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レティシア・ノーズフィーリアは平凡でいたい  作者: 睦月始
第三章:かつて、少女が少女だったころ
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2

 

 四頭立てのその馬車は、揺れも少なく庶民が乗る乗り合いと違って腰も尻も痛くならない。綿をたっぷり詰めた座面はもちろん、背もたれまでもがふかふかだ。

 これで、王族専用馬車の中でも安価な方だというのだから驚きである。そんなに回数はないが、娼館時代に乗った乗り合い馬車は半刻(いちじかん)も乗れば座っているのが苦痛なくらいだった―――もっとも、立ったところでひっくり返るだけなのだが。


 いよいよ今日から、校外学習が始まる。会場となる寄宿舎までは各自で馬車を手配することになっているのだが、レティシアは朝一で爽やかな笑顔のウィリアスタに問答無用で馬車に詰め込まれた。ちなみに、アレクセイは外の馬だ。彼はウィリアスタの右腕だが、護衛も兼任している。


「外はアレク、中は君。異論はないよね?」


 ウィリアスタの有無を言わさぬ笑みに、レティシアがなぜ来たくもない王立学院に通う羽目になったかを思い出し、頷く他なかった。

 夏期休暇になれば、寮は一時閉鎖され生徒たちは実家に戻ったり、別荘にて家族と余暇を過ごすことになっている。例外なくウィリアスタも城に戻るため、レティシアも漏れなく魔術塔に戻れるはずだ―――と、信じたい。戻ったら戻ったでもう二度と外へ出たくなくなりそうだが、今は考えないことにする。

 レティシアは寮の部屋で立てていた数々の仮説を早く試したくて仕方がないのだ。ウィリアスタもそれを分かってか単に飴なのか、一週間は自由にしていいと許可をくれた。


 しかし、今は夏期休暇後のあれそれに思いを馳せている場合ではない―――否、むしろ現実逃避なのだが、レティシアは寄宿舎に着いて馬車から降りることを想像しただけで胃がねじ切れそうになった―――私は無事に、夏期休暇を迎えられるのだろうか、と本気で心配している。


「そんなに真っ青にならなくても、とってくわれたりしないよ?」

「ウィルは女の恐ろしさを分かっていないだけだわ!」


 こてん、と可愛らしく小首を傾げたところで誤魔化されない。王太子の乗る馬車からレティシアが出てきた時の女生徒たちの反応が恐ろしくて、いっそ馬車毎転移してやろうかと思った。さすがにそんな魔力の無駄使いは出来ないが。


「うん、まあ―――諦めて?」


 ウィリアスタが綺麗に笑ったところで馬車が止まった。せめてまだ誰も来ていないことを祈ったが、学院と言えど王太子を待たせるような生徒はいない。必然、ウィリアスタが最後だ。


「着いたぞ」

「ご主人、腹ぁ括った方がいっそ気が楽になるぜ」


 アレクと一緒に悠々と外を飛んでいたリオネルが顔を出す。無責任にも程がある。

 せめて先に降りようとしたのにそれすらできず、気づけばウィリアスタは馬車に横付けされた階段の下で優雅に手を差し出していた。

 非常に嫌だし不服だが、王太子のエスコートを無視するわけにもいかずレティシアは渋々その手を取った―――馬車からレティシアが出てきた瞬間、ざわっと周囲が一際ざわめくのが見ずともわかった―――もう帰りたい。


 校外学習初日の授業は午後からだ。レティシアはウィリアスタに促され、自身へと宛がわれた部屋へ向かった。この寄宿舎は廊下を挟んで左右に男女で分かれる部屋割になっていて、レティシアの向かいがウィリアスタの部屋だった。余談だが、この廊下には魔術が施されているので消灯時間後は向かいの部屋へ物理的に行けなくなるらしい。


 説明を聞いたレティシアはしゃがみ込んで廊下を凝視していたが、ウィリアスタに子供のように脇の下に手を入れられて抱えあげられた。降ろされた後無言で抗議したが「早くしないと午後の授業始まるよ?」といつも通り煌びやかな笑顔で一蹴された。


「今日の昼は各自で用意することになっているけど……レティ、何か持ってきた?」

「別に何も……お腹空いてないし」

「……朝は何を食べたのかな?」


 レティシアは無言で目を逸らしたが、それでは食べていないと白状しているのも同義だ。


「ご主人ってば今日寝てないんだぜ~!なんかずっと床の上で書き物してたぞ」

「……ほう?寝ずに、床の上で?」

「ちょっ………リオネル!貴方誰の味方なのよ!」

「確かに俺はお前さんの使い魔だが、権力には弱いのだ」


 ほろろ、と器用に翼で目元を抑えるリオネル。十中八九嘘なのだが、今は薄情な黒竜を叱っている場合ではない。


「俺が用意させた昼食、一緒に食べようか」

「べ、別に要らな………」

「ん?何か言った?」

「喜んでご一緒させていただきます!」


 真っ黒な笑顔を前に、レティシアは敗北せざるを得なかった。

 ずっと後ろで大爆笑していた兄弟子(あに)には、後できっちり報復することにする。



 *    *    *



 ―――こくり、とレティシアは喉を鳴らした。

 目の前には、葦毛のそれは立派な馬が一頭繋がれている。

 ゆっくり、そろそろと手を伸ばしたところで―――盛大にそっぽを向かれ、そのまま厩の奥へ行ってしまったかと思うと丸くなって動かなくなってしまった。心なしか小さな耳が垂れているようにも見える。


「や、やっぱり無理なんじゃあ………」


 ぴるぴる震えている牡馬に、レティシアは果てしなく絶望した。


 午後は、乗馬の授業から始まった。移動してきた生徒たちの体力や疲労も考えて、勉学というより戯れに近いよう考慮したのだろう。現に、用意されたたくさんの馬たちから自由にお気に入りを選んで、各々楽しそうに歩かせたり、駆けさせたりしている。


 レティシアは事情―――魔力が高過ぎて馬が怯えるので乗れない―――ことを理由に見学を申し出たが、レスターがそれだと不公平だと首を振った。魔術師の癖に脳筋―――基、直情的なところがある彼は、レティシアにまずは馬と仲良くなるように、という課題を提示した。


 絶対に無理だと思ったが、王立学院(ここ)ではレティシアは生徒でレスターは教師だ。逆らうのも面倒なのでとりあえず努力してみることにしたのだが、実る可能性すら見いだせない。


「いやはや……それにしても知らなかったなぁ。ここまでとは……魔術学院では動物は実験用か使い魔かしかいなかったし、魔術師は馬に乗る機会などそうないし」

「先輩にこんな弱点があったなんて、面白……いえ、意外でしたね」


 後ろの外野二人―――レスターとカミルが煩い。彼らは校外学習の引率兼授業担当の講師だ。正直、乗馬は教える程下手な生徒はそういないので、今の授業ではただの監督に過ぎないが。

 ちなみに、二人の担当は魔術関連だけなので、他に剣術の講師も来ている。

 魔術学院の授業はと思ったが、そういえば今時分は学期末試験前の追い込み期間だから授業はない。試験は監督選任の講師がいるので、今魔術学院に居ても確かにそこまでやることはないだろう。


 レティシアはすごすごと厩の入り口まで戻り、馬の視界から一旦外れた。落ち着いたころ馬が藁を食みに前へ出てきたらまた再度挑戦することにした。


「魔術学院に入る前、一年やってできなかったのよ。今出来るようになる訳ないじゃない」


 黒竜(リオネル)を連れていると余計怯えてしまうので、好きにしていていいと言ったら今はウィリアスタの横で並走していた。契約主(レティシア)よりよほど学院生活を満喫している。


 ふと、何やら視線を感じて意識を向けてみれば、エルネスティーヌとそのお友達の令嬢(とりまき)がこちらを見ながらクスクスと笑っていた。

 風に魔力を乗せてこっそり会話を盗んでみれば、まあまあ想定内の罵りが聞こえてきた。


「御覧になって?あの方、馬にも乗れないんですって……ああ、卑しいお生まれですから、仕方ないのでしょうけど………それにしても、ねえ?」

「あら、最近は庶民でも乗馬を嗜む者もいると聞きましてよ。あの方は例外なようですけど」

「……それなのに殿下と同じ馬車でいらっしゃるなんて、図々しいこと」


 今すぐ部屋に戻って研究の続きをしたくなったが、後が怖いので寸でのところでこらえた。あと一時間もすればこの授業も終わり、今日の授業はここまで、つまりもう少ししたら部屋に帰れる………!


 のそりと出てきた馬に気づいて、レティシアは再度触れるかどうか挑戦しに行った。


 その様を少し離れたところから眺めていたウィリアスタは、げっそりとしたレティシアの表情を見て少々反省した。


「ちょっといじめすぎたかなぁ」

「あれ、一応俺の可愛い妹だからな……?度が過ぎると父上に怒られるぞ」

「存外あの侯爵サマももっとやれっていうかもしれないぞ」


 言って、黒竜はからからと笑った。アレクセイも、完全にはそれを否定できない。

 引きこもり体質をどうにかしたくて魔術学院に入れたら、三年で卒業した上に魔術塔に引きこもるようになった愛弟子に頭を抱えていた父親を思い出した―――母親も、せっかく可愛いのにもったいない、とため息をついていたが、あれは着飾って遊びたいだけだろう。


「まぁ別に、今回のこれはレティを外に連れ出すための口実ではないけどね」

「だいぶ参ってそうだなあ」

「後でフォローしておくよ」


 優しいまなざしでそう言うと、ウィリアスタは馬を操ってレティシアの方へ向けた。近づく前に馬から降り、器用に馬を宥めながら厩へ誘導する。それをうらやましそうに見ていたレティシアに何か言ったようだが、彼女はぶんぶんと首を振っていた。


「アイツも災難だよな。ウィルに捕まったら逃げられないぞ」

「ご主人も素直じゃないだけで、嫌がってはいないからいーんだよ」


 にっかりと笑った黒竜に、アレクセイは背筋が凍ったような気がした。もしレティシアが本気で嫌がっていたら、この国は今頃焦土と化していたかもしれない。そうではないということは、レティシア自身もまんざらではないのだろう―――兄としては少々複雑だが。


「なんだって、()()()()()()()()()()()()()取られなきゃならないんだ………」

(おれたち)風に言えば、宿命ってやつかもなあ」


 馬上で頭を抱えたアレクセイをリオネルはよしよしと撫でてやった。


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