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レティシア・ノーズフィーリアは平凡でいたい  作者: 睦月始
第四章:過去と今
21/27

5

 

「森に?」


 それは、蜥蜴もどき―――基、黒竜が居ついて二か月ほど経ったころのことだった。

 北区に住まう子供たちが、度胸試しと称して森に行ったまま戻ってこない、と区長に相談を持ち掛けられた。


 北区の裏手には、鬱蒼とした森が広がっている。「魔の森」とも呼ばれるそこは、本来住民は立ち入りを禁止されていた。森を充満する魔力が濃く、淀んだ結果瘴気と化している場所もあり、耐性のない子供なぞ一日で死んでしまう。大人たちにきつく言い含められているはずが、北区の子供たちの中でリーダー格の少年とその取り巻きたちが入り込んでしまったらしい。


 森に行ったのは半刻程前だそうで、正直レティシアは「もう死んでいるのでは?」と内心思ったがさすがに口に出すことはしなかった。


「ああ……まぁ、なんだ、その………あの子たちより下の君に、こんなこと頼むのも心苦しいんだが……」

「……………まぁいいですよ。その代わり、報酬は弾んでくださいね」


 それはもちろん、という区長の言葉にため息を吐きつつ、レティシアは致し方なく森へ足を向けた。生きていようが死んでいようが、このまま放置するのも心象がよろしくないだろう―――死んでいるなら、遺体くらい回収してあげた方がよいだろうし。


「お前さんはほんと冷めてんなぁ」

「うるさいよ。………………あなたも来るの?」

「面白そうだからな」


 肩に乗った黒竜を一瞥すると、黒竜は紅い目を光らせてにかっと器用に笑った。小さいと言えどどう見ても竜で、最上位の金目をしていたら誰でも分かってしまうので、レティシアの魔法で金目を紅にしている。黒くて紅い目の竜なら珍しいがいなくもないからだ。

 ちなみに、本来竜種の中でも最大に大きいはずの竜王―――すべての竜を統べる頂点に位置する竜―――が年齢を考慮してもなお小柄なレティシアの肩に乗れるほど小さいのは、黒竜がそのように調整しているからだ。戻ろうと思えばいつでも元の大きさに戻れるらしい。


 魔力が充満し、通常であれば息すらままらない森の中をさくさく進んでいく。桁違いの魔力を持つレティシアであればこの程度なんでもないのだが、一般的な魔力しかない人間であれば十歩も歩けば呼吸が出来なくなるだろう。

 そんなところに本当にこどもたちが入り込んでいるのか、と疑問に思い、ふとリーダー各の少年を思い出す。確か彼は割と魔力が高めで、取り巻きたちもそこそこだったはずだ。なるほど、それなら森の中に入っても、しばらくは進めてしまうかもしれない。


 ―――と、ふいに視界が開けた―――と同時に、


「ぎゃぁああああ!!!!」

「よ、よるなよるなよるな」

「た、たすけて……………!!」


 探し物ならぬ探し人たちと、その向かいにいる魔物を見つけ、レティシアは心底帰りたくなった。


「て、こら、ここで帰ったらダメだぞ」

「………帰らないけど、あいつらを私が助ける義理、あるかなって」

「これは正当な仕事なんだろ?報酬のために頑張れ」

「そうは言っても………ねぇ」


 魔物―――瘴気にあてられ続けた結果、自我を失い人間を襲うようになった動物の総称―――は軽く百は超えている。子供たちを助けつつ魔物を掃討するには、さすがのレティシアも骨が折れる。

 子供たちを巻き添えにしていいなら余裕だが、そういう訳にもいかないだろう。


「………手伝ってやってもいいぜ?」

「すごく断りたい」

「けど、そうでもしないとこの場は切り抜けられないんじゃないか?」


 呑気に会話している時間も、実際にはない。

 レティシアはため息を一つ吐くと、瞬き一つの間に泣き叫んでいる子供たちと魔物の前に転移した。急に現れた人間に驚いた子供たちだが、レティシアと認めるや否や表情を明るくした。


「た、助けにきてくれたんだな…………!」

「は、はやくそいつらをなんとかしろよっ!」

「………………やっぱり見捨てようかしら」


 野次にうんざりしながら、一瞬本気でそう思ったが後の面倒さを考えてやめた。レティシアは片手を前にだし、表情一つ変えず、穏やかな声で静かに告げる。


「―――我、契約を交わす者として、名を与える。諾するならば応答せよ。―――リオネル」

「―――あいわかった、ご主人(マスター)!」


 くるんっと一回転した黒竜は、子供たちだけを囲って器用に結界を張る。その間にレティシアは手に炎を纏わせ、辺り一帯を囲い込む魔物たちへと放った。ごうごうと燃える炎は的確に魔物を燃やし尽くし、しかし森の木々には一切被害を与えていない。

 炎が消えた後は、百は越えていた魔物たちは塵一つ残っていなかった。


「はぁ……あんたたちのせいでしなくていい契約しちゃったじゃない」

「な、何の話だよ………」

「やっりぃ!これで一生くいっぱぐれねぇな!」


 ウキウキする黒竜―――リオネルを見て、レティシアは契約を破棄しようか本気で思った。先程リオネルと交わした契約は「魔従契約」と呼ばれるもので、魔物や精霊、竜と言った「魔」に属すものたちを従えるための主従契約だ。”主従”と言っても、契約主は契約した魔物たちに自らの魔力を差し出す代わりに、その力の一端を貸してもらう、と言った内容だ。人の理から外れた魔物や精霊、竜たちが人の世界で暮らすためには、一定量の魔力が必要だ。そうしないと魔力が尽きてしまい、最悪死んでしまう。故に魔物はこうした魔力が淀んだ森や、”竜の里”と呼ばれる竜たちが暮らす聖域、精霊たちは”精霊の海”と呼ばれる神域からは通常出てこない。


 リオネルがなぜ人里に降りていたかというと、生まれてからずっと気が遠くなるほどの年月を”竜の里”で過ごしていたため飽きたそうだ。契約できそうな人間を探したが、竜王と契約できる程の魔力を持つ人間なぞそういない。少しでも魔力を節約すべく小さくなって探していたところ、何やら強い魔力を検知してレティシアの家にたどり着き―――今に至るという訳だ。


 ちなみに、主従契約を破棄すると双方反動で死んでしまう。いっそそれでもいいから破棄してやろうか、と思ったが、蜥蜴もどきのために死ぬのも癪なので諦めることにした。

 リオネルがずっと居座ってレティシアと契約したがっていた背景はこういう訳だった。


「ああ……面倒事が起きそうな予感しかしない」

「まあまあ、そう言わずに」


 子供たちと一緒に森の入り口に転移し、そこで待っていた親の元へ泣きながら駆け出す子供たちを眺めながらレティシアはひとりごちた。慇懃無礼に礼を言われ、それなりの報酬をもらいはしたが、子供らしからぬレティシアに対する畏怖を隠しきれていない態度に、今更もう何とも思わないが、気分がいいものはなかった。


「ご主人~帰ろうぜ」

「………そうね」


 複雑な思いが去来したが、黒竜の呑気な一言で霧散する。レティシアはくすりと笑うと、奇異の目を向ける大人たちから視線を外し一瞬で自身の家へと転移した。


 *    *    *


 リオネルと魔従契約を結んで、一年程が経ったある日。

 十歳になったレティシアは、今日も区内で様々な依頼をこなしていた。やれ屋根を直してほしい、枯れた井戸を何とかしてほしい等々実に様々だ。


「お。レティシアちゃんお疲れ~。今帰りかい?」

「………………! ありがとう」


 いつも果物を仕入れる際護衛として同行している露天商の店主から投げられた林檎を綺麗に片手で受け取り、そのまま皮を向いて食べやすい大きさに切ってしまう。あっという間のそれに、店主は感心したように何度か頷いた。


「相変わらず見事なもんだ。……それより、レティシアちゃん、知ってるか?」

「何を?」

「……王都からどうも、魔術のお偉いさんが来ているらしいぜ」


 数個に分けた林檎を宙に浮かべたまま手に取りしゃくしゃく食べていると、店主は声を潜めてそんなことを言ってきた。


「お偉いさん?なんで、また?」

「なんでも、ここで魔術を使っているこどもがいる、って噂が王都(あっち)まで広まっちまったみたいでなぁ………年に何人かは、ここから出て王都へ出稼ぎにいく奴もいるから、そういう奴らが口を滑らせたんだろうが……………」

「………………………それって」

「もしかしなくてもレティシアちゃんのことだな」

「よねぇ」


 果汁でべたつく指を空中に出した水で洗いながら、はっとレティシアは気付いた。いつもの癖でつい魔術を使ってしまうが、こういうのがその”お偉いさん”に見つかったらまずいのでは、いやでもこの程度なら魔法の範疇か?としばし悩んだ。レティシアにとって、魔法も魔術も大差がないのでどうも境界が曖昧になりやすい。


「まあ、区長がうまくごまかしてくれるとは思うぜ?レティシアちゃんいなくなったら困る奴も多いからな。それに、知ってて隠してたことがバレたら区長もタダじゃ済まねぇだろうし」

「……………ありがとう。気を付けるわ」


 三年程この町で暮らしたが、中には彼のように気さくに接してくれる者もいる。レティシアはこの町だからこそ今の生活が出来ているが、見つかったとなると面倒なことになりそうだ―――黒竜と魔従契約した野良の魔術師なぞ、投獄まっしぐらではないだろうか。


「ぞっとしないわね」


 店主に別れを告げて帰路についたレティシアは、思案に耽った。”魔術のお偉いさん”というのは、恐らく魔術師団の団員か何かだろう。こんな辺鄙なところまで来るのだから第五か第六辺りの下っ端だろうが、油断しないに越したことはない。

 当面依頼を引き受けるのはやめた方がいいかもなぁ、と思っていた、その時だった。


「きゃぁあああ!」

「ば、馬車が暴走しているぞ!」

「逃げろ!」


 後ろから物凄い勢いで馬車が走ってきていた。その先には赤子を抱えた婦人が蹲っている。恐怖故か怪我でもしているのか、動けないようだ。


「………面倒な…………リオネル!」

「あいよっ!」


 婦人をリオネルに任せ、レティシアは馬車の前に躍り出た。手を翳して馬車をビタリと止めると、興奮している馬を眺めながら注意深く観察する―――蹄に、何かが挟まっているようだった。


「どうどう。ああ、これを踏んで痛みのあまり興奮したのね…………ほら、もう大丈夫」


 蹄に挟まっていたとがった石を取ってやり、そのまま馬を眠らせてしまう。正気に戻ったら今度はレティシア自身に怯えて興奮する可能性があるからだ。レティシアは魔力が高過ぎて、馬のように賢い動物は怯えさせてしまう。


 踵を返し、リオネルの結界で守らせていた婦人を見ると、ぎゃんぎゃん泣いている赤子を抱えた婦人を抱き締めている青年がいた。どうやら彼女の夫のようだ。


「あり……ありがとうございます!!なんとお礼を言ったらいいか……っ!」

「別に……たまたま通りがかっただけだし……」


 気恥ずかしそうにふいっと顔をそむけるレティシアを、リオネルが横でケラケラ笑っている。婦人はどうやら足をくじいたようなのでついでに治してやると、またもやぺこぺことお礼を言われ恐縮してしまった。レティシアはどうも、純粋な感謝に弱い。


「素直じゃないなーご主人は」

「うるさいよリオネル」


 今度こそ家に帰ろうと一歩踏み出したところで―――レティシアは固まった。


「…………見つけた。黒い小さな竜を連れた、十歳前後の少女。無許可で魔術行使しているのはお前だな?」


 うっそりと笑うその男に、レティシアはどうやって逃げようか、と考え―――無言で自宅へと転移した。


 *   *   *


 ――――非常にまずいことになった。

 古書店(わがや)に戻ってきたレティシアは、だらだらと冷や汗を流していた。露天商の店主に忠告されたばかりだというのにもうバレてしまった。いやあんなところにいるだなんて誰が想像できるのか。とにもかくにも逃げるしかないのだが、そう容易なことでもない。


「なんで第一魔術騎士団の団長が来ているのよ…」

「遠征任務の帰りに寄ったからな」

「ひゃあ!?な、なんでここが……………」

「魔力残滓を追えば分かることだ」


 これだから優秀な人間は嫌いなのだ。転移したところで簡単に後を追われるのは分かっていたが、こうも早く来てしまうとは。


「さて、俺と一緒に来てもらうぞ。レティシア…ノーズフィーリア」

「私の名前………」

「区長がゲロッた」

「……………お貴族様の割に、口が悪いのね」


 観念したレティシアは、軽く手を振るとティーセットをその場に出現させ、温かいお茶を淹れて差し出した。


「驚いたな………君の年齢でそこまで魔術を操れるなんて……誰に教わったんだ?」

「別に誰にも。なんとなく分かるだけ」

「独学ってことか?末恐ろしいな………」


 男はアルバート…カールハイツと名乗った。予想通り第一魔術騎士団の団長で、噂を聞きつけ遠征任務帰りに話半分で来てみれば実在して随分と驚いたらしい。

 本棚の森の一角に置いたテーブルで向かいあいながら、レティシアはアルバートの説明を聞いた。


「本当にいたら捕縛して即投獄予定だったが変更だ。君のその才能を腐らせるわけにはいかない。…………まともな使い方していたようだしな」

「どうかしら?実はあくどいことたくさんやっているかも」

「そんなもん、町の人たちを見れば分かる」


 きょと、とレティシアはアルバートを見た。二十代後半くらいで、妙に見目が良い。言葉使いは雑だが所作は美しい。カールハイツと言えば、確か侯爵家だったような。

 記憶の片隅に押しやった、いつか母から教わった令嬢教育を思い出しつつ目を伏せる―――本当に、そうだろうか。


「大人しく一緒に来るなら悪いようにはしない。陛下は寛大なお方だ、俺が君の後見人になれば問題ない。加えて弟子ということにすれば、こそこそしなくても魔術は使えるぞ。―――君ならそれこそ、魔術学院にだって通えるだろう」

「………別に、行きたいなんて思ったことないけど………」


 息を吸うように魔術を使ってきたレティシアにとって、魔術が使えないのは不便だ。この調子なら、王都に行っても衣食住は確保されるのだろう―――北区(ここ)に、思い入れも何もない。


「ま、見つかったのならしょうがないわね」


 ―――こうしてレティシアは、やっと住み慣れた場所を離れて王都へ向かうことになった。

一日一ページは更新できるよう、頑張ります。

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