07 神官エルクス
「エルクス様?」
「何か不穏な気配を感じますね」
不老の神官。
エルクス・ライト・ローディア。
真っ白な美しい髪が腰まで伸ばされた、中性的な美しさを持つ男。
彼は神官服に身を包み、大神殿でいつものように神に祈りを捧げながら過ごしていた。
エルクスはアルヴェニア王国において、神の予言を受け取る、特別な男だ。
神殿の権威は、王権や貴族特権とは別けられていて不可侵。
ある意味で王族よりも重要な貴人だと言えた。
既に神の予言は2つ下っている為、しばらく彼の正規の仕事はない筈だった。
2つの神の予言。
一つは、聖女に関して。
黒い髪と赤い瞳を携えた侯爵令嬢ユークディア・ラ・ミンクは聖女として神に仕える者になる事。
これは実質、遠からず神官エルクスの配下、というよりも弟子のような立場になる。
いずれ神から不老の運命を賜る事さえあるかもしれない。
神官の見習いのようなものだったが、神は無情ではない。
若いまま、俗世をすぐに捨てて神に今すぐに仕えよ、とは求めなかった。
予言のもう一つは、王の伴侶について。
同じく侯爵令嬢、白銀の美しい髪と碧眼、そして優秀な能力を備えたキーラ・ヴィ・シャンディスが王の伴侶となること。
彼女は未来の王妃となる事が、神によって定められた女だった。
公爵家のない今の王国にとって、侯爵令嬢である彼女達は、国で最も高位に近い女性達だ。
どちらにも不満を抱く余地はまるでなかった。
「保管書庫に参ります。ついてきなさい」
「はい!」
神官エルクスは部下を引き連れて、予言を書き記した書物を保管している書庫へと向かった。
そして、書庫へと彼らが辿り着いた時にそれは起こる。
「なっ……!?」
あろう事か。すべての予言の書が燃え始めたのだ!
「なんて事だ! 水を!」
「……待ちなさい。おかしい。この火はおかしい」
「え?」
予言を残した書物がすべて燃え始めている。
だけど、木製の本棚類、机、椅子、梯子。
それらに火が燃え移っていない。まるで予言の言葉だけを焼き尽くすかのように。
こんなものは自然現象などではない。
神が人間に何かを報せる為に起こした現象に他ならない。
「…………」
ヒラリと燃えた予言書の、紙の1ページが宙を舞い、そして神官エルクスの手元へと落ちてきた。
「エルクス様!」
「……大丈夫です」
燃えたページを掴むも、彼に火傷は生じない。
これは普通の火ではないのだ。
手にした紙に記された予言は、最も新しい予言の1つ。
『キーラ・ヴィ・シャンディスは王の伴侶となるだろう』
エルクスが、その予言の内容を読み終えると同時に、端から燃え尽き、灰となって消えていく。
「……これは」
灰となり、サラサラと崩れ落ち、キーラに関する予言は、他の予言と共に跡形もなくこの世から消え失せた。
「え、エルクス様!」
「ん?」
その現象を共に見守っていた部下が、灰が溜まった書庫の床を指差す。
エルクスがそこに目を向けると、なんと溜まった灰によって床に文字が描かれていた。
『大きな間違いを犯している』
それは、まさしく神の予言だろう。
誰かが、何か、大きな間違いを犯している。
神の予言に反するような……大きな間違いをだ。
その言葉を認識すると、また灰は散り散りになり、霧散してしまった。
「…………王城に参りましょう。新たに生まれた王、レグルス王にこの事を伝える」
「は、はい!」
不老の神官、エルクス・ライト・ローディアは大神殿を発った。
王に問わなければならない。
『神に反するような決断を、最近した事がありますか?』と。
誰よりもまず王を問い質そう。王が倒れれば国が滅びてもおかしくはないのだから。