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随分冷めたこどもだ、と、アルバートは思った。
十歳だというが、その年齢にしては落ち着きすぎている。誰の力を借りず一人で生活してきたというのだから驚きだ―――娼館で暮らしていたものの、色々あって北区に流れ着いた話は大体聞いたが、普通は十歳の子供が耐えられることではない、と思う。
遠征任務に行く前、幼馴染でもある国王に「ちょっと北区の妙な噂の真偽確かめてきて」と頼まれ寄ってみれば、宮廷魔術師顔負けの魔術行使を目の当たりにして慄いてしまった。一瞬にして目の前から消えたときは、「これは何が何でも連れて帰ろう」と心に決めた。少々の抵抗はしたものの、思ったよりもあっさりついてきてくれて内心ほっとしていた。
レティシアと名乗った少女の姓は、確かに数年前に途絶えた子爵家の姓であった。この国では平民は姓を持たないが、仮に没落してもその姓を名乗ることは許されている。あの家の娘は修道院に行った、と聞いていたが―――恐らくは親が情報操作でもしたのだろう。貴族の中ではよくある話だ。
彼女曰く、顔立ちは母親そっくりだが色彩は父親譲りだという。高位貴族程魔力が高い傾向にあり、現に母親は魔力はほぼなかったそうだ。と、いうことはレティシアの魔力は父親譲りということになるが、顔を知らないらしく特定することは容易ではなさそうだ。これほどの魔力は王家にも匹敵する―――否、もしかすると魔力だけであれば国で一番かもしれない、とアルバートは疑っていた。
レティシアが日々こなしていた”用聞き”は、魔術を使うにしてもそう簡単にできることではない。繊細な魔力制御と、緻密な魔方陣を構築できてこそだが―――レティシアは魔術を使うとき、殆ど魔方陣を用いないようだった。詠唱すら破棄し、ちょっとした仕草だけでなんでもないように使ってしまう。
先程も、馬に乗ったアルバートの前に座らせた途端、きょろきょろと辺りを見回したかと思えばすいっと指を動かして隊列全体を覆う結界を作り出してしまった。聞けば、北区ではよく王都への仕入れへ行く露天商に護衛として同行し、街道沿いにたまに出る魔物から守っていたらしい。
ちなみに、馬に乗ると聞いたレティシアは「……無理だと思うから横で飛んでていい?」ととんでもないことを宣った。理由を訊けば、魔力が高過ぎて怯えられてしまうらしい。そういった例があることは聞いていたが目の当たりにするとは思わなかった。
幸いにも訓練した魔術騎士団お抱えの馬はレティシアの魔力に怯えることなく―――どちらかというとレティシア自身が怯えていたように思うが―――大人しくアルバートの前に座っている。レティシアの肩に乗った黒竜と取り留めのない会話をしていた。
―――そう、この黒竜も異質過ぎる。竜王自ら契約を迫るなど、アルバートは聞いたことがなかった。魔従契約は魔力が高ければ高い程高位の魔物や精霊と契約できるものだが、その分分け与える魔力も多くなる。契約対象へは勝手に魔力が送られる仕組みにも関わらず、レティシアは平然としている。並大抵の人間なら一日も経たずに魔力切れを起こし死んでいるだろう。
そして何より―――とんでもない美少女である。ふわふわした透き通るような銀髪に、星空を閉じ込めたかのような瞳。この強さがなければ、とっくに拐かされて酔狂な貴族に買われていただろう。現に何度か誘拐されかけたが、その度に返り討ちにしていた、と話の流れで言っていた。
「……ねぇ、王都に着いたら私はどうなるの?」
「そういえば説明してなかったな」
北区から王都まで、馬を駆ければ二日程で到着する。昨日街道沿いにテントを張って野宿し―――この時もまたレティシアが結界を張っていた―――もう半刻もすれば着くので、気になったのだろう。
「まずは俺の家で預かることになっている。陛下には俺から説明済みだから安心しろ。……まぁその内、謁見することにはなるだろうけどな」
「なんで?」
「……君のその魔力は希少だからだよ、レティシア」
よく分からない、とでも言いたげに、振り向いた首をこてんと傾げる。手綱から片手を離し、小さな頭をぐりぐりと撫でてやった。
「多分確実に魔術学院へは行けと言われるだろうからそのつもりでいろ」
「ええぇええ~やだ……」
「拒否しても勅命されるだけだと思うぞ」
魔術学院へ通っても、レティシアと同じことが出来る魔術師は一握りだろう。通ってなくても出来てしまうこの少女の未来は、残念ながらもう選ぶことは許されない。
「どうせならさっさと卒業して国家魔術師にでもなっちまえ。そしたら好きなこといくらでも出来るぞ」
「……ずっと魔方陣とか、新しい魔術の研究とかできるってこと?」
「おーできるできる」
ふぅん、と少しの興味を含んだ相槌のあと、じゃあなろうかななんて言っている。さすがのアルバートも、この時はまさかこの後三年で本当になってしまうとは思ってはいなかった。
* * *
「着いたぞ。我がカールハイツ家へようこそ」
「…………」
目の前に聳え立つ白亜の城―――レティシアにはそう見える――――を見上げて、お金ってあるところにはあるんだなぁ、とレティシアは遠い目をした。カールハイツ家の領地は王都から馬車で数週間程行った先、国防の要の一部でもある地域にあるから、王都にある屋敷はタウンハウスのはずなのだが。
「お帰りなさいませ旦那様。おやおやこれは、かわいらしいお嬢様をお連れで」
「ハーマン、ちょうどいいところに。彼女を湯あみに連れて行ってくれ。ついでに着替えも―――シャーロットの服で着れそうなものがないか?」
「そうですな……随分と小柄でらっしゃいますから、何かしらあるかと思いますよ」
「という訳だ。行ってこい」
「え?ええぇ!?」
「リオネル殿は俺と一緒にこちらへ。菓子をお出ししよう」
「やりぃ!ご主人!あとでな~!」
うきうきとアルバートの肩に乗り去って行くリオネルは助ける気皆無のようだ。あれよあれよと風呂に連れていかれ、「まあまあ、なんてかわいらしいお嬢様なんでしょう」「見て、この御髪。さらさらのふわふわですわ」「お肌もこんなに白くて……」「まるでお人形さんのようね」とメイドたちにちやほやされながら好き勝手され、「こちらは私共で預からせていただきますわ」と持ってきた着替えではなく、やけにきらきらしいワンピースに着替えさせられた。父から母への貢ぎ物の中にあったドレスと同じ手触りな気がするが、たぶんきっと気のせいだ、うん。
元々人嫌いで人見知りのきらいがあるレティシアは既にぐったりだ。こちらですよとにこにこしたメイドに連れていかれたのは、どうやら応接室のようだった。
開かれた扉から入ると―――そこにはアルバートと、綺麗な貴婦人、見知らぬ少年が二人、自分より少し下であろう少女が一人いた。
「まぁああ!なんってかわいいの!」
優しそうな雰囲気の貴婦人が立ち上がっていそいそとレティシアの手を取り、ソファーへと誘導してくれた。音もなく紅茶が目の前に置かれ、貴婦人はアルバートの隣へと戻っている。
「初めまして。わたくしはリリー・カールハイツよ」
ということは、アルバートの妻―――侯爵夫人だろうか。レティシアは記憶の片隅に追いやっていた令嬢教育を思い出しながら、立ち上がって簡易なお辞儀をした。
「は、初めまして。レティシア・ノーズフィーリアと申します」
「レティシアちゃん!名前もかわいいわ!」
両手を頬に当ててにこにこしている。随分と気さくな侯爵婦人だ。確か元伯爵家の令嬢だったと記憶しているが―――。
「アレクセイ・カールハイツだ」
「シャーロット・カールハイツ、です……」
続いて、黒髪の少年と、淡い金髪の少女が自己紹介してくれた。アルバートとリリーの子供なのは一目瞭然だ。顔もさることながら、それぞれ髪の色彩が同性の親と同じものを受け継いでいる。瞳の色は逆転―――アルバートは紫、リリーは青―――しているのが面白いな、とレティシアは思った。
「……ウィリアスタだ。訳あって今は家名が明かせぬが、許してほしい」
最後に自己紹介したのは、美形揃いのカールハイツ家よりも更に煌びやかな美少年だった。太陽の光を思わせる煌びやかな金髪に、抜けるような青空を思わせる澄んだ青の瞳。リリーやアレクセイの青は少し黒を溶かしたような深みがあるが、美少年―――ウィリアスタのそれは清廉潔白ささえ思わせる、純然たる青だ。
「ウィリアスタは今うちで預かっている友人の子で、俺の弟子だ。レティシアの兄弟子ってとこだな」
「……よろしく」
小さく呟くと、レティシアはそれきり黙り込んだ。わいわいと楽しそうに会話するカールハイツ家と、時折なにか言っているウィリアスタ。レティシアには、眩しすぎる光景だった。
(……居心地が、悪い)
レティシアは、”笑顔が溢れる家”など知らない。使用人たちの雰囲気も柔らかく、主人たちを慕う空気が良く分かる。今の季節は暑くも寒くもない快適な気候のはずだが、レティシアは妙に寒さを感じた。
「―――さて、これからのことを話そうか」
そう言ったアルバートは、今後の話をし始めた。まず、レティシアはカールハイツ家で過ごすことになるらしい。使用人ではなく、弟子のひとりとして遇する―――要するに、ウィリアスタと同じ立ち位置、というわけだった。
「今日は疲れたろうから、夕食まで部屋で休むか?」
少し雰囲気の変わったレティシアを気遣い、アルバートがそう提案するとレティシアはこくりと頷いた。傍に控えるメイドに目配せすると、そのメイドは「さあさ、お嬢様。参りましょうか」とにこやかに案内を申し出てくれた。
「―――リオネル」
「あいよ、ご主人」
ごちそーさま、とアルバートに告げたリオネルは、レティシアに呼ばれぱたぱたと飛んで肩に収まった。ちらりと部屋に残る面々を一瞥し、綺麗なお辞儀で退室する。
(ああ、いやになっちゃうな)
レティシアはメイドに案内された部屋で一人になった後、レティシアは子供らしかぬ顔で嗤う。アレクセイもシャーロットも、アルバートとリリーにそれは愛されて育てられているのだろう。―――リリーは少しだけ、その柔和な空気が母に似ているような気がした。
―――かわいいかわいい、わたくしのレティシア。あの人と同じ色で、幸せね。
いつかの母の声がこだまする。頭の中で鳴るその声は、耳を塞いでも意味がない。
―――しあわせなのは、母だけだ。わたしは、しあわせなんかじゃ―――。
そも、”しあわせ”とは、なんなのだろうか。
父と同じ色というのは母から聞いた。母の顔は、自分が大きくなったらこんな顔になるんだろうな、という顔だった。父の顔を知らないから、仮にどこか似ているところがあっても知る由もないが。
「ご主人、どーした?」
「……なんでもないわ。……ここは、騒がしいわね」
「賑やかでいいと思うぞ、俺は」
「……私は静かな方が好き」
その方が、余計なことを考えなくて済むから。
* * *
―――コンコン。
は、とレティシアは目を覚ました。部屋へ戻ったあと、ベッドへ伏せたらそのまま眠ってしまったらしい。むくりと起き上がり、少しだけ扉を開けると―――金髪の美少年がいた。確か、名をウィリアスタ、と言っていたような。
「起こしてしまったかな?夕食が出来たようだ。今日はみんなで君の歓迎会を兼ねた晩餐会らしいから、一緒に行こう。ああ、ぼくの部屋は隣だから、何かあれば来てくれて構わないよ」
にっこり、と綺麗な顔で笑う少年に目を眇める。いくら子供とは言え、男女が隣でいいのか―――と思ったが、食堂に向かう道すがら差されたその”隣”はだいぶ遠かったので良いか、と思い直した。
「君は物静かだね」
「……話す用もないのに話す意味が分からないだけ」
「ご主人~まぁたそんなこと言って!ごめんな~ご主人人見知りなのよ」
「リオネル、うるさい」
「ふふ。そのうち慣れてくれたらうれしいな」
家名は明かせない、と言っていたが、その立ち振る舞いや雰囲気を見るに高位貴族のおぼっちゃまであることは確かだろう。公爵家か、同格の侯爵家かまでは分からないが、彼もまた慈しんで育てられてきたこども特有の無邪気さを感じる。……レティシアには、無縁だったものだ。
(嫉妬?羨ましいの?わたしは)
今更そんな感情を抱くはずもない。早々に子供でいることを辞めてしまった―――辞めざるを得なかった、とも言う―――レティシアにとって、どうということもないはずだ。レティシアのような子供は、それこそ履いて捨てるほどいる。北区の片隅で静かに冷たくなるこどもよりは幾分かましなはずだ。
ウィリアスタの案内で連れて来られた食堂は、カールハイツ家が勢揃いしていた。レティシアとウィリアスタが席に着くと、アルバートの一言で食事が開始される。
(……量が多いわね)
娼館にいた頃もそうではあったが、北区へ移ってからそう簡単に食料を入手できなくなったのもありレティシアの食はますます細くなった。なんとか二品目を食べ終えた辺りでフォークを置く。
「……ごめんなさい。もう食べられそうになくて。残りはリオネルにあげてもいい?」
「……構わんよ。ハーマン、そのように」
「かしこまりました、旦那様。レティシア様、明日からはもう少しお食事の量、調節いたしますね」
「……ごめんなさい」
いえいえ、と孫でも見るかのように目じりの皺を深くしたハーマンは、レティシアの隣に皿を置き、リオネルは「やりぃ!」と器用にナイフとフォークを使って食べ始めている。
「……なにか?」
リオネルとは反対側―――長方形のテーブルの頂点にアルバートとリリーが並び、リリー側にアレクセイ、その隣にシャーロット、アレクセイの向かいにウィリアスタ、シャーロットの向かいにレティシアが座っている―――の隣から視線を感じ、そちらを一瞥する。ウィリアスタは口の端に笑みを浮かべながら、
「いや、そんなだと大きくなれないよ。君は細すぎる。もっと食べないと」
「そうだぞ~お前が今着ているその服、シャーロットのだぞ。丈は少し短いみたいだが、腰は絞ったってメイドに聞いたぞ?」
「お兄様、デリカシーがない男性は嫌われますわよ」
余計なお世話だ、とレティシアは思ったが、無視して紅茶を喉に流し込む。
「……先程も思ったのだけど、あなた、随分綺麗な所作をしているのね。ああ、ごめんなさい……その、北区に住んでいた、と主人から聞いたものだから、不思議で」
「……母が、子爵家の出なので。小さい頃色々教わりました」
「まぁ、お母さまが……そうなのね」
母が既にないことは、アルバートから聞いたのだろう。リリーはそういうと、労し気に目を細めた。途端、レティシアは妙にこそばゆい気持ちになってしまう。そんな風に優しい目を他人から向けられた経験が乏しいので、こういう時どういう顔をすればいいのか分からない。
「レティシア様、最後のデザートも、食べられそうにないでしょうか。当家お抱えのパティシエが腕によりをかけた逸品ですので、ぜひとも召し上がっていただきたく」
「……リオネルと半分こにして、もらえますか」
「もちろんですよ」
ハーマンは綺麗な手つきでケーキを半分に分けた。各々にも行きわたり、すっかり落ち着いた雰囲気だ。アレクセイとウィリアスタは何やら話し込んでおり、シャーロットは自身の前にケーキの皿ごと移動してきたリオネルと「リオネルさま、ケーキ、おいしい?」「んまいぞー!さっき食ったクッキーも中々だった」などとどお菓子談義(?)を開催している。馴染むの早すぎないか、あの竜。
「……!」
レティシアもケーキを小さく切り、一口食べてみる。確かにこれは美味しい。思わず頬が緩んだ。
「…………」
「―――で、やっぱあの時は……って、どうしたウィル」
「…………いや、なんでもないよ」
カールハイツ家に来てから一切表情を崩さなかったレティシアの不意の笑顔を見たウィリアスタは、つと手を伸ばしてレティシアの頭を撫でた。
「…………なに?」
「おいしいかい?」
「…………ん」
突然頭を撫でられ意味が分からないが、存外心地いい。撫でる手をそのままにして更にもう一口頬張り、むぐむぐと咀嚼する―――なるほど、この味は北区ではお目にかかれないだろう。
その様子を見たウィリアスタが優しく微笑んでいることには気づかないまま、レティシアは綺麗にケーキを完食した。
* * *
全員がケーキを食べ終わった後は歓談の時間になっていた。アレクセイとウィリアスタはチェスで勝負しており、シャーロットはその横でけらけら笑っている。アルバートとリリーは酒を嗜みながら、その光景をしあわせそうに眺めていた。
「だー!!!また負けた!!」
「ふふふ。アレクは本当に弱いね」
「お兄様、ださーい」
「うるさいぞシャーロット!」
何敗目かを期したアレクセイが頭を抱えている。レティシアもなんとなしにその様を眺めていた。
誰も退室しないので自分の部屋へ戻って良いのかよくわかないのだ。ちなみに、リオネルはさっさと部屋へ戻ってしまった。こういう時空気を読まなくていい黒竜が心底羨ましい。
「こどもたちよ、そろそろお休みの時間だ」
「え~もう?」
「しゃあねぇ、ウィル、明日覚えてろよ」
「何回目かなぁそれ聞くの」
やっと解放される、とレティシアは肩の力を抜いた。と、目の前に手のひらが差し出される。
「レティシア嬢。部屋までお送りするよ」
そうにこやかに微笑むウィリアスタを一瞥し、エスコートの為に出された手を敢えて無視して席を立つ。つれないなぁ、という残念そうな声が聞こえたが、それも無視だ。
「レティシア、お休み。良い夢を」
「…………おやすみなさい」
アルバートにそう声を掛けられ、レティシアは虚を突かれた。リリーにも「お休み」と額にキスをもらう―――何年振りだろうか、と咄嗟に思ってしまい―――その考えは無理矢理霧散させた。
優しく頭を撫でられて、気恥ずかしくてもごもごとリリーにもお休みを言い、こどもたちは連れ立って自室へ向かった。元々屋敷の住人であるアレクセイやシャーロットと、ゲスト用の一角をあてがわれているレティシアとウィリアスタは途中で二手に分かれ、そこでも「お休み」を言い合う。
またしても居心地の悪さを感じながら、ウィリアスタと二人そう遠くない自室を目指す。
ウィリアスタは自身の部屋を通りすぎて、そのままレティシアと共に進んだ。怪訝な顔をしたレティシアに気づき、「こんな時間に君一人で帰したりしないよ」と紳士の微笑みを向けてくる。レティシアより二つ上らしいが、空恐ろしい少年だ。令嬢たちからも黄色い声を既にたくさん浴びてそうだ。
レティシアの部屋の前へ着くと、レティシアより先にウィリアスタが扉を開け抑えてくれた。一応礼を言うと、
「お休み、レティシア。いい夢を」
そっと頭を撫で、そのまま少し前髪を避けると額にキスを落とす。突然呼び捨てられたことすら気付かないまま、呆然としているレティシアを見てにこりと笑うと、「また明日」と言い添えて扉を閉め、自身の部屋へと戻って行った。
ふらふらとベッドへ戻ると、傍らに寝巻が置かれている。もそもそと着替え、ふかふかのベッドに横になった。夕食前に寝てしまったせいか、ひどく目が冴えてしまい寝付けそうにない。
怒涛だった。今までは考えられないくらい豪勢な家、食事、服。優しい使用人たち。温かいリリー。突然現れたこどもにも寛容なアレクセイとシャーロット、父親がいたらこんな感じかな、と思わせるアルバートに―――なんだか妙に距離が近いウィリアスタ。
「…………」
レティシアは布団の中で丸まると、目を閉じる。居心地が非常に悪い。ここには、レティシアが知らなかったこと、知らなくていいことが、たくさんあるような気がしてならなかった。
(―――そういえば)
いつまでここにいる、というような期限は聞いてなかった。いつまでなんだろう。永遠というわけではないだろうから、いつかはここから出る日がやってくるに違いない。そうしたら、レティシアはまた一人―――一人と一匹に、戻るのだ。
だから、慣れ過ぎたらいけないな、とレティシアは思う。
いつの日かやってくる、孤独に苛まれないように。
回想はここまです。
今回は長めですみません。




