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06 失われたキーラの心

 人生をやり直した事で、私はすべてを手に入れた。


 見えていなかっただけのお父様の親愛。

 レグルス様の寵愛。

 多様な友人達。

 臣下の信頼。


 多くの貴族達からも認められて。

 アルヴェニア王国の王妃にもなる。


 私を陥れ、レグルス王を惑わしていたミンク侯爵も罪を問われ、罰を受けた。



「……私のしてきた事に、積み重ねてきた努力に、世界が報いてくれた」


(……本当にそう?)


 チクリと、私の胸に棘が刺さる。些細な違和感。

 望んでいた何もかもを手に入れた筈の私は、何かが引っ掛かっている。


 悪魔リュジーに捧げた私の心は何なのだろう。


 良心でも愛でもなく。他に失った心に思い当たるものがない。

 だって、この2度目の世界では誰に悪評を立てられる事もなかった。


 ミンク侯爵やその手のものの工作は別にしても、だ。

 心を失くした事で誰かを不幸に陥れた事はなかった筈だ。


 それこそ悪魔の望むような悪辣な行為に手を染めた事はない。

 恨まれるにしても、ただ、順当に罪を裁いた結果しかない筈。


『キーラ・ヴィ・シャンディスは冷たい令嬢』

『氷のように冷めた女』

『人の心がない』


 ……なんて、そんな言葉は最初の人生と違って言われた事がない。



「最初の人生と違って」


 私の努力に応えてくれなかった世界と違って。


 チクリ。


 また私の胸に棘が刺さった。



「レグルス様」


 私は、彼を愛している。愛していた。愛された。愛しているのだけれど。


「……彼が私を愛する事を受け入れられても」


()は、私にとって度し難い。だって私は無実だった。私は努力を重ねてきた)



「あっ」


 まさか。そこで、その時になって。私は、ようやく悪魔に支払った心について思い至る。


「そういう事、なの?」


 リュジー。時間と影の悪魔、リュジー。

 貴方は、たしかに悪魔なのだわ。



『幸福を掴みたいならば不要』で。

『キーラ・ヴィ・シャンディスにとっては大切な心』を、彼は私から奪った。


 その心とは……。



◇◆◇



 結婚式の前夜を迎えた。

 私は明日、レグルス王と結婚し、王妃となる。


「…………」


 人払いをし、誰も部屋に近付けないようにした。

 私は、静かに彼の訪れを待ち続ける。


(部屋の戸締りも完璧にしてある。それでも悪魔の侵入を防ぐ事は出来ないでしょう)


 推測は当たっていた。



「よう。キーラ。上手くやったじゃないか。神様の定めた運命の通りに」

「……リュジー」


 彼は、やはりやって来た。今夜は鏡に映った私の姿が黒く染まり、影になる。


「それで? 十分に悩んだか? このままこの世界を生きるのか」

「……その前に」

「ん?」


「答え合わせをしてもいい? 私が貴方に支払った代償。今の私が失った心について」

「……ほう。なら分かったのか。気付いたのか。その心が何なのか」

「ええ」


 私は、まっすぐに彼を見つめた。そう、まっすぐに。

 何者にも怯える事がないかのように。


 真っ当に、善なる者として、胸を張って生きていける者かのように。



「聞かせろ。お前が失った心とは?」

「……リュジー。もう一度、取引をしない?」

「うん?」

「私が、もしも。失った私の心を言い当てる事が出来たのなら。……貴方に渡した、その心を私に返して欲しい」

「…………」


「その代わり。もしも、私が答えを間違ったのなら」

「なら?」


「『今の私』を消してしまって構わないわ」

「……くっ。くく」


 ニヤニヤと抑え切れないように彼は笑う。悪魔らしく。


「いいだろう。その取引に応じよう」

「……ありがとう。リュジー。じゃあ、言うわね」


 私は深呼吸する。そして、答えを口にした。

 私が失った心。それは。



「──復讐心(・・・)。単純な悪心とは違う。私個人、私が経験した出来事に由来する……特定の者達への、怒りと悪意。それが私が失った心よ」


 そう、言い切った。

 私は、尚も綺麗な瞳でリュジーを見つめる。


 怒りを捨て。絶望に染まって人を恨む事などしなかった目で。



「くはっ! はははは! ……正解(・・)! 正解だとも! 素晴らしい! このゲームはお前の勝ちだ、キーラ! そう、俺がお前から奪ったのは……復讐心!」



 それは、私が幸福を掴みたいだけならば、不要だった。

 恨みに生きるよりも、自らを良くし、隣人に愛を注ぐ生き方をした方が幸せだろう。


 それは、最初の人生を生きた『私』を支えるものだった。

 ただの幸福では吞み込めない、理不尽への憤り。



「納得が出来ない」

「そうだろう!」


 何も知らずに幸福を掴んだ『2回目の人生で出会った彼等』に罪はないかもしれない。

 或いは罪を犯す前、間違いを犯す前に、彼等は正しき道を歩めた。



「『私』が報われていない。救われていない」

「ああ、その通りだ!」


 私は、努力してきた。最初の人生で。

 私は、彼に愛を捧げた。最初の人生で。


 ……その結果、返されたのは何だった?


 二度目の世界では、私は最初の人生で培った知識と経験で、多くの者に認められた。労われ、褒められた。愛された。


 だけど。


()を認めるのならば……『最初の人生で出会った彼等』が認めるべきだわ」

「そうさ! その通りだとも!」


 だって努力してきたのだ。何も知らない中。分からない中。多くの者が間違う中。


 手探りで! 正解なんて知らず! 一人の人間として足掻き、私は生きてきた!



「誰よりも努力してきた。鞭で打たれながら王妃教育を受け、涙を流しながら耐えてきた。……すべて学んだ後の『2度目の私』は、その努力をなかった事にして、だからこそ優秀なのだと誉められた。天賦の才なのだと。


 だけど、そんな天才の評価は要らない(・・・・)


 私に与えられるべきは……積み重ねてきたものの、正当な評価だった!」


 愛する人は私を労わず。

 努力を重ね、結果を出した事さえも当然だと片付け、流して、皆が更なる向上ばかりを求めた。



「血の滲む努力をした17年を生きてきたのは、最初の人生の私よ」


 知識と経験を受け継いだだけの2回目の私が、神童だと認められる。

 最初の人生で私を信じなかった者達が、平然と笑っている。罪を犯していないから。


「今の自分は、私の人生に見合った私じゃない。……今の彼等に罪はないのだとしても。最初の人生の私が彼等を赦せない」

「くくっ……」


「リュジー。ここは地獄(・・)だわ」

「ほう?」

「すべての選択肢が上手く選ばれた、理想の地獄よ」


 違う。違うのよ。

 私が生き足掻いた結果の報いには、たしかに相応しい結果に見える。


 誰もが認めるハッピーエンドの世界。


「だけど、この世界は私が生きる世界じゃない」


 だって赦せない。


 私を本当は愛していたと、成長する過程で、憎む事になったかもしれないと。

 2回目の人生で出逢ったレグルス王は、そう告げた。


 ……愛!


 愛していたと語るのだ。彼自身の口で!


 愛していながら憎み、疑い、信じず、私のすべてを裏切って地下牢へと投獄したのだ!

 大罪人であると多くの者に知らしめながら! 貶めながら!


 私の愛も否定して! 正妃に据えぬ、側妃になら良いなどと宣った、その心に愛があったと!


 私は人生を否定された。

 すべてを裏切られた。にも拘わらず! そこに愛があったと言うのだ!



「リュジー。……お願いがあるの」

「ああ」


「──私を、あの地下牢に帰して(・・・)

「……ほう」


「たとえ、今あるこの世界が、夢でも幻でもなく、現実のものだとしても。

 これは『私』が生きるべき人生じゃあないものよ」


 私は悪魔にそう願った。次の代償に何を望まれるのか。

 それは分からない。


 明日には幸福の絶頂が待っている。結婚し、王妃となる予定だった。それでも。


「……帰って何をする?」


 そんなもの決まっている。



「──復讐(・・)。死のような報いを与える事が出来ないとしても。

 私は、最初に歩んだ私の人生こそを肯定し、そして見返さなくてはいけない。

 私を信じず、裏切った、見捨てた者達を見返し、名誉を、誇りを取り戻さなくてはいけない。


 私は、私の積み重ねてきた人生に報いたい。


 ……この2回目の世界に、その答えはないわ。だからこそ、地獄」


 この世界に留まる限り、私は未来永劫、私の人生を否定して生きる事になる。

 悪魔の罠に嵌った愚かな女となるだろう。



「くっ……、くく! くはっ! はは……! あはははははッ!!」


 悪魔は笑った。私の答えを。


「いいだろう! 戻るんだな、帰るんだな、キーラ・ヴィ・シャンディス!」

「……ええ。出来るの?」


「出来るとも! そして、復讐するんだな!?」

「そうよ。私は、ありもしない罪で地下牢に投獄した世界に復讐するの」


「くはっ! いい! いいぞ! お前は最高の女だ! あの時、お前の前に来た事は正解だった!」

「……どうもありがとう、悪魔さん」


 気に掛かるのは、この世界に残される全て。それでも。


「……お前は、もう失った心を取り戻している」

「え?」

「くくっ。新たに芽生えた感情じゃあない。お前が答えを言い当てた時点で、取り戻した、お前の心、お前の復讐心だ」

「……私の」


「この世界の事は捨て置くといい。お前が想像した通り。甘い予測の通り。

 この世界を生きるべきキーラが、甘々な周囲に助けられて生きていくだろう」


「……本当?」


「ああ! この世界は、そのままハッピーエンドを迎えるだろう。だが、それはつまり」

「……ええ」



「『お前』は、この世界には戻って来れない。最高のハッピーエンドの世界を、お前自らの意志で、蹴るんだ。そして殺人鬼が入れられるような地下牢暮らしに舞い戻る!


 最高の夢を、人生の絶頂を知った上で!

 下層の、下層の、最下層に帰らされる!!


 ……それがお前の選択だ、キーラ」



 ゴクリと唾を呑み込む。これは最後の選択だ。


「……たとえ、冤罪で死刑になったとしても」

「やり直しはもう出来ない。俺は、そこまで手を貸さない」


 奇跡の魔法は一度きり。それは定められた事なのだ。

 私は、そんな奇跡を棒に振る。


「……それでも帰るわ。リュジー。私は、私の生きるべき人生を生きる」


 レグルス王の伴侶となる。神様が定めた運命の世界。


「…………神様の定めた運命なんて、クソ喰らえよ」

「くはっ!」


 悪魔リュジーは、心底愉快そうに笑った。


「いいとも。お前の望みを再び叶えよう! 悪女(・・)キーラ・ヴィ・シャンディス」


 そして再び。


 私は影に包み込まれ、抱かれた。


 魂を包み込む抱擁。官能的な刺激。


 ……私は本当の人生へと舞い戻る。



 人生をやり直した私は……そのやり直しを、やり直す(・・・・)



「……っ!」


 気付けば私は、薄暗い地下牢の中。

 ボロボロの姿で牢獄に囚われていた。


「これからは俺も力を貸してやろう」

「え?」


 ……あろう事か、服の中(・・・)から声がする。


「リュジー?」

「俺は時間と、影の悪魔だ」

「……知っているけれど」


「影だからな。どんな場所にでも入り込める」

「……だからって服の中に?」

「悪魔と一心同体ってヤツだ」


(……これも悪魔なりの暇潰し、楽しみなのかしら?)


 感性ごと、種族ごと違うのだ。分かる筈がないかもしれない。



「──さぁ、キーラ。神様の決めた運命への反逆だ」


 悪魔は、私の服の下から、そう囁いた。


読んでいただきありがとうございます。

「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら

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よくある逆行令嬢の、2週目改心? 何も知らない、綺麗になった王子と元鞘(?)が

「いや、ちょっと……」と思っていた作者が考えた逆行令嬢物語です。


一応、プロットだけですが、完結までの話作りの目途は立っていますので、

続きが気になる方はブックマークして連載を追っていただけると嬉しいです。


それでは。

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― 新着の感想 ―
なんとも恐い!でも主人公がどうなるのか?!どうするのか?!知りたくて目が離せない、スゴい設定です(゜o゜;
あー、わかります。『やり直しで元サヤと』っていうのは確かにモヤってました。楽しく読ませて頂きます。
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