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【39】 キーラの復讐

「キーラ!!」


 レグルス様が叫ぶような声を上げる。


「お前は、お前はなんということを言うのだ。なんということを……!」

「……あら? おかしなことでしょうか。今、私が申し上げたことは、これ以上なくレグルス王への忠誠を誓う言葉でございます」

「なんだと!? どこがだ!」

「どこが。どこがと、おっしゃられましても。すべて(・・・)ではありませんか?」


 私は首を傾げます。


「ねぇ、リュジー。そうよね?」

「そうだな。国王陛下は、既に多くの者達の前でキーラに婚約破棄を突きつけた。そして聖女を婚約者に据えたのは正式なものだ。であれば、側妃を迎える必要は今の王にはない。まず、正妃となられる聖女様との間にこそ子が必要だろう。これについては多くの貴族も大臣たちでさえそう考えているはずだ」


 リュジーの補足に私はこくりと頷き、言葉を続けた。


「ええ、そうよね? それにユークディア様は身分も能力も申し分ないわ。聖女という肩書きもあり、神殿も彼女を認めるところ。その上、レグルス王からの寵愛もある! 二人の婚姻に当たって側妃が必要な要素などどこにもないわよね?」

「ああ。王には王妃様が一人居れば十分。……ここで諸侯に(うかが)う!」


 リュジーは私を片手で支えながら、大振りの手振りで会場に居る貴族たちに声を掛ける。


「あのような状況ではキーラにあらぬ疑いを持っていただろう? だが、キーラはここに示した。『王の伴侶の座になど興味はない』と! そして、彼女の父、カイザム氏から侯爵位を継ぐことで王の臣下としての忠誠を示し! その能力は侯爵領を統治する事で活かし、王国へ還元する人生を選んだ! またレグルス王に対する未練はなく、既に新しい道を歩み始めたことをも彼女は示した! 女侯爵キーラはレグルス王と未来の王妃ユークディア様を心より祝福している! 王家とシャンディス侯爵家の間には、こうも(いさか)いはないのだと! (わだかま)りもないのだと! 彼女は身を以て示したのだ!」

「黙れッ!!」


 レグルス様が怒鳴り、リュジーを強く睨みつける。その表情から怒り心頭に発し、憎悪さえ抱いている様子が伝わってきた。多くの貴族たちが王のその怒気に恐れおののく。

 けれど、やっぱり私が彼を怖れることはない。私の愛はリュジーに受け入れられ、そして返される。私がレグルス様に縋ることはもうないのだ。


「貴様……よくも、よくもそのようなことをぬけぬけと!」

「あらあら。本当。何が王のご不満なのでしょう? お怒りになる理由がトンと見当つきませんわ」

「……キーラッ!」

「ふふ」


 そう。これは復讐。侯爵令嬢が爵位を継ぎ、結婚した。そして初夜を迎えた。

 無関心の王であれば『それがどうした?』という話だろう。

 勝手にせよ、そのようなことに逐一の報告の必要などないと。

 だって、それはその家の問題に過ぎない。

 しかし、私とレグルス様の関係では、それでは終わらないのだ。


 ……男性が、最も許せぬことは最愛の女を別の男に奪われることだと言う。

 最愛の女が、己の物だと思っていた女が。別の男に愛を語り、そして身体を許す。

 それが最も屈辱なのだと。

 私とリュジーのこの行為を『復讐』とするには一つの確信が必要だ。


 それは……レグルス様から私への、愛。

 彼が今も尚、キーラ・ヴィ・シャンディスを愛しているという確信がなければ、この復讐は意味を為さない。そして、こうも動揺して見せるレグルス様は既に自白しているのだ。

 レグルス・デ・アルヴェニアはキーラ・ヴィ・シャンディスを愛していると。


 そして、彼が私を愛していると突きつけられることは……。

 隣に立つユークディア様にとって、とても残酷なこととなる。



「……キーラ様は」


 そこで聖女ユークディア様が私に声を掛けてきた。今のレグルス様よりも、彼女の方が冷静かもしれない。


「はい、ユークディア様」

「……その方を、リュジー様と言ったかしら。……その方を、愛していると。心から、そう言えますの?」

「ええ! もちろんですわ! ふふ。彼との出逢いは、まさに運命と思っております。ですので、ユークディア様には、とても感謝(・・)しているのですよ?」

「……感謝、ですって?」

「はい。だって、貴方がレグルス王の愛を受け止めて下さったから。私は自由の身となり、こうして真実の愛に巡り逢えたのです! こんなに感謝すべきことはありません。ああ、本当に……ありがとう(・・・・・)ございます(・・・・・)! ユークディア様!」


 私は、心からの笑顔でユークディア様に感謝を伝えた。

 もちろん、嫌味だって含まれている。でも、やっぱりこの感謝もまた本心だ。

 私はリュジーとの出会いに、愛に、後悔などないのだから。


「……馬鹿にしないでッ!」


 ユークディア様は激昂した様子で私に向かって声を荒げる。その声は彼女の悲鳴のようにも聞こえた。


「あら、馬鹿になどしていませんわ? だって私。本当に今、幸せなんです。リュジーと巡り逢えて。彼は、私を、私だけを愛してくれるのよ? ふふ」

「キーラ様! 貴方は分かっていてやっているでしょう!」


 分かっていて。そうね。ユークディア様も気付いていらっしゃるのだわ。

 当然でしょう? 貴方が先に(・・)、私に何をしたのか。それこそ分かっているはず。


「分かっていて、とは。何をでございましょう? ユークディア様」

「何をですって!?」

「……認めるのですか?」

「は!?」

「レグルス王が! 一体、誰を愛しているのか! 他ならぬ貴方様が認めると言うのですか!? 諸侯が揃った、この場で! いずれは王妃となる身でありながら! それがどういうことか本当にお分かりですか!? 今この愛の問題について、この私を責め立てるということは……ユークディア様! 貴方がそれを認めているということですよ!」

「ぐっ……!」


 王妃が。王妃となる者が。王は、別の女性を愛していると認めるなど。

 この先の彼女の人生に暗い影を落とすだろう。だって、そうなれば誰もに見下される。

『あの王妃は所詮、王には愛されていないのだ』と。

 そして、それは私がなるかもしれなかった『もう一人の私の未来の姿』だ。

 正妃であろうと、側妃であろうと、レグルス様が変わらないのなら同じこと。

 悪魔(リュジー)の手を取らなかった私の未来の姿が、ユークディア様だった。


「……私は。私は……! レグルス様に……! 貴方だけは!」

「許せませんか? 私が幸せになることだけは許せないと? それでは、まるで。どのような形だろうと私を貶める事件(・・)を起こしそうですわねぇ? ユークディア様が」

「なっ!」


 私は冷ややかな視線で、ユークディア様を見下ろし、そして。


「──聖女毒殺未遂事件!」


 私は、そこで大きく声を張り上げる。


「あの事件で、陥れられたのは結局私だけでしたわ? 聖女ユークディア様には、何の害も残さなかった毒! さて。今、ユークディア様が態度で示した感情は、はたして、あの事件と無関係なのでしょうか? 彼女の! 私への! 敵愾心を見て! 聞いて! あの事件の真相たるや一体何処にあるのかと! 王家を支える貴族の皆様、どうお思いでしょうか!」

「な、何ですって!? 貴方、まさか私に、被害者である私に罪を擦り付けるとでもいうの!」


『聖女ユークディアは自ら毒を呑んだのではないか?』

『キーラに対する嫉妬から、そうしたのではないか?』


 その疑念は以前からあるものだ。そして、その疑念が、彼女やレグルス王の態度によって、より強められる。

 真実は、レグルス王の愛にあり。レグルス王の愛がもしもキーラに注がれるものならば。

 あの事件を起こす動機が真にあった女は、聖女ユークディアとなる。


「ふざけないで! あの事件で苦しんだのは私よ! 犯人は!」

「犯人は私ではない(・・・・・)ですよ? それは神殿が証明して下さいました。そして、このように先程から申し上げています通り」


 私は、リュジーの身体を手で抱き寄せる。


「私には『理由』が無いのです。レグルス王の寵愛を、そこまでして欲する理由が」

「くっ!」


 動機があるのは貴方でしょう? と。私はさも聖女に狙いを定めているように見せ掛ける。

 だって、そうでしょう? 私が毒殺未遂事件の証拠となる何かを掴んでいるならば、聖女をこの件で糾弾するなどありえない。何故ならば、それは的外れ(・・・)だから。

 犯人は聖女ユークディア様じゃない。女侯爵キーラは真犯人を知らない愚か者であり、たかだか『女の争い』の延長線で聖女を糾弾し始めた。

 ……これは『狙い所』だ。私の真なる『敵』にとって。故に。


「──いい加減にして貰おうか! 我が最愛の娘に向かって! 何よりも先程からのレグルス王への不敬! 度し難いぞ、シャンディス……侯爵!」


 ほら、動いたでしょう? 今こそ好機と思って。

 聖女ユークディアの父、デルマゼア・ラ・ミンク侯爵がね。


「くくっ」


 リュジーが私にだけ聞こえるように微笑む。さぁ、次の相手はミンク侯爵よ──


※改稿済み(2025/01/26)

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― 新着の感想 ―
[一言] タグはないけどこれも一種のNTRですねぇ(ニヤニヤ
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