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魔術実習②

 

(さて、どうするかな)


 レスターの作った箱を壊すことくらい、レティシアには瞬き一つすら必要無い。が、それだと少々面白みに欠けるし、何より終始小煩い外野を黙らせるには時には分かりやすい派手な行動(パフォーマンス)も必要だ。

 あまり好きではないが、ここはひとつ思い切りいこうと決めたところでレスターが開始の合図をした。


「準備はいいか?―――始め!」


 ―――その瞬間、エルネスティーヌの頭上にあった箱は木端微塵に吹き飛んだ。


「きゃぁあああ!」

「な、なんだ、爆発した!?」

「どういうことですの!?」


 生徒たちの混乱する声の中、ウィリアスタとアレクセイはレティシアに視線を向ける―――敢えて派手に壊したのであろうことは二人には聞かずとも分かった。その証拠に、レティシアは珍しく感情の読めない綺麗な微笑みを浮かべている。


「……はい、私の勝ちでいいかしら?レスター」

「先生と呼べ!しかし派手なもんだなぁ……」

「怪我させないよう対策はしたわ」


 見れば、エルネスティーヌの周りには結界が張られているようで、彼女は傷一つない。

 ついでに、弾け飛んだ筈の箱の破片は一ヶ所に集約され、ふわふわ浮いていた。

 周りで観戦していた生徒たちにも、危険が一切及ばないよう留意したようだ。

 穏やかに見えて妙なところで気の強い様を見せるところがある。そんな彼女はとても可愛いが、さすがにやりすぎなような気がしないでもない。


「……どういうことですの?先生の作られた箱は誤作動を起こしたのではなくて?」

「そんな訳あるか。俺の開始の合図と同時にレティシアが壊しただけだ」

「この結界も、先生のでは……」

「無いな。俺にはそんな繊細な結界は作れん」


 肩を竦めるレスターに、エルネスティーヌは悔しそうに顔を歪める。くすりと心で笑って、レティシアは勝ち誇った笑みで告げた。


「これで私の魔力は証明されたかしら?でもこれじゃあ、貴方の魔力量測定が出来ないわね―――そうだ、私はここから動かないから、壊れるまでどうぞ攻撃してらして?」

「なんだそれは…まあ、お前なら大丈夫か、ファーレンハイト嬢、攻撃していいぞ」


 レスターにそう認められているのも気に食わなかった。彼も、エルネスティーヌがレティシアには敵わないと思っているのだ―――実際今負けたが、それは油断していたからだ、とエルネスティーヌは思っている。

 油断なんてしていなければ、まだ勝負はついていない、とも。


「いつでもどうぞ」


 余裕の笑みを浮かべるレティシアに、自分が舐められていると悟ったエルネスティーヌの怒りは頂点に達した。


(―――わたくしを、馬鹿にして!)


 レティシアにとって、自分は取るに足らない小者だと思われているのだ。そんなことは彼女の矜持が許さない。


(後悔させてあげますわ……殿下の前で、その醜態を晒せばきっと殿下も…!)


 きっとレティシアを睨む。憎くて―――憎くて、たまらなくなった。

 エルネスティーヌは構えを取ると、攻撃を立て続けに打ち込んだ―――あくまでも箱を狙って。

 頭の上で物凄い音がしていても平然としているレティシアに、エルネスティーヌの苛立ちは更に増す。


(そうしていられるのも、これまでですわ!)


 ぱりん―――と音を立てて、レティシアの頭の上の箱が壊れる。が、エルネスティーヌの攻撃は止まない。壊れた箱には目もくれず、渾身の一撃をレティシアに向けて直接放った。

 視界の端で、ウィリアスタが少々焦った顔をしている―――だからどうして、ウィリアスタはそんなにもこの少女を気に掛けるのだろう。


 レティシアは動こうとしたウィリアスタを視線で制しつつ、冷めた笑顔のまま瞬き一つでエルネスティーヌの攻撃を()()()()()

 文字通り、エルネスティーヌが放った筈の渾身の一撃は泡のように消えてなくなってしまったのだ。


 エルネスティーヌはもちろん、そこにいた生徒全員が驚きで沈黙した―――今、あの少女は何をした?否、何もしていない。

 中等科から変わらないクラスメイト達は、エルネスティーヌがそれなりの実力の持ち主であることを知っている。そんな彼女の攻撃を、魔方陣すら構築せず消した、という事実が受け入れられなかった―――否、理解できなかった。

 彼女は先程、エルネスティーヌの箱を一瞬で破壊させ、かつエルネスティーヌ周囲に結界を張りつつ粉々にした箱の破片を一ヶ所に集約させていた―――どれ程の技術があれば、こんなことができるのか、ここにいる生徒たちには分からなかった。ただ、レティシアがなぜ最高学年に、それも一等科に編入できたのか、その理由を垣間見た気がした。

敏い生徒は、レティシアは恐ろしく優秀な生徒である、とはっきりと認識したのだった。


 静寂の後ざわつく生徒を見て、目論見が大成功に終わったことを確認しレティシアはほくそ笑む―――魔術学院を飛び級していた時だって、こうして実力で黙らせてきたのだ。

 それは、レティシアの魔術師としての矜持に他ならなかった。


「手元が狂ってしまったみたいね。…魔力量は九十と言ったところかしら。…まあ、悪くないんじゃない」


 小馬鹿にした笑みでレティシアが言う―――と、その頭をこつん、とウィリアスタが曲げた人差し指の関節で小突いた。

 いつの間に隣にいたのだ、と驚きの視線を向けると、ウィリアスタは悪戯を止めない子供を咎めるような目でレティシアを窘める。


「レティ、そういう言い方はしてはいけないよ」

「うっ……ごめんなさい」


 先程までの勝気な笑みが嘘のようにしょん、と沈んだ。耳が付いていたら垂れてそうだ。


「……いいえ、わたくしも、申し訳ございませんでしたわ。つい力んでしまって……お怪我はないかしら」

「大丈夫よ、ありがとう」


 感情のこもらない声でそういうと、レティシアはそのままエルネスティーヌへの興味を失くした。ウィリアスタに「本当に怪我は……ないね、良かった」とあちこち撫でられながら、「心配性なんだから……」と柔く笑んでいる―――先程の冷たい笑顔とは雲泥の差で、雪解けの木漏れ日を思わせる笑顔だった。


 周囲の生徒たちは、そんな二人を奇特な目で眺めていた―――そこにアレクセイも加わり、彼もまた優しくレティシアの頭を撫でた。が、その手はすぐにウィリアスタによって外されてしまった。


 ―――丁度その時、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。


「お、丁度良いな。よし、魔力判定はこれで終了だ!班分けは明日の授業で発表しよう。では、解散!」


 レスターの号令で、集まっていた生徒たちは散り散りになっていく。

 当然のようにウィリアスタとアレクセイと連れ立って歩いていくレティシアを、エルネスティーヌはその背中が見えなくなるまでずっと睨み続けていた。



 *    *    *



(許さない、許さない……どうして、あの子だけなんですの……わたくし、わたくしは)


 エルネスティーヌだって、少々危なかった。なのにウィリアスタもアレクセイも、エルネスティーヌには一言も声をかけてくれなかった。

 ウィリアスタに撫でられて、猫のように目を細めたレティシアを思い出し―――制服のスカートを皺が寄るくらい握り締めた。


「……忠告しておこう。レティシアにはこの学院の誰も敵わない。今後は、下手な真似はしないことだ」


 解散の号令の後、まだ残っていたレスターにそう言われエルネスティーヌは弾かれたように顔を上げた。わざとレティシアに向けて攻撃したことが、ばれていたのだ。


「……お知り合いですの?」

「まぁな。……()()()()だ」


 レティシアはどう見ても自分たちより少し年下で、レスターは彼女よりだいぶ上だ。そう呼ぶだけの年数が二人の間にあったようには思えないが、よく知りえた仲だったことは伺えた。

 ―――最も、"古い友人"とは魔術学院の卒業生特有の言葉で、学生時代の苦楽を共にしかけがえのない友であることをそう表する。魔術学院に通っていない者には通用しない言い方を、レスターは敢えてした。


「ま、あんま滅多なことするなよ。今回は見逃してやったが―――次はないぞ」


 レスターが傍観していたのは、エルネスティーヌが何をしたところでレティシアには傷一つ付けられないことを判っていたからだ。挑発したレティシアにも非が無いわけでもなかったので、今回は不問とした。


 ―――しかし、エルネスティーヌはそうとは取らない。嫉妬という暗雲が立ち込める思考では、もう正常な判断が出来なくなりつつあった。


 去って行くレスターの背中が歪む。悔しすぎて、エルネスティーヌは涙を零した。


「……絶対、このままでは済ませませんわ」


 ウィリアスタの婚約者には、自分がなるのだ。よくわからない女を婚約者の周囲に置けるほど、エルネスティーヌの心は広くない。


「殿下もきっと、今だけだと思ってらっしゃるはずですわ。でも、そう……あの子が、きっと、何か我儘を言っているだけ……きっとそうに違いありませんわ」


 エルネスティーヌはそう自分に言い聞かせるように、呟いた。



あと一話、舞台説明を挟んだ後少し物語は進みます。

気長にお付き合いいただけますと幸いです。

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