お荷物キャリー君
「おはよーございます!」
「キャリー君、おはよう!」
冒険者ギルド明るい声が響き渡る。自分の背丈ほどもある巨大な鞄を担ぎ、集会所の冒険者たちに挨拶をする少年は、受付嬢のもとにバタバタと駆け寄った。
「キャリー君は今日、ケンシさんのパーティーに行くのねぇ」
背伸びをして受付カウンターに手を付いた少年は、鼻から上だけを覗かせて笑いかけた。
「はい、はじめての人とです!」
少年は体を支えた手で依頼用紙を受け取ると、そのままずるりとカウンターから滑り落ちる。鞄の重みにひっくり返る様を、集会所の一同は微笑ましく見つめていた。
亀がひっくり返った時のように手足をばたつかせ、少年は何とか身を起こす。その様子をずっと眺めていた受付嬢は、彼の耳元で心配そうに囁いた。
「ここだけの話、ケンシさんってトラブルが続いてるから、酷いことされたらちゃんと言ってね?」
「はい、言います!」
少年が大きな声で答えると、受付嬢は困ったように周りを見回して、縮こまりながらカウンターへと戻っていった。
キャリーが暫く集会所の椅子に腰かけて待機していると、背丈が倍ほどもある厳つい顔の冒険者が、少年の元へとやって来た。
「お前か、ちんちくりん」
「ちんちくりんじゃなくて、キャリーです!」
キャリーは声を張り上げて答える。冒険者は鬱陶しそうに眉を顰め、「ケンシだ」と短く自己紹介をする。椅子から飛び降りたキャリーは手を差し出したが、ケンシは握手に応じることなくさっさと歩きだしてしまった。キャリーは鞄を掛け直し、どたどたと忙しなくケンシについていく。子犬のように足元に纏わりつきながら歩くキャリーを、ケンシは終始突き放すように依頼先へ向かった。
「いらいは、西の森にあるオオカミのむれを退治することです!むれの数は100匹は下らない、退治したオオカミの右耳を切り取って提示すること、だそうです!」
キャリーは依頼用紙を広げながら、周囲にも聞こえるような声で言った。ケンシは「うるさい」とだけ答えて、目的地までの道を急ぐ。
西の森は市壁の外に広がる農場の向こう側にあり農民たちが薪を採り、豚に木の実を与えるために頻繁に利用されている。そのため、狼の群れが付近で目撃されたのは、被害が拡大する懸念があった。領主はすぐに私兵を派兵したが、狼の群れにつられて魔物がうじゃうじゃと出没したらしく、私兵は即座に退避、人員を守るために替えの利く冒険者ギルドに依頼をかけたのであった。
ケンシは周囲の冒険者と折り合いが悪く、普段一人で依頼をこなしていたのだが、100匹の狼の耳を運ぶだけの荷物など持てないので、最も安い『馬車係』の冒険者を一時的にパーティーに咥えたのであった。
(馬車係じゃないじゃん……。子供だし……)
ケンシは騙されたような気分になり、ちょろちょろとついて回る子供の『馬車係』を、憎々しげに睨みつける。キャリーは道端の野草や小枝を嬉しそうに拾い集め、大人の歩幅に合わせて時折小走りになってケンシについて回った。
「ぐあい悪いですか!」
キャリーが心配そうにケンシを見上げて尋ねる。移動手段も持たない『馬車係』に対して、ケンシは素っ気なく答えた。
「あ?別に……」
「そうですか。それならよかったです!」
西の森を暫く進むと、羊の骨が散乱する場所へと辿り着いた。その中には狼の頭蓋も混ざっており、狼自体も魔物に襲われたことが分かる。ケンシは屈み込み、骨を拾い上げる。食べかけの肉がこびりついた羊肉は、未だ乾ききっていない唾液と血液でべたついていた。
「新しそうだな。近くにいるぞ」
「骨、拾いますか?」
「なんでだよ。要らないだろ」
「いい感じの棒になります!」
などと自慢げに言い放つので、ケンシは小さく舌打ちをして言う。
「うん、要らないな」
(なんで俺がこんなお荷物を……)
ケンシは苛立ちながらその場に骨を放り投げる。すると、キャリーはそれを拾い上げて嬉しそうに鞄の中へ仕舞う。ケンシは「勝手にしろ」と言い放ち、先を急ごうとすると、周囲から獣の唸り声が響き始めた。
「何かいますねー?」
「くそ!お前の声が大きいからだろ!戦えんのか!」
ケンシが声を荒げて武器を構えると、キャリーは颯爽と木の裏に隠れて声を張る。
「いいえ!いつもこかげで見てます!」
「OK!期待しないでおくぞ!」
獣たちはぞろぞろと群れを引き連れて現れると、ケンシをすぐに包囲してしまう。ゆっくりとケンシの周りを回りながら、涎を板根に垂らしつつ、隙を窺いながらの睨み合いが続いた。
そのうちに、木の陰に隠れたキャリーを、一匹の狼が見つける。程より獲物を見つけたとあれば否やはなく、狼は一斉にキャリーに襲い掛かった。
飛び掛かって来る狼に気づいたキャリーは、慌ててケンシのもとへと駆け寄っていく。凄まじい数の狼が、キャリーへと一直線に襲い掛かる。
「あぁ、もうバーカ!バーカ!」
ケンシはキャリーが連れてきた狼の懐に入り込み、圧倒的な数の暴力をいなしていく。重い鞄を齧られたキャリーは、尻にでも噛みつかれたかのように慌てふためき、泣きながら道を引き返してくる。当然、そこには狼に応戦するケンシの姿があった。
別の群れを引き連れたキャリーはケンシに取り付き、「どう、どう、どう!」と重い鞄を振り回す。ケンシは一つの群れを何とか片付け、キャリーの鞄に噛みついた狼たちを次々と斬り倒していく。
キャリーの掛け声が合図となって、今度は魔物と狼の群れが同時に彼らを取り囲んだ。ケンシは間合いを詰め、一匹ずつ確実に斬り倒していく。血飛沫を浴びながら剣を振るうケンシに背中を預け、キャリーは巨大な鞄を盾代わりにして振り回す。自分の背丈の倍ほどもある鞄は、無駄な取得物のお陰でパンパンに膨れ上がっており、意外なほどの強度で魔物や狼を退けた。
昼食も取れないまま夕暮れまで戦い続けた後、二人は死屍累々の中で背中合わせのまま座り込んだ。
「ひぃぃ、疲れましたぁ……」
「それぐらいの声でいいんだよ、それぐらいの声で……」
ケンシは眼前が見えないほどに返り血を浴びた顔を拭い、飲み水で顔を洗うと、ごつごつとした大きな鞄に身を預けた。
「きつい……」
「オオカミの右耳、100個……」
鞄に身を預けたケンシの代わりに、キャリーは鞄を残してナイフを取り出す。息を切らすケンシの顔に大きな鞄の被せを掛け、丁寧に切り取った狼の耳を放り込んでいく。暗闇が森を染め上げるより先に、ケンシの視界は真暗になった。
「……ぅぁ!」
「あ!目、覚ましました!」
飛び起きたケンシが初めに見たのは、集会所で酒を仰ぐ屈強な男達による酒盛りの風景である。外はすっかり暗闇に沈み、周囲からは騒々しいほどの歓声が上がった。
「おぉ!ケンシさんお目覚めだってよ!」
「キャリー君一安心だねぇ。お疲れぇ!」
「キャリー君飴ちゃん要る?」
「いります!ありがとーございます!」
いまいち状況が呑み込めないまま、ケンシは受付嬢に視線を送る。素の表情が険しいケンシの剣幕は、意思に反して受付嬢を怯えさせた。
ミルク入りのカップを両手で持つキャリーと仲睦まじく乾杯をする別の冒険者が、受付嬢の代わりにケンシに耳打ちをした。
「依頼終えて寝ちまっただろ?運んでくれたキャリー君にお礼言っとけよ」
キャリーの隣で寝かせられていたケンシは騒々しい酒盛りに半ば強制的に参加される形となり、冒険者たちからあれこれと酒とつまみを押し付けられた。
冒険者たちが疲れて寝息を立て始めた頃、ケンシはようやくうとうとと舟を漕ぐキャリーに声を掛けた。
「運んでくれたんだってな」
「荷物より……かるかったので……」
「そりゃガラクタ拾い集めてたからな……」
「ちがいます!いい感じの棒です!!」
「はいはい、いい感じのね……」
ケンシは暫く黙っていたが、キャリーがケンシに肩を預けてすっかり眠ってしまうと、一言ぽつりと呟いた。
「まぁ、その。ありがとな」
前回の依頼で散々懲りたケンシは、受付嬢から「怪鳥の卵集め」の依頼を受けると、自分の鞄の大きさを見て、受付嬢にその険しい表情を向けた。
「いち……二番目に安い『馬車係』を頼む」
「承りました」
暫く集会所の隅で待機していると、ギルドに備え付けられた厩に、馬の嘶きと小さな馬車が停まる。ケンシは無関心のまま、扉を開ける音を背中で聞いていた。受付嬢が嬉しそうに自分の出した依頼状を持ち上げる。
「おはよーございます!」
いつになく大きな挨拶の声が集会所に響く。
「おい、まさか……」
「キャリー君馬車買えたんだー、良かったねぇ」
「はい、うれしいです!おこづかいもちょっと高くなりました!」
ケンシが依頼状を取り消そうとかけていったときにはもう手遅れで、キャリーの手には、今まさに受付嬢に預けたケンシの依頼状が握られていた。
「あ、ケンシさん!よろしくお願いします!」
キャリーが巨大な鞄を担いだまま頭を下げると、鞄の被せが開き、中から大量の木の枝や骨、鉄の棒、石などが雪崩てきた。
「ぅぁぁぁぁぁぁぁ!もぉぉぉぉぉぉぉ!」
結局、その後のケンシはキャリーに振り回されながら、色々な依頼をこなしたそうな。
普段はこういう話書いてません。息抜きにどうぞ。