大きな手に口をふさがれてしまった。
「こーら。それ以上食べると夕食食べなくなるから、だーめ」
「む……っ!」
「そろそろ返してもらっていい?」
最後はレティシアを取り囲んでいた令嬢達へ向けた言葉だ。「どうぞ!」とあわててレティシアから手を放す。
「…………嫉妬深い殿方はどうかと思いますけど」
「存外、余裕がないのかもしれませんわ」
「何か言った?」
「いいえ、なんでもございませんわ」
「ええ、なにも」
頭上で何やら会話が聞こえたが、微笑み合っているだけだった―――双方目が笑っていない気がするが、気のせいだろうか。
行くよ、と促されたレティシアは渋々差し出されたウィリアスタの手を取る。それを見た令嬢たちは、まぁ、と声に出さず口元に手を当てた。
「レティシアさま、また明日お話しましょうね」
「私、魔法薬学のことでお聞きしたいことがございますの。教えてくださる?」
明日は午前中だけ講義を行い、午後はダンスパーティーだ。それが終われば五日間の校外学習は終了し、夏期休暇へ入る。明日は寮ではなく、領地や王都の邸宅に戻る生徒も多かった。
薄っすら笑って頷くと、手振って別れた。レティシアが年下なせいか、どうも妙に猫可愛がりされている気がしてならない。
「……あの子、全然気づいていないのではなくて?」
「そのようですわね」
ウィリアスタに流れるような仕草でエスコートされ、それを平然と受ける少女。それだけで、敏い者ならその関係性が見える、というものだ。
先程レティシアが話している間も、後ろでずっと彼女の髪を弄っていた。レティシアがそれに対し何も反応しなかったのは、”いつものこと”だからだろう。
令嬢達は顔を見合わせ、視線を合わせると同時にこくりと頷いた―――二人であの子を守りましょう、と。
* * *
ウィリアスタに「このくらいは食べなきゃダメだよ」と諭されながらなんとか完食したレティシアは、寝巻に着替えると布団にもぐりこんだ。
「うう……お腹はちきれそう」
「そんなに食べてないだろうに」
「なんだってあんなに食べさせようとするのかしら……」
「理由を言ってやろうか?」
「…………いい」
ウィリアスタがあれ程食べさせようとするのは、侯爵家に来た後レティシアがまったく食べなくなったことがあったからだ。ただでさえ細い食が菓子すら食べなくなり、どんどん痩せて行ってしまった。その時、侯爵家の面々はどうにかしようと心を砕いてくれたが、その筆頭がウィリアスタだった。
―――それは、侯爵家に来て一ケ月が経った頃のことこだ。
ある日レティシアは耐え切れなくなった。目の前で繰り広げられる、”平穏な家族”の光景に。優しい人のぬくもりに。絵に描いたような幸せを享受する、その様に。
自室に引きこもり、扉は誰も開けられないよう魔術で細工した。とにかく気持ち悪かった。優しく撫でる手も、温かい食事も、何もかもが。
リオネルさえ追い出し、レティシアは部屋の片隅でずっと蹲っていた。
だから、いやだったのだ。一人なら、こんな気持ちになることはなかった。今まで抱えてた感情の正しい名前を、知ることもなかった。
レティシアは、ずっと寂しかったことに気づいてしまった。
そうしたらもうダメだった。無性に泣きたくなって、でも泣き方なんて分からなくて。色んな感情が綯い交ぜになって、制御が付かなくなった。腹も空かない、眠くもならない。自分でも、今自分がどうなっているのか、どうしたいのか、どうしてほしいのか分からなかった。
真っ暗闇で、このまま死を待つ方がしあわせなのでは―――。
そんなことを思った、刹那。
―――ガッシャァアアアアン!!
物凄い音が響いたかと思えば、バルコニーに面する窓が割れていた。ぱり、とガラス片を踏んで入ってきたのは、太陽のような少年だった。
驚いて顔を上げ、固まっているレティシアを見てにこりと笑うと、彼は何も言わずぎゅっとレティシアを抱き締めてきた―――扉や窓の鍵には細工したが、そういえば破壊防止とか、そういった術式は組まなかったことを、ふと思い出した。
混乱のあまり何も言えずにいると、ウィリアスタもまた無言でレティシアの頭を撫でた。身じろぎしてもびくともしない。十歳と十二歳とはいえ、男女の差を歴然と感じてしまう。
どのくらいそうしていたのか、混乱が落ち着き始めたところでウィリアスタは一言、静かに告げた。
「泣いてもいい、……泣いてもいいんだよ、レティ。今までよく頑張ったね」
「…………っ!」
―――そうだ。レティシアは頑張ってきた。ずっと、ひとりで。
視界が滲む。喉が熱い。制御できない何かが、目から溢れて―――レティシアは、母が死んでから初めて、声を上げて泣いた。
その間、ずっとウィリアスタは頭を撫でていた。わんわん泣くレティシアを、飽きもせずずっと抱きしめたまま。
「レティ、みんな君を心配しているよ。扉を開けてくれるね?」
ウィリアスタに優しく囁かれ、レティシアは扉の魔術を解除した―――途端、カールハイツ家の面々と使用人が雪崩れ込んでくる。
「おわ!?ウィル、お前なぁ……」
「いやでも、助かったのは事実だしな……」
粉々になった窓と、レティシアを抱き締めているウィリアスタを交互に見て、アルバートはやれやれと壊れた窓を修復した。これが出来るとわかってて、ウィリアスタは強硬策に出たのだろう―――レティシアがこもって三日目のことだった。
「面倒をかけて済まないね、師匠」
「いやなに、構わんよ」
ソファに移動したものの、レティシアはウィリアスタにしがみついたまますんすんと泣き続けていた。
「レティ、君三日も食べてないだろう。少しは何か胃に入れないと」
「…………食べたくない」
「そう言わずに、ほら」
膝にレティシアを抱えたまま、ウィリアスタは器用に料理長が持ってきたミルク粥を掬い、レティシアへ差し出す。じっと見つめたあと、おずおずと口を開いた。甘く味付けされたそれが、舌に乗る。
「…………甘い」
「うん、甘いね」
「…………」
もう一口、と差し出され、素直に口を開ける。それを五回ほど繰り返したところで、レティシアは首を振った。
「えらいえらい。ちょっとずつでもいいから、食べていこうね」
「…………」
抱え込んだレティシアの頭をよしよしと撫でる。ひょいっと抱っこしたまま立ち上がり、
「寝かしつけてくるよ」
「いや、しかしだなぁ……まぁ、仕方ないか……よろしく頼む」
ウィリアスタにしがみついたまま離れないレティシアを見て、アルバートは渋々許可を出した。リリーが、「さぁさ、みんなは持ち場に戻ってね。アレクもシャーロットも行きますよ」と屋敷の者を連れ出している。
アルバートが扉を閉めると、部屋はしんと静まり返った。
レティシアをベッドに降ろし、優しく前髪を梳いてやる。
「寝てないんだろう。食事の次は睡眠だ。今は何も考えず、おやすみ」
「…………」
そのまま出ていこうとしたウィリアスタはしかし―――動きを止めた。見れば、レティシアが服の裾を掴んでいる。口を引き結んだまま何も言わないが、瞳は雄弁に語っていた。
さみしい、と。
「…………うん、これはしょうがない。不可抗力だ」
そう呟いたウィリアスタは、靴を脱いでベッドに上がり、今度は布団の中でぎゅっと抱き締めてやる。途端、こわばっていたレティシアの表情は見る見るうちに柔ぎ、同じようにしがみついてきた。
しばらく、髪を梳くようにして頭を撫でていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。前髪を避けて額にキスを落とすと、ウィリアスタはうっそりと嗤った。
「見つけた。絶対に逃さないから、覚悟しておいで」
誰に言うでもなくそう呟くと、ウィリアスタはそのまま目を閉じた。
―――翌朝、侯爵夫人の雷が落ちたのは言うまでもない。
* * *
は、とレティシアは目を覚ました。随分懐かしい夢を見ていた―――昨日の夕方、昔話なぞしたせいだろうか。あの日のことは今思い出しても恥ずかしい。
未婚の男女が子供とは言え同じベッドで眠るなど言語道断。翌朝、様子を見に来たメイドが慌ててリリーへ報告し、ウィリアスタはこんこんと説教されていた。「不可抗力だったんですよ、婦人」と意味の分からないことを宣っていたが。
思えば、ウィリアスタがレティシアを揶揄いながらも甘やかしてくるのはあの日からだったような気がする―――と思いつつ、制服へ着替えたレティシアは部屋の扉を開けた。
「おはようレティ」
「おはよう、レティシア」
「おはよう、ウィル、にいさま」
連れ立って食堂へ向かうと、昨日菓子をくれた令嬢とその友人も声を掛けてくる。またしてもなぜか抱き着かれ、ウィリアスタが引きはがしていた。
「ご主人、楽しそうだな」
「………そうね、楽しい」
そんな風に思ったことなんて、ひとりでいた頃は一度もなかった。
「さみしい」の次は、「楽しい」を知った。「楽しい」の次は、「面白い」を。
そうして様々な感情を教えてくれたことは、レティシアなりに感謝しているのだ。
短いですがキリがいいのでここまでとします。




