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平凡は終わりを告げる

数年ぶりに書いてみました。

久々故かなりスローペースになりますが、お付き合いいただけますと幸いです。

 

 広い広い王城の、とある一角。

 そこは、魔術師たちの住まう魔術塔があたかも木のように乱立していた。


 その塔の中の一つ、締め切ったカーテンのせいで部屋の中は真っ暗。紙やら本やらその他諸々が雑多に散らばった部屋の中、窓を背にした壁際の机に突っ伏して一人の少女が眠っていた。


 ----と、いきなり締めていたカーテンが勢いよく引かれ、部屋の中に明るい陽射しが舞い込んできた----太陽の位置からして、とうに昼は過ぎているのだろう。刺すような陽射しが容赦なく少女に遅いかかった。


ご主人(マスター)!そろそろ起きないと間に合わないぞ!なんか呼び出されてただろ」


 カーテンを開けたのは、小さな翼をぱたぱたとせわしなく動かす真っ黒な竜だった。漆黒の鱗が光に照らされてつやつやと輝き、大変美しい。瞳は夕焼けのような橙を燈した(あか)だ。


「んぃ~~~ま、まぶし…っ。か、カーテン閉めてよぉ…」


 机で寝ていた少女が悲壮な声で訴えるも、小竜は少女の前に降り立ち、呆れた声で言う。


「ダメ。閉めたらまた寝るだろ。というか、別に寝てもいいけど後で面倒なことになるぞ?それでもいいのか?」

「うっ…それは…っ」


 何やら顔をしかめた少女は、渋々身を起こして思い切り伸びをした。


「んやぁ~、今、何時…って、もうこんな時間!?リオネル、なんでもっと早く起こしてくれなかったの!!」

「いや、おれは起こしたぞ。起きなかったのはご主人(マスター)だろ」

「うっ。言い返せない…」

「早く支度した方がいいと思うぞ」


 リオネルと呼ばれた小竜は、やれやれとため息をついた。随分人間じみた仕草だ。

 少女はしかしのろのろと起き上がり、ぱちんっと一つ指を鳴らした。


 ----すると、ぼさぼさだった髪は綺麗な艶を取り戻し、よれよれのローブは新品みたいにぱりっとした。月の光を閉じ込めたような銀髪が緩く波打ち、真っ白なローブを覆う。

 音もなく飛び上がった小竜----リオネルが、少女の髪の両端を一房ずつ取り、咥えていた青いリボンで器用に頭の後ろで結んだ。二つの輪の下に伸びるリボンの端は少し長めで、銀の髪によく映える。


「ったく。横着だなぁ。身支度くらい自力でしたらどうだ」

「面倒だからいや」


 夜空を映しているかのような濃紺の瞳が、その心情を物語っている。角度によって色素が薄くなる不思議な色合いの瞳だが、いかんせん今は「動きたくない」と如実に表してた。

 その容姿はおとぎ話に出てくる妖精のように儚げで美しい少女だが、その陰鬱した表情で色々と台無しである。


 実際、彼女は極度の引きこもりである。

 自身の研究室がある魔術塔の一室からは、一日どころか一月単位で出ることがない。二ケ月に一回くらいは何かしらで呼び出されて渋々外に出るが、これはあまりにも引きこもる彼女を外に出すための策略であることは承知していた。

 上司には逆らえないので----というか逆らうのも面倒なので----呼び出された時は致し方なしに外に出ることにしている。


 しかしながら、今日はいつもの呼び出しとは少々違っていた。

 いつもより億劫に感じるのも、そのせいである。


「いったい何の用なのか、皆目見当がつかなくて怖いんだけど。行かなきゃだめかな」

「行かなくても迎えに来るだけだから、素直に出向いた方がいいと思うぞ」


 肩に乗ったリオネルに正論で返されて、少女は嫌々ながらも自室の扉を開けた。


「あれ、レティシアさん!珍しいですね、どうしたんですか?」


 廊下に出ると、そこにいたのは同僚の青年だった。滅多に出てこない歳下の同僚を見て驚いている。


「・・・・呼び出されたの」

「ああ…それは…ご愁傷様です」


 少女----レティシア・ノーズフィーリアの様子に、青年はどうして彼女が自室から出てきたのか察した。

 大方、王太子に呼び出されたのだろう、と。


「いってらっしゃい。戻ってきたらお菓子あげますから、頑張ってきてください」

「やりぃ!おれの分もある?」

「もちろん、ご用意しておきますよ」

「よっしゃー!!ほらご主人(マスター)!早く行こうぜ~!」

「うう…行ってきます」


 うきうきのリオネルとは対照的に、レティシアは相変わらずテンションが低い。

 にこやかに手を振る青年に見送られながらてこてこと廊下を進み、突き当りにある魔方陣の前に立つ。そして、ひどく面倒そうな声でこう告げた。


「王太子殿下に呼ばれています。取次ぎを」

 《殿下より仰せつかっております。どうぞ≫


 フォン、と魔方陣がきらめき、レティシアはそのまま光に吸い込まれて消えた。


「やぁ、レティ。時間通りだね。えらいえらい。リオネル、ご苦労様」


 瞬き一つの間に、レティシアは先程とは全く違う部屋の中にいた。

 呼び出した張本人----この国の第一王子であり、王位継承者第一位、そして既に王太子の座に就くウィリアスタ・フェストールに声を掛けられ、なんで知っているのかとため息をついた。

 レティシアの肩に乗っていたリオネルが、パッと飛び上がってウィリアスタの周りをぱたぱたと飛び始める。


「おう!後でなんかお菓子くれや」

「今用意させているよ。いつも悪いね」

「いやなに、このくらいお安い御用さ」

「助かるよ」

「リオネル、ちょっと黙ってて!…ご用件はなんでしょう、殿下」


 レティシアはリオネルを黙らせると、さっさと話せと視線を送る。リオネルとウィリアスタは妙に仲が良く、二人が結託すると碌なことにならないので引きはがすのも忘れない。

 レティシアに怒られたリオネルはちぇ~と不満そうに声を上げるも、今度はウィリアスタの肩の上で大人しくなった。


 不機嫌そうなレティシアに、ウィリアスタは楽しそうに笑う。


「堅苦しいな。ここには俺とレオナルド以外いないから、いつも通りでいいよ」

「…私が昨日徹夜してたのを知っててわざわざ呼び出したからには、相応の話があるんでしょうね?ウィル」

「君は毎日徹夜しているんだから、いつ呼び出しても変わらないでしょ。ちゃんと寝ないからちっちゃいんだよ」

「余計なお世話よ!」

「まぁまぁ二人とも。レティシア嬢、お茶を用意したからこっちに座って」


 顔を合わせるなり喧嘩し始めたレティシアとウィリアスタに苦笑しつつ、ウィリアスタの二つ下の弟であり、第二王子のレオナルドがとりなすように言う。

 促されたレティシアは渋々、すすめられたソファに座った。くつくつと笑いながら、ウィリアスタも執務机からレティシアの向かいへと移動する。

 出されたお茶を一口飲んだレティシアは、ふっとその表情を緩めた。


「美味しいだろう?先日隣国から取り寄せたという茶なんだが、君が好きそうだと思ってね」

「…なんか、懐柔しようとしてない?」

「滅相もないよ」


 軽口をたたき合う兄とレティシアを眺めながら、兄の隣で同じように茶を飲むレオナルドは相変わらずこの二人は面白いなと思う。幼い頃に出会ってから今日まで、この二人はずっとこんな調子だ。


「さて、本題に入ろうか」


 ひとしきり茶を楽しんだ後、ウィリアスタがカップを置きながら長い脚を組んで不遜に笑った。大きな窓から注ぐ陽射しを受けてきらきらと輝く金髪に、澄んだ青の瞳。精巧な人形(ビスクドール)のように整った顔立ちは、諸外国でも大変な美青年であると有名である。

 彼を見た女性はほぼ必ず頬を赤く染め見惚れてしまうものだが、数年前から旧知の仲であるレティシアにとっては見慣れた顔だ----ちなみに、レティシアもレティシアで”魔術塔の妖精姫”とも呼ばれる程その美少女ぶりは有名なのだが、本人は知る由もない。


「・・・・すごく嫌な予感しかしないけど、とりあえずは聞いてあげる」

「それはどうも。レティ、俺がもうすぐ王立学院(カレッジ)の高等科三年になるということはもちろん知っているよね」


 王立学院(カレッジ)は、貴族の子女達に向けて設立された国の教育機関だ。

 貴族位を持つ親の子供たちは十三歳になると王族に対し貴族の一員であることを認めてもらうため、国の行事の一環として目通りと挨拶を兼ねたお披露目会(デビュタント)を行う。

 デビュタント以降は社交界にも出られるし、将来のために様々な事を学ぶことが求められる。大人になり爵位を継いだりしたときの予行練習と人脈作りも兼ねて王立学院(カレッジ)に通うことが貴族界では一般的であり、殆ど義務だった。

 通うのは中等科の十三歳~十五歳、十六歳になると高等科に進学し十八歳で卒業となる。貴族の頂点に立つウィリアスタも当然十三歳の頃から通っており、春からは最終学年に進学が決定していた。

 余談だが、既に政権の一部を担う程大変優秀なウィリアスタは中等科から現在まで主席を維持し続けている。ちなみに、弟のレオナルドも春からは高等科の一年生だ。


「そうね。進学おめでとう」

「心にもないことをありがとう。というわけで、来月からレティも一緒に来てね」

「は?」


 至極どうでもよさそうに----実際レティシアにとってはどうでもいい----さくさくと出された焼き菓子を食べながら話半分に聞いていたレティシアは、ウィリアスタの言ったことがすぐには理解できなかった。


「うん、だから、来月から君も王立学院の生徒になるってこと」


 ----ああこれは、想像以上に面倒なことになりそうな予感がする。


 にこにこと笑うウィリアスタを見て、レティシアは気が遠くなった。




 *   *   *




  大陸一のフェストール王国は、魔法に長けていることで有名だ。


 国に住まう人々は、呼吸と同じように魔法を使う。

 例えば、料理をするのに火を熾したり、空中から水を生み出したり。

 生活に根付いたそれは「生活魔法」とも呼ばれ、人々が暮らす上で欠かせないものだった。

 ただし、そうして自在に魔法が使えるのは国の人口の約半数程で、何割かは魔力はあるものの操るまでには至らない者も多い。


 そうした者たちのために、魔力を注げば意図した動作を実行する「魔法具」と呼ばれる道具もある。

 基本的には自身の魔力を注入するものだが、魔力を持たない者も少なからずいるため魔力を込めた魔石をはめ込んで使用できる仕様でもある。子供でも使えるほど単純な代物なので、庶民が使用する安価なものから貴族用の高価なものまで一般に広く広まっていた。

 さて、そうした魔法大国とも呼ばれるこの国には、もう一つ、そう呼ばれる所以が存在する。

 魔力を用いて単純な事象----水を生み出すとか、竈に火をつけるとか----は魔法と呼ばれるが、その魔法を複数組み合わせて様々な事象を引き起こせる者は「魔術師」と呼ばれ、これは人口の一割程度しかいない。


 これにはまず魔力が多いことが大前提となるが、政を司どる貴族には魔力が多い傾向にある。中でも、王族の魔力は国随一であり、それ故に国の頂点にいる。

 それには建国にまつわるあれそれが関わってくるからなのだが、それは今は割愛しよう。

 フェストールの魔術師は貴族の中に、稀に庶民の中にもおりその数は約数万。人口数千万を抱えることを考慮すると、その希少価値は高い。

 そして王国に存在する魔術師の中で、特に秀でた者は「国家魔術師」の称号を得ることができる。これは大変名誉なことで実際平民でも伯爵相当の地位を得ることもできるが、称号を得るのは容易ではない。

 特に上限は設けられていないが、その基準を満たした魔術師は現在十名いる。

 レティシアはその、国家魔術師の一人だった。それも、歴代最年少でその称号を得たのである。

 国家魔術師はその称号を得ると、その能力と素質に見合った「色」を与えられる。それは魔術師の証であるローブに反映され、通常魔術師は黒のローブを着ることが法律で決まっているが、国家魔術師は与えられた色のローブを身にまとうから一目でそれだとわかるのだ。

 レティシアが与えられた色は「白」だった。故に、彼女は「白の魔術師」とも呼ばれることがある。


 -----さて、その「国家魔術師」になるには条件があり、それは魔術学院(アカデミー)に入学し、卒業した後国家魔術師試験を受けることである。

 魔術学院は、魔術師を育成するための教育機関である。貴族の子女の為に設立された故、爵位がない入学できない王立学院とは違い、魔術学院は既定の魔力があれば平民でも貴族でも通うことができる、完全実力主義の学校だ。

 ただ、単に魔術師になりたい場合は魔術学院に行かずとも「魔術師協会」に所属すれば良い。現役魔術師に師事し師となる魔術師の推薦を受ければ、簡易な適正試験の後魔術師協会に所属することができる。つまり、「魔術師」と名乗ることが法的に認められるのだ。 

 しかしながらその場合は、一般的な魔術師とされ纏うローブは黒以外認められず、どんな功績をあげても国家魔術師にはなれない。

 故に、国家魔術師を志す者は必ず、魔術学院への入学をまず第一の目標とするのだ。


 王立学院、魔術学院とは別に、爵位を持たない平民が通うための民間学校(スクール)も存在する。こちらは国営の為学費は無料。読み書きや簡単な計算を学ぶための簡易的な学習施設で、義務ではないが読み書きができなければ生活ができないので、基本的に通うのが一般的だ。

 尚、大変優秀だが爵位がない場合、例外的に王立学院に通うこともできるがこれには貴族の推薦状が必要なため、この制度はあまり使われることはない。


 魔術学院は国内にあるこの三種の教育機関の中で最も難関で、過酷である。入学した生徒が卒業する頃には半数程度しか残っていない場合もざらにあるくらいだ。

 王立学院とは違い、魔術学院は何歳からでも入学可能であり、卒業までに七年の期間を与えられる。その間に課せられた講義課程(シラバス)をクリアし、卒業試験を受けて合格しなければ卒業できない。

 七年間(ストレート)での卒業が必須の為、一年でも進級できなければその時点で退学(おわり)である。ちなみに、そうなるともう国家魔術師にはなれないため、まずここで一度目のふるい落としが行われる。

 無事七年間で課程を終えると次は卒業試験だ。それに合格して初めて国家魔術師試験を受ける資格を得ることができる。

 その国家魔術師試験に合格できれば晴れて国家魔術師になれるのだが、この試験に受かった魔術師はレティシアを含め十名しかいない、というのが現状だ。


 レティシアは、この魔術学院に史上最年少の十歳で入学し、三年で講義課程を終え、卒業試験も国家魔術師試験も一発で合格した天才だった。前例のないそれは、王都の人々を多いに驚かせた。

 要するに、レティシアは十三歳で国家魔術師となったのだ。

 国家魔術師に選ばれるには、試験の合格と合わせて「国へ多大な貢献を寄与し、他の魔術師とは確立した能力を保持すること」が条件である。つまり、自分にしかできない何かで国に貢献せよ、ということなのだが、今まで試験を受けてきた大多数の魔術師たちはこの課題をクリアできず称号を得ることができずにいる。

 一応の救済措置として魔術学院の卒業試験は何度でも受けられるが、国家魔術師になるための試験の受験可能回数は一人三回のみ。三回目の試験で落ちてしまえば、以降は国家魔術師になる道は閉ざされ生涯黒のローブしかその身に纏えない。これが二度目のふるい落としだ。

 故に、黒いローブの魔術師はそこそこいてもそれ以外の魔術師は両手の数程しか存在しないのだ。


 -----さて。

 魔術学院では、国家魔術師になると「魔術伯」と呼ばれる一代限りの伯爵位相当の貴族位を賜ること、仕事柄貴族との関わりも多いが生徒の半数くらいは平民であることから王立学院と共通の教育課程(カリキュラム)も一部存在する。

 つまり、魔術学院をとっくに卒業しているレティシアには、今更王立学院に通う意味は皆無なのだ。

 焼き菓子に伸ばしていた手を引っ込め、代わりにカップを手にし一口含む。

 殊更ゆっくりと茶を飲み込むと、胡乱な目を目の前で無駄に楽しそうなウィリアスタに向けた。

 随分と冷めた視線だが、ウィリアスタは気にすることもなく話を続ける。


「うん、だからね。三年になるときレティも俺と一緒に王立学院に通ってほしいんだ。あそこは全寮制だから、君にも寮に入ってもらうよ」

「待って、意味が分からないわ。どうして今更王立学院に?」

「兄上、話を端折りすぎだよ?ちゃんと説明してあげないと」


 混乱しているレティシアに、レオナルドが助け舟を出す。

 ウィリアスタはそうだね、と笑うが、絶対わざとだ、とレティシアは思う。彼はこうしてよくレティシアを揶揄うのだ。


「それがねぇ…面倒なことに、どうやら誰かに命を狙われているみたいなんだよね、俺」

「…随分と命知らずなのね、そいつ。で、命を狙われているからってなんなの」

「冷たいなぁ。君に、俺を守ってほしいんだよ」


 にっこり、と、それは綺麗な顔でウィリアスタが微笑む。この顔で頼まれたら誰も断れそうにないくらい美しい笑顔だが、しかしレティシアは意に介さない。


「私が守らないといけないくらい弱かったかしら。さてはサボったわね。師匠(せんせい)告げ口(チク)ろう」

「鍛錬は怠っていないからそれは勘弁してくれ。どうも暗殺者は魔術師のようなんだ。それも随分腕が立つみたいで…他の暗殺者の相手をしているときにけしかけられたらちょっと対応できそうにない」

「相変わらず物騒ね…だからってなんで私なの」

「相手の目的・素性すべてが不明、絶賛調査中だ。いつどこで狙ってくるかわからないが、今いる王城より王立学院の方がずっと容易いだろう?四六時中ずっと傍にいて、目を光らせてくれる人がいい。生憎俺は魔力探知はあまり得意じゃない」

「ご謙遜を。で、だからなんで私なの」

「お褒めに預かり光栄だよ。聡明な君ならわかるだろう?王立学院でずっと一緒となると、同じ学生になるのが望ましい。俺の護衛なんだから、俺と同等かそれ以上に強くて、俺の近くに居ても違和感のない人物-----君以外にいるなら、紹介してくれてもいいよ」


 さわやかに微笑むウィリアスタに、レティシアは言葉を詰まらせた。

 ウィリアスタは、王国の第一騎士団の副団長でもある。今は学生の身でもあるため「副」の地位にいるが、万が一戦争が起こった場合第一線に立って指揮を執るのはウィリアスタだ。

 彼に剣で勝てる者は、レティシアは一人しか知らない。

 文武に秀で、レティシアと同じ師に師事しているため、その推薦を受けて魔術師協会には既に所属している魔術師でもある彼だが、唯一魔術だけはレティシアに敵わないのだ。


「ま、これは父上からの命だから断れないけどね。あ、制服は作ってあるから安心して。後であげるよ」

「うう、横暴すぎる!王権乱用だ…ひどい…そして別に制服の心配はしていない!」

「寮の部屋は特別に俺の隣だから」

「うぇ!?なんで!?」

「護衛なんだから当たり前でしょう」


 レティシアは絶望した。国王陛下の命とあらば、従わない訳にもいかない。国家魔術師は、その地位や財産、国費で好き勝手研究できる環境と引き換えに国王の命には逆らえないのである。


「うう…陛下…お優しい陛下がこんなひどいことするわけない…!」

「うん、絶対渋るから王命にしてって頼んだ」

「そんな軽々しく王命にしないでほしい・・・待って、私あなたと同じクラスにはなれないのでは?」


 レティシアはウィリアスタの二つ下、レオナルドと同い年だった。普通に考えて、もし本当に王立学院の高等科に編入するならレオナルドと同学年になる。

 三年生になるウィリアスタとは授業の間離れてしまうので、護衛は務まらないのでは?とレティシアはわずかな希望を見出した。

 しかし、ウィリアスタがそんな希望を一刀両断する。


「編入試験は三年時向けだから。レティなら余裕だろう?」

「ぐ…卑怯な…!」

「もちろん、わざと落ちたりしないよね?師匠に怒られるもんね」


 今にも泣きそうなレティシアを、ウィリアスタはそれはそれは楽しそうに眺めている。いたずらが成功した子供のようだ。


「おーい王子、それ、おれも行っていいんだよな?」

「勿論。許可は取ってるよ」

「いえ~い!!あそこの学食はうまいって聞いたからな。食べてみたかったんだよなぁ」


 食い意地のはった小さな黒竜に、レティシアは呆れて物も言えない。仮にもご主人様がこんなに困っているのに、助けようという気概すら見えない。


「と、いうわけで。来月からよろしくね、レティ」


 目にもまぶしい煌びやかな笑顔で、ウィリアスタはそう告げた。


 レティシアは国家魔術師になってから-----否、なる前から、単調で不変的な日々を送っていた。

 毎日寝食を忘れて研究に没頭する。お目付け役(リオネル)がいるから餓死することはないが、大変不規則な生活を送りつつも充実していた。

 それこそ、レティシアが求める「平凡」であったのだ。

 しかしそれは、今この時を以て脆くも崩れ去ろうとしていた。


 こうしてレティシアの平凡は、終わりを告げたのである。 

 

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