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レティシア・ノーズフィーリアは平凡でいたい  作者: 睦月始
第四章:過去と今
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1

 

 漆黒のそれ(``)を防護結界で受け止めたレティシアは、思い切り力を込めて結界毎弾き返した。

 闇を纏った竜は一時体勢を崩すもすぐに持ち直し、鋭い咆哮でレティシアを威嚇してきた。

 先程まで狙いはウィリアスタのようだったが、今では自身を邪魔するレティシアに変更したようだ。


 上空で停止している竜を見て、次いで生徒たちを見て、レティシアはそれはそれは深く嘆息した―――どうにかしない訳にはいかない。


「……リオネル、行くよ」

「おうよ!」


 夜空の瞳を煌めかせて、レティシアはリオネルに静かに告げる。言われたリオネルは、元気よく返事をしたかと思うとくるん、とその場で一回転をした。


 ざわ、と生徒たちがざわめく。レティシアの肩に乗るくらい小さかった黒竜が、瞬く間に襲ってきた竜よりもずっと大きな竜に変化したからだ。

 そもそも、竜自体かなり珍しく小型であっても使役しているのは普通ではない。ただでさえ物珍しかったリオネルだったが、その大きさから賢い生徒にはすぐ察しがついた―――あれは、竜王ではないか、と。


 竜は基本群れで生活する生き物だ。彼らの中ではどうやら上級、中級、下級とその大きさや強さによって階級が付けられているようで、人間は鱗と瞳の色でそれを判別している。普段は温厚で人を襲うこともなく、人語は話せないが解することはできる。だが、矜持が高い為人と慣れ合うことはしない。故に、お互い暗黙の了解で不可侵を認識しているのだ。人が何もしなければ、竜も何もしてこない。そうして安全に共存しているのだ―――もっとも、心を通わせ共にいる竜と人間も少なからずいるが。


 そんな、数多いる竜を束ねる存在として『竜王』がいる。文字通り竜たちの王さまで、すべての竜は竜王に逆らえない、とされていた。特徴は漆黒。竜は鱗の色が濃い程上位となる。白は神の眷属の色だから、白い竜は存在しない。灰色や薄い青などから、どんどん濃くなりすべての色を混ぜると出現する「黒」が最上位の色となる―――瞳もまた、闇を映したような漆黒なのだ。


 今目の前にいる竜は、正に"それ"だった。鱗も瞳も漆黒で、雲一つない晴れ渡る青い空の中にそこだけぽっかりと常闇の夜が訪れたかのよう。その姿は禍々しい煙のようなものを纏った竜の数倍は大きかった。竜は珍しくはあるがまったく見掛けない訳でもないので、その大きさが異様であることは王立学院の生徒でも分かった。


 巨大化―――というより、()()()()()()()()()リオネルの背に、レティシアはひらりと飛び乗る。


「レスター!強固結界よろしく!」

「無茶言うな!……と、言いたいところだがこっちは任せろ!」


 レスターの指示で、生徒たちは一斉に結界を構築した。一つ一つの強度は弱くとも、重ねればそれなりになる。とりあえず自分の身は自分で守れ、ということだ。


「レティ……!」

「おっと、行かせないぞ、ウィル。足手纏いになるだけだ」

「……そうだね、いや、分かっている。分かっているが………どうにも、こういう時は歯がゆいものだね」

「アイツなら大丈夫だ」


 結界から飛び出そうとするウィリアスタを宥め、アレクセイはレティシアを見上げる。

 既に上空では、激しい戦いが繰り広げられており、生徒たちは固唾を飲んで見ていた。

 ウィリアスタは爪が食い込むくらい、掌を握り締めていた。


「―――っ!」


 寸でのところで、竜が放った火の玉を避ける。危うく丸焦げになるところだった、と冷や汗を搔きながら、レティシアは思考を巡らせていた―――どうしたら、助けられるかを。


 魔力で燃やし尽くすのは簡単だ。でも、それだと存在自体が無くなってしまう。竜が纏う闇からは"憎しみ"の感情が感じ取れた。が、それは竜自身が誰かを憎んでいるというより、()()()()()()()()()()()()()()ように思えた。

 だから、出来る事なら助けたい、と思ったのだ。あの時は出来なかったが、今なら―――今は、それができる。


 その為にはまず動きを封じなければならない。精霊の力を借りることは即ち、精霊を呼び出すことだ。それには通常の魔術とは違い、長い詠唱が必要になる。これほどののろいを焼き尽くすとなると、中位以上の火の精霊の協力が必須だ。


「何か……何か方法は」


 次々と繰り出される竜の攻撃を避けながら、レティシアは考える。拘束の術式を展開するか、否、詠唱している間に術式が破壊される可能性の方が高い。防護結界で囲うか。否、精霊の炎が届かなくなる。燃やし尽くすまで、動きを封じなければいけないのだ。どうする、どうする、どうする―――。


 ―――ふと、レティシアの視界に触れるものがあった。


「―――そうだ!リオネル、地面すれすれに飛んで、森の方へ引き付けて!」

「分かった、ご主人」


 命じられたリオネルは旋回すると、低空飛行で森へ向けて速度を上げた、竜が追ってくるのを確認すると、木にぶつかる直前で急上昇するよう声を掛ける。リオネルは器用にそれに応じた。


 急に目の前から獲物が消えた竜は、そのまま木に激突する。レティシアはその隙に、竜の上から魔方陣を展開した。

 すると、木の表面から太い蔦が出現し、竜を締め上げる。耳をつんざくような咆哮が木霊しビリビリと一体を揺らした。

 じたじたと暴れるが、更に蔦が竜を締め上げていく。頑丈なそれは竜の爪を以てしても裂くことができないようで、木の上に掲げられるようにして竜は拘束された。


 レティシアはリオネルに乗ったまま、その前まで行くと一つ、深呼吸をした。精霊を呼び出すのならば、まずは凪いだ心が必要だ。

 そして、静かに詠唱を紡ぐ。決して声を荒げてはいけない。一言も間違えてはならない。好機は一度切りだ。


「―――汝、紅の眷属にして、陽の御許で安らかなる再会を果たそう。かの名はフランメ・サンティユオン・エタンシャル。我の力を其方へ、その姿を我の元へ―――!」


 精霊を呼び出すには、多大なる魔力を要する。精霊の世界からこの世界へ呼び出すには、対価として行き帰りに必要な分だけの魔力を差し出さねばならない。高位であればあるほど、その量は増す。

 レティシアの魔力量は桁違いだが、詠唱が終わった瞬間ごっそりと持っていかれたのが分かった。


 呼び出したのは中位精霊であるはずなのに、と不思議に思い、顕現した精霊を見て慌ててレティシアは普段は小さくして首に下げている、身の丈以上の杖を出現させ、魔術師としての最上位の礼―――左手を胸に当て、片足を引き、魔術師のローブの代わりに制服のスカートを摘み頭を下げた。


『良い、楽にするが良い。して、あれを燃やせばよいのだな?』


 真っ赤な髪に朱色の瞳を称えた美丈夫が、低くて心地良い声で訊いてくる。頭に直接響くような、耳元で囁かれているような、なんとも不思議な感じだ。


「は、はい。お願いできますか」

『―――心得た』


 真っ赤な男がうっそりと笑うと、その手に炎を出現させそれを竜に移した。そのまま、その炎は竜に纏わりつく闇を焼き始める。かなり至近距離のはずなのに、まったく熱くない。


『ふむ。これで、しばらく放置すれば大丈夫であろう』

「心より感謝致します。………訊いても?」

『許す』

「……なぜ、貴方が………」


 レティシアの詠唱は確かに、中位精霊を呼び出すためのものだ。それが、何をどうしてか―――()()()()()()()がやってきていた。道理で魔力を削られた訳である。


『なに、たまには余も其方に会いたくなったのだ―――愛しい人の子よ、清く、美しくあれ。そうであるならば、余も、余の眷属も、いつでもこの力を貸そう。しかして、努々忘るるな。美しさを損ねたら、余も、余の眷属も―――引いては総ての精霊が、世界を変えてしまうであろう』

「は、心得て存じます」

『で、あるならば、西の森をなんとかせい―――と、王に伝えよ』

「……それを、伝えに?」

『安心するがよい。まだ、人の子が気付くには難しかろうて。余は忠告に来ただけだ』

「………有難う存じます」


 男―――炎の精霊王は悠々と頷くと、そのまま火の中に消えていった。

 この国では遥か昔、まだ建国して間もない頃―――まだ、人と精霊の世界が分かれる前だった、頃。

 当時の国王がとある精霊を助けたそうで、その礼に世界が分かれた後も力を貸してくれるのだ、と言い伝えられている。

 知ってはいたが事実だったのか、とレティシアは驚いた。気まぐれな性分なので、大方たまたま他の精霊が呼び出されたから王自ら出てきてくれたのだろう―――人の世界では精霊王以外で、意思疎通を図ることが出来ないので。

 かと言って、精霊自ら人の世界に介入してくることはない。そこまで親切でもないが、機会があれば助けてやらないこともない、と言ったところか。


 杖をしまい、燃える竜に再度意識を戻す。炎はもう消えていた。残ったのは、傷だらけの緑色の竜だった―――下級竜で、まだほんの子供のようだ。群れからはぐれたのか連れてこられたのかはわからない。


「リオネル、この子の家族と連絡とれる?」

「ちょい待ち―――うん、迎えに行く、と言っている」

「良かった………それまでに、傷を治さないとね」


 気を失っている竜を地面に降ろし、治癒魔法をかけてやる。傷跡一つ残らず綺麗になった鱗をそっと撫で、心の中で話しかけた。


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