【38】 女侯爵キーラ
「……やはり無事に生きていたではないか。シャンディス侯爵! どういうつもりか! 再三に渡り、キーラを登城させるよう、その生死を報せるように私は命じたはずだ!」
レグルス様は真っ先にカイザムお父様に向かって、そう怒鳴りつける。
集った貴族の皆が沈黙し、私たちに注目を集めた。
「あら、何をおっしゃっているのですか? レグルス国王陛下。私の安否であれば、シャンディス侯爵家より何度もお伝えしていたではありませんか」
「……何だと?」
レグルス様は私の言葉に怪訝そうに眉を顰め、睨みつけてくる。
けれど、今の私はかつての私とは違う。そんな彼の視線にも何も怖れることはない。
「それどころか。本当に何をおっしゃるやら。国王陛下とは、この一か月。何度も手紙のやり取りをしてきましたでしょう? だというのに私の生死を伝えろとは? まったくお怒りの理由が分かりませんわ」
「……ふざけているのか? キーラ。お前の父、カイザム・ヴィ・シャンディス侯爵は、私の要求に対して明確な返答をしなかったのだ」
「あら? あらあら? もしやとは思いましたが。陛下は誤解をなさったままなのですか? これは驚きました!」
「……誤解だと? お前は一体何を言っている」
レグルス様のその様子に私は内心でにやりと微笑む。
「なんてこと! ああ、まったく! 王家の影が動いているとばかり! これは、とんだ行き違いですわ! 私、手紙のやり取りをしていたから陛下には伝わっていると思っていましたの! ああ、本当に。だって一ヶ月も互いに文を交わし合ったと言うのに! まさか、陛下が誤解なさっていたなんて!」
私は大げさに、声高に、芝居がかった口調で。会場の皆にも聞こえるようにそう言った。
「……何を言っている!」
「ふふ、ですから陛下。私、手紙でお伝えしましたでしょう? 『式典パーティーで顔を見せる』と。私の印章だって使いましたのに。まさか、その手紙を誤解なさるなんて思いもしませんでしたわ」
「……お前の、印章?」
「ええ、そうです。私の印章」
印章とは、各貴族家の当主のみが使うことを許された身分証明のようなもの。
即ち、それを使えるということは、その者がその家門の当主であることの証明だ。
私はそこで会場に居る貴族たちを見回し、注目を集めた後で。
カイザムお父様とリュジーを、私の背後に控えさせた。
この三人の中で『誰』が一番の存在であるのか。それを誇示するように。
「改めてご挨拶申し上げます。王国の太陽、レグルス・デ・アルヴェニア国王陛下。この私、キーラ・ヴィ・シャンディス。この度、我が父であるカイザム・ヴィ・シャンディスよりシャンディス侯爵位を譲り受けました。──女侯爵、キーラでございます」
「なっ……」
「何ですって!?」
ざわめく一同。会場に集まった貴族たち、何より他家の侯爵たち諸侯も驚いている。
私はその様子を視界の端で捉えながら、すべて上手くいったと満足する。
さて、ここからだ。ここからよ、レグルス様。
「爵位継承と式典パーティー。その他の雑事が重なりまして、直接のご報告が遅れましたこと。謹んでお詫び申し上げます。ですが、ご安心下さい。書類上の手続き、および神殿への申し出は正式な形で済んでおり、また大臣たちへの報告も先程済ませておきました。中々我が侯爵家より王宮に上がるにも苦労があり、今回の式典に合わせての報告となったのです」
「……!」
新たに『侯爵』となった私。それがどういうことに繋がるのか。レグルス様は必死に考えている様子だ。いや、本当は彼だってすぐに理解できたはず。
このことが一体何を意味するのかを。
「……様々な要因があり、遅れに遅れてしまいましたが。シャンディス侯爵家を預かる当主として改めて申し上げます。レグルス・デ・アルヴェニア国王陛下。ユークディア・ラ・ミンク侯爵令嬢。──ご婚約、おめでとうございます。この女侯爵、キーラ・ヴィ・シャンディス。これから行われる二人の婚姻を、心より祝福しておりますわ!」
「……!」
私の祝福の言葉を聞いて、聖女ユークディア様が私を睨み付けた。
「ええ、私にも分かりますから。真に愛する人を見つける幸福というものを。私も、そのような縁に恵まれました故に、本当にお二人の仲を心より祝福していますわ」
私は左手を持ち上げ、そしてレグルス様や聖女様に見せつけた。
私の左手の薬指には、白銀の指輪が嵌められている。そう、それはつまり。
「……は?」
「え、なっ、ま、まさか」
そう。そのまさか。
「急ぎではありますが。私も侯爵を頂いた身。貴族として義務を果たさねばなりません。簡素な式ではありましたが……既に婚姻を済ませましたのよ? さぁ、リュジー」
「ああ」
私はリュジーを呼ぶ。彼は堂々とした態度で私の隣に立ち、そして私の肩を抱き寄せた。
「紹介致しますわ、国王陛下。彼は私の夫。リュジー・ヴィ・シャンディスでございます」
私の紹介を受けてリュジーは手を離し、綺麗な礼をして見せる。
「お初にお目に掛かります。王国の太陽、レグルス・デ・アルヴェニア国王陛下。キーラの夫であるリュジーです。婿入りという形でシャンディス家に入りました。これからはアルヴェニア王国のために、またシャンディス侯爵領のために、そして何より我が最愛の妻、キーラのために。生きていくつもりです」
私は一際、またリュジーに寄り添って。
「ああ、リュジー。よく陛下の前で言えたわね、上出来よ」
「キーラのためならなんだってするさ。俺はお前を愛しているからな」
「まぁ! なんて素敵なの! 私も貴方を愛しているわ、リュジー!」
彼に身を寄せ、そしてキスをした。流石に恥ずかしいけれど……。
周りが一際ざわめいているのが分かる。
『なんてことだ!』なんて声まで聞こえるし、この騒ぎを楽しんでいる者も居そうだ。
一番知りたい人の反応を見たくなるけど、今の私はリュジーのことだけを意識する。
簡単だ。だって、私たちはもう深く結ばれているのだから。
「ふぅ……ふふ。リュジー、素敵よ。愛している。愛しているわ、リュジーのことを」
「ああ、俺もお前を愛している。お前だけを愛しているぞ、キーラ」
「ふふふ!」
リュジーは私に愛を返してくれる。それは、とても素敵なことだ。
「キーラ。そう言えば忘れていたが」
「なぁに? リュジー」
「今、レグルス陛下の前だぞ?」
「あっ!」
私はそこでレグルス様に再び向き合った。わざとらしく。
レグルス様もユークディア様も、物凄い顔をしていらっしゃるけれど。なんだろう。なんだか怖くないわ。隣にリュジーが居てくれるからかもね。
「失礼しました! 国王陛下! ユークディア様! 何分、新婚でして……その。とても浮かれていますの、私。今夜のパーティーも夫であるリュジーと愛を語り合い、ダンスを踊れるかもと浮かれていましたのよ。ええ、素晴らしい日にしたいわ! ふふふ!」
ここまで畳みかけた。さて、怒りを通り越して、むしろ冷静になった頃合いだろうか。
「……何の、つもりだ。キーラ……」
「はい? 何がでございましょう」
「……この茶番は、何のつもりだと聞いている」
「茶番。ふふ、茶番ですって?」
ああ、おかしい。おかしいわ! なんだか、とってもおかしい!
「皆々様! お聞き下さいませ! ええ! 私、キーラ・ヴィ・シャンディス! ご存じの通り皆さんの関心を集めることがありましょう! ですので、このような場で、声高らかに申し上げることは……恥ずかしいこと、この上ありませんが!」
私は息を整え、そしてリュジーと手を握り合う。
「私とこのリュジーは既に夫婦となった身! そして式も済ませた身です。つまり私たちは、初夜を迎えました!」
本当、大声で言うことじゃないんだけど!
「なっ……」
「なんっ……!」
「ええ! ですので! この女侯爵キーラが『王の伴侶』となることは絶対にありません! この腹に宿る子が、王の子であることは決してない! 私が愛を育む相手、子を望む相手は……生涯このリュジーただ一人であると諸侯の前で宣言いたします!」
「き、貴様……! 貴様!」
「……ええ。これは、茶番などではありません。レグルス国王陛下。以前のお返事を改めて。
──私、側妃などクソ食らえですわ。勿論、正妃になどなれるはずもない。既に王以外の男に身を許した身体でありますが故」
そう、私は告げたのだった。
※改稿済み(2025/01/26)




