表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/55

05 人生のやり直し

 私、キーラ・ヴィ・シャンディスは気が付けば、5年前の時間に遡っていた。


 2度目の人生が始まったのだ。

 苛烈な王妃教育で、身がやつれる前。


 父親の居る侯爵邸。自分の部屋。そして成長し切る前の身体……。


 時間と影の悪魔、リュジーの言葉と力は本物だった。

 それに代償として失った筈の心だけど、それは『良心』ではなかった。


 他者へ向ける『愛』でもない。

 それが分かったのは……父であるカイザム・ヴィ・シャンディス侯爵とのやり取りでだった。


 時間を戻った真実は告げなかったけれど、私は父に告げた。


『レグルス・デ・アルヴェニア王子とは婚約をしたくない。王妃になどなりたくない』と。


 ……お父様は、私の言葉に真剣に向き合ってくれた。

 そして婚約解消(・・)に向けて侯爵として、王家と話し合いを進める事を約束してくれた。


 王妃教育にかまけるあまり疎遠になっていた父。

 だけれど……私は、たしかにお父様に愛されている事を知ったの。


 お父様の銀色の髪と青い瞳を受け継いだ事を、私は本当に嬉しく思えた。

 私の中にはたしかに家族へ向けた愛があったのだ。


 だから私が失った心は『愛』ではなかった。



 まず、始めに私がした事は……侯爵家に残って『騎士の道を目指す事』だった。

 お父様はいずれ、侯爵家を別の者に引き継ぐか、爵位を返上する事まで考えてくれた。


 一人娘である私は、騎士を目指す。

 それもただの騎士ではない。神に仕える騎士、神殿騎士だ。


 アルヴェニア王国においては、宗教に関わる事は王権とは独立している。


 なにせ神の予言を知る不老の神官がいらっしゃるのだ。

 神殿の権威と、王権・貴族権は分けられている為、貴族令嬢である私が、王家に召し上げられないようにする為には、神殿に仕える身になるのが最も手っ取り早く、確実だった。



 ……レグルス様への愛は、まだ心に(くすぶ)っている。

 けれど、彼は未来で私ではなく、聖女ユークディア・ラ・ミンクを伴侶と選ぶのだ。


 側妃になって彼等の傍に居ても、きっと私は幸福にはなれない。

 私は、彼等にとっては最初から邪魔者だったのだろう。


 だから2度目の人生では彼等と関わらない道を選択した。



◇◆◇



 騎士を目指した私は、最初の人生にはなかった出逢いをした。

 アラン・ディクスという赤髪・赤目の伯爵家の令息。


 武家の名門であるディクス家の三男で、彼は奔放で、自由な人だった。

 騎士の訓練をするに当たって、まるで妹のように私を扱った。


 最初は女だからと舐められていたけれど、だからこそ私は精一杯に鍛錬に励み、彼を見返そうと思えた。



「なぁ、お前」

「なぁに。アラン」

「本当に神殿騎士になるつもりなのか?」

「え? うん。もちろん、そうよ」


「……王子様の婚約者なんだろう」

「それはお父様が解消に向けて動いてくださっているわ。神殿騎士になれば、神官エルクス様の協力も得られる。そうなれば……私は、晴れて王子の婚約者じゃなくなるのよ」


「……どうして?」

「何が?」


「いや。なんでそんなに王子の婚約者が嫌なんだ? だって未来の王妃だろ? この国一番の女じゃないか。俺の知ってる貴族の令嬢達は、誰もがなりたがってる。夢を見てるよ」

「……そうね」


 一度目の人生で、令嬢から嫉妬を向けられた事はあっただろうか。

 ほとんどなかったわね。


 優秀さ、という意味では誰にも負けていなかったと思う。

 実力で呑み込んで貰える相手は、きっと納得してくれていた。


 ……1人の女としてならば、きっと誰も私を羨んだりはしていなかったでしょう。


 婚約者である私を、王子であったレグルス王が愛した事など一度もない。


『その寵愛が、もしも自分に向けられたならば素敵だろう』……なんて考える令嬢は、居なかった筈だ。


 もしも、そう思う令嬢が居たならば、きっとそれは聖女と彼が出逢った後に違いない。



「お前って、ほら。器量は良いだろ? そこらの令嬢よりさ」

「……それを自分で認めるのは、むず痒いのだけれど」


 傲慢にも聞こえるし。だいたい、そこまで優劣がハッキリする程、王国の貴族令嬢達は劣ってはいない。

 誰も彼もが美しさに磨きがかかった令嬢達ばかりよ。


「そんなに王子様が嫌かねぇ。話してみれば、意外と良いヤツかもしれないだろ?」

「……話してみれば、ね」


 その話す機会さえ、まともに与えられなかったのだけどね。


「なぁ。神殿騎士にならなくてもさ」

「うん?」

「例えば……他の、男に嫁ぐとか。いや、お前ん家の場合は婿入りか? 出来る奴が居ればさ」

「……そうね。それも手の一つだと思うわ」


 だけれど。

 今の私は、まだレグルス王子の婚約者だった。

 その今の私と婚約関係を結びたいと言うのは、王家に弓引くような行いだ。


 どこの家もそう簡単に手を出せる話ではない。

 だからこそ、私は騎士の道を目指し、神殿騎士となろうとしている。



「なぁ、キーラ」

「……この話は、また今度ね。アラン」


 彼の言いたい事、伝えたい事は伝わっていた。

 だって、その瞳は……私が最初の人生で長く抱いていた瞳。


 気持ちの届かない誰かへ片思いをする瞳だったから。


 けど、私は彼の気持ちに応えられるとは思えなかった。

 まだ……私の心には……。



◇◆◇



 転機が訪れた。

 2度目の人生では、ずっと避け続けていたレグルス王に会う機会があったのだ。


 私は、彼を見た瞬間……怯えた。

 彼と関われば、また犯してもいない罪で囚われ、弁明すら聞いて貰えず、貴族牢ですらない地下牢へ投獄されるかもしれない。


 ……抱えた気持ちとは裏腹に、強く思った。

 関わりたくない、と。


 しかし、そんな私の態度が、違う効果を生んだ。

 私が彼から離れようとする程に、レグルス王は私に関わりを求めてくるようになったのだ。


 人生は……上手くいかない。望み通りになど進まない事を突きつけられる。



「けど……最初の人生の彼と、態度が違う?」


 一度目の人生では、憎悪と思えるような感情を向けてきたレグルス・デ・アルヴェニア。


 しかし、二度目の人生における彼はどうだ。

 まるで対等に、普通に、私に声をかけてくる。


 どころか興味深そうにさえしてきた。


「いけないわ。……だって、どうせ彼は聖女に心惹かれるのだから」


 人生を懸けてきた愛が叶う夢を見た。

 そこまで近付いているような気がした。


 前王……今はまだ国王陛下も、私達の関係を保留している。


(どうして……?)


 最初の人生と、二度目の人生で何が違ったのだろう。

 どうして彼は、私に憎しみの目を向けない?


 もしかしたら……何か原因があったのかもしれない。

 私は、その何かを探り始めた。



 ……私は、ずっと彼に嫌われる理由が、私自身にあるものだと思っていた。

 だから人生を費やし、王妃に相応しくなるように励み、そして彼に愛されようと努力してきた。


 けれど。けれど。


 ……そこには悪意が横たわっていた。



 聖女ユークディアの父、デルマゼア・ラ・ミンク侯爵。

 彼の野心が悪意の元凶な事が分かった。


 彼の命に従う者達が、絶えずレグルス王子に毒を吹き込んでいたのだ。


 レグルス王が、私を疎むように、憎むように。

 すべては自身の娘を王妃に据える為に……。



 2度目の人生では、彼の野心を打ち砕く事が出来た。そして。



「キーラ・ヴィ・シャンディス侯爵令嬢。其方を……私は愛している。どうか。どうか私と結婚してくれないか」


 青い髪と青い瞳をした、あれ程までに愛し続けていた彼、レグルス王から私は愛を捧げられた。


 すべてが変わった。

 すべてが上手くいった。


 2度目の私の人生は、愛を勝ち取り、悪人を打ち倒し、何もかもが満たされたハッピーエンドを迎えたのだ。


 そして……私とレグルス王の婚姻式が目前に迫る。


 正式に彼と結ばれ。そして彼と初夜を過ごし、私は彼の子供を産んで、王妃になって。


 誰もが認める、ハッピーエンド。

 彼の確かな愛が向けられた夢のような、幸せの終わり。



「…………私は」


 これで良いのだろうか。


 私は良心は失わなかった。

 多くの人に優しく接する事が出来た。


 私は愛を失わなかった。

 家族愛も、男女間の愛も、どちらも私は抱いたままだった。



 ……では悪魔との取引で、私が失った心とは何だったのだろう。

 それを知らないままで私は、この世界を受け入れて良いのかしら。



「──よう。キーラ」

「あっ」


 2度目の人生では、ついぞ姿を見せず、声を掛けてくる事もなかった彼が、そこに居た。


 時間と影の悪魔、リュジー。

 私にこの幸福な人生を与えてくれた、悪魔。


「人生を楽しんでるか?」

「……リュジー。貴方が今、ここに現れたという事は、もしかして」

「うん?」


 私の2度目の人生は今、最高潮だと言っていい。

 幸せの絶頂。


 ならば。それを奪い、収穫するならば、きっと今が最適だろう。


 それこそ悪魔の所業だと言える。



「私を殺しに来たの?」

「……いいや?」

「違うの? じゃあ、魂を奪いに来たの?」

「いやいや。そんなものは欲しくもない」

「……では、何を奪いに来たの?」


「別に何も?」

「何も? でも……」


「そもそも既に契約は成立している。お前は既に代償を支払って、ここに居る。この人生は間違いなくお前が手に入れた人生だ。俺は、それを強引に奪う真似はしない」


「……でも、そんな」


 それでは話が良過ぎる。

 悪魔との契約で幸福を手に入れたというのに、私は実質、何も失っていない。

 代償を支払っていないのだから。



「リュジー。私は一体、貴方にどんな心を差し出したの?」

「分からなかったのか?」

「……ええ。分からなかったわ。色々と考えたけれど、思い当たるものがないの」

「くくっ。そりゃあまた。随分と幸せな人生を歩めるようになったって事だ。ま、それもまた一興だけどな」


 一興。それでいいの?

 私は、このままレグルス様と結ばれて幸せになっていいのかしら……。



「くくくっ。別にいいのさ。お前がこの人生を選ぶなら。キーラ」

「……いいの?」

「ああ」


 彼は本当に悪魔なのかしら。

 私にとっては結局、良い事しかもたらさなかった。


 誰かにとっては悪魔でも、私にとっては良い人でしかない。



「キーラ。もう一度。結婚式の前の日の夜に、お前の部屋を訪れよう」

「…………」


「その時に決めろ。それまでは悩むといい。十分に悩み、考え。この人生で良いのかどうか」

「……分かったわ、リュジー。真剣に考えてみる」


「くくくっ。面白い答えを期待している。お前が失った心を取り戻せるように」


 そう言い残して、悪魔リュジーは再び私の前から消えてしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ